今、世界中で揺らぐ、「国家」という概念!(前)
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この2世紀にわたって続いてきた人類初のグローバル文明(「Pax Britanica(パックス・ブリタニカ)」と「Pax Americana(パックス・アメリカーナ)」)が終焉の時を迎えようとしている。次に登場する新たなグローバル文明とはどのようなものなのだろうか。中国やインドを中心とする「Pax Asiana(パックス・アシアーナ)」なのだろうか。
年頭にあたり、高橋一生・元国際基督教大学教授に聞いた。高橋氏はOECD(経済開発協力機構)事務総長補佐官時代から、長年このテーマを研究し続けている。現在は古代最大にして人類最高の英知を集めたエジプト「アレキサンドリア図書館」顧問(初代理事)で、「リベラルアーツ21」代表幹事、日本共生科学会 副会長などの要職にある。
元国際基督教大学 教授 高橋一生氏
「国家」の概念が世界の至るところで揺らぎ始めている
――年頭にあたり、現在の世界を俯瞰してもらえますか。私たちは今、どのような時代に生きているのでしょうか。
高橋一生氏(以下、高橋) 現在の世界を俯瞰するには、1648年のウェストファリア条約まで遡って考えてみる必要があります。この条約によって、ヨーロッパにおいて30年間続いたカトリックとプロテスタントによる宗教戦争は終止符が打たれ、条約締結国は相互の領土を尊重し内政への干渉を控えることを約束し、「新たなヨーロッパの秩序」が形成されるに至りました。近代国際法の元祖ともいうべき条約で、中世の階級構造が終わりを告げ「主権国家」が誕生しました。ヨーロッパの片隅で起こった、この「新たなヨーロッパの秩序」が、その後、 400年かけて世界に普及していきました。現在その主権国家の概念が世界の至るところで揺らぎ始めています。
その具体的なかたちが今世界中で起こっている社会の「分断」です。分断は、具体的には「貧富の格差」「民族間の争い」「宗教間の対立」などのかたちをとります。しかし、その根っこの部分には「主権国家」の崩壊があります。
ドラマチックに出現、「ブレグジット」と「ポピュリズム」
最もわかり易く、かつドラマチックに出現したのが英国のEU離脱「ブレグジット(Brexit)」と、近年吹き荒れている、「エリート」を「大衆」と対立する集団と位置づけ、大衆の権利こそ尊重されるべきだとする政治思想「ポピュリズム(populism)」です。ポピュリズム運動は今、国家を突き抜けて連携しています。
また、昨今話題になっている、「米中間の覇権争い」もこの延長上に位置づけることができます。中国共産党指導部もホワイトハウスも、「国家としてこのまま成り立つのであろうか」という思いが根っこの部分にあり、お互いに無理に無理を重ねている状況にあります。
「国の政策にどれだけ意味があるのだろうか」という状況に
国家はその背景に(1)「歴史観」、(2)「言語」、(3)「身体的」(白人、黒人、黄色人種など)、(4)「宗教」(日本は外からは日本教と見られている)があります。そして、これらを、成り立たせているのが「民族」であり、そのうえに「公権力」があります。その民族と公権力を結びつけるのが幻想共同体としての民族国家です。この民族国家が近代の主権国家の前提であり、その前提が根底から揺らぎ始めています。
世界中で社会の根底を揺るがすような事件が起こった場合、「何かがおかしい」と考えた人はこれまでも多くいました。しかし、「国家」という概念そのものを疑問視することはほとんどありませんでした。しかし、現在私たちは「国家」という概念そのものをもう一度考え直してみなければならない状況になっています。
企業活動においては、一見市場がすべてのように思えますが、企業家が何か経営判断をする場合、当事国の政策は非常に重要な要素です。しかし、現状では「その国の政策はどれだけ意味があるのだろうか」という状況になりつつあります。たとえば、経済政策を打つ時、通常はどういう税制を引けば、国民がどういう消費行動をして、どういう結果が生まれるかが、経済学上ではわかることが前提になっています。しかし、現在のように「国家」の概念そのものが揺らいでいる状態では、公権力と社会の関係も今までとは違ったものになり、政策の発動が想定した通りの結果に結びつかなくなってきました。世界のどの国も政権が打つ政策が、その通りに進まずにジタバタしている状況にあります。
主権国家そのものがいつ吹き飛んでもおかしくない状況に
今まで申し上げてきたことは、DAC(OECD開発援助委員会: 先進国が開発途上国に対して行う経済援助の拡大と効率化を目標とし、援助の額と質について定期的に検討する組織)の課題のなかにもはっきり表れています。2007年(12年に改訂)に作成された政策課題は、「50カ国ほどある脆弱(vulnerable)国家というものに対してどう対処すべきか」というものです。今はまだ震度2ぐらいですが、震度5などの激震が走れば、第2次世界大戦後に生まれたこれら50カ国の主権国家はいつ吹き飛んでもおかしくない状況にあることが心配されています。
私がOECDの事務総長補佐官時代(1979~87年)のDACは「ベイシック・ヒューマニーズ(Basic Humanity needs)」、すなわち「国民の基本的なところを満たすためにはどうしたらよいのか」などが主たる問題意識でした。当時は第二次大戦後誕生した約120の国家にはまだ湯気が立っていて、現在のような政策課題が生まれることは想像さえできませんでした。
(つづく)
【金木 亮憲】
【略歴】高橋一生(たかはし・かずお)
元国際基督教大学教授。国際基督教大学国際関係学科卒業。同大学院行政学研究科修了、米国・コロンビア大学大学院博士課程修了(ph.D.取得)その後、経済協力開発機構(OECD)、笹川平和財団、国際開発研究センター長を経て、2001年国際基督教大学教授。
東京大学、国連大学、政策研究大学院大学客員教授を歴任。国際開発研究者協会前会長。
現在「アレキサンドリア図書館」顧問(初代理事)、「リベラルアーツ21」代表幹事、「日本共生科学会」副会長などを務める。専攻は国際開発、平和構築論。主な著書に『国際開発の課題』、『激動の世界:紛争と開発』、訳書に『地球公共財の政治経済学』など多数。関連記事
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