2024年11月20日( 水 )

流通からみる「働き方改革」 100年に一度の環境変化にどう対応すべきか(前)

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かつて薪を背負って読書をしながら歩く二宮金次郎の像が全国の小学校に建っていた。「働くことは尊い」我が国の伝統的な考え方だ。仕事に「生き甲斐」をもつという言葉も抵抗なく使われる。さらに「人生の成功は仕事の成功なしには実現できない」という考え方に立つ人も少なくない。これはある意味で正しい。であるから嫌な仕事、きつい仕事から逃げることができず、自分を追いつめる人がいる。しかし、勤勉は美徳とする考え方は何も我が国だけの特性ではない。勤労は神が人類に与えた罰であり、勤労の疲れを癒す安息日を社会制度に組み込んでいる国もあるにはあるが、大多数の先進国は基本的に仕事熱心で肯定的である。

 

会社が先か社員が先か?

 CFO逮捕の事件が話題の中国通信大手ファーウェイの新卒初任給は40万円超で、我が国平均の2倍近い。しかし、そこには高額報酬に見合う高い労働生産も求められる。また当然、そこにははっきりした優勝劣敗の評価が生まれる。共産主義の国でもそれが当たり前であって、これも違った切り口の働き方の改革といっても良いのかもしれない。現代の企業競争は上位優位がはっきりしている。いわゆる「一番以外は皆同じ」という表現である。そこ(上位)に行くには従来の仕事ぶりでは不可能だ。

 国があって国民の存在がある。会社あって社員の幸せがある。どちらが先か。ニワトリと卵だが、あるべきものがなくなればそこに所属する人々にとっては都合の悪いことになる。ユダヤの歴史に例をとるまでもなく、それは間違いではないが、それは程度の問題である。一方が必要以上に優先されると歴史が示す通り広範な不都合が発生する。片方に一方的な優位性をもつのである。未成年を戦場に送り、仏閣の鐘を銃弾に変えるということも平気で行われる。

 本来は国民あって国があり、社員があってこその会社である。双方が互いに支え合って“まとも”なかたちが成り立つ。現代ではその考え方のもとに法律がある。

 大戦後、我が国は朝鮮戦争による特需を契機に産業界が生き返った。そこには国民のなりふり構わない働きがあった。「朝は朝星、夜は夜星」ふた昔前までは当たり前とされた小売業のスローガンである。さらに、今なら“何じゃそりゃ?”といわれること間違いない「24時間戦えますか!」という栄養ドリンクのCMもあった。

 東京の有名百貨店から先輩社員による鉄拳指導で頬を青く腫らした有名アパレルの営業社員が出てくることも珍しくはなかったが、それが問題になることはなかった。時代は若さと希望にあふれ、その「明日」は文字通り、ただただ「明るい日」だったからである。世は押しなべて上昇志向で、労働者の賃金上昇率は今とは比較にならなかった。価値観や志向の選択肢の幅も狭かった。

価値観の変化・多様化

 1968年、日本はドイツを抜いてアメリカにつぐGDP世界第2位になった。70年代になると高度成長が加速し、さらに豊かになった。その豊かさが多様な価値観の誕生にもつながった。

 その後、90年前後のバブル崩壊以降、失われた10年といわれる経済の低迷期に入り、成長は停滞、これとともに企業間の競争も激しくなり、経営者には生産性の向上も大きな経営課題として突き付けられた。成長が止まると雇用も停滞する。1997年のアジア通貨危機などもあり、さらに経済は低迷、“失われた10年”は10年では終わらなかった。その後、多くの企業が経営不振に見舞われ、職氷河期といわれる新卒者の採用抑制とともに正社員のリストラや派遣制度の拡大による非正規雇用の増加など、かつてなかった状況が生まれる。

 このようななか、「働き方改革」はまず、製造業の品質管理(quality control、QC)活動のように生産効率の向上を目的に会社主導で始まり、やがてそれはサービス業などにも拡がった。

 90年代になると産業界にハラスメントという言葉が生まれた。個人の問題が働き方の小さくない部分を占め始めたのである。そして昨今、労働人口の減少と急速に進化する人工知能(AI)の登場である。それは100年に一度の大きな社会変化につながるともいわれるものだ。

労働生産性と労働分配

 労働者と会社の関係は利益分配の関係でもある。だから資本主義の世界では生産と分配のバランスが壊れると企業は存続できなくなる。存続のためには利益の創出が必須条件ということだ。

 もちろん、企業が従業員に提供するのは給与だけではない。それらは休日であり、福利厚生であり、より良い職場環境だ。今後の働き方改革に求められるのはそれらを含めた多岐にわたる対策だが、多くの価値の提供は言い換えるとコストの上昇である。

 小売業を例にとると100円のうち原価がその75%を占め、残りの25%の半分ほどが粗利益であり、粗利の半分前後を人件費が占める。いわゆる労働分配率は50%前後ということになる。この数値は企業によってはほとんど限界値でもある。人手不足はその割合がさらに上昇するということであり、何もしないと自然に分配限界を超える。いわゆる倒産だ。

(つづく)

【神戸 彲】

<プロフィール>
神戸 彲(かんべ・みずち)

1947年、宮崎県生まれ。74年寿屋入社、えじまや社長、ハロー専務などを経て、2003年ハローデイに入社。取締役、常務を経て、09年に同社を退社。10年1月に(株)ハイマートの顧問に就任し、同5月に代表取締役社長に就任。流通コンサルタント業「スーパーマーケットプランニング未来」の代表を経て、現在は流通アナリスト。

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