2024年11月25日( 月 )

「検察崩壊元年」ゴーンの反撃(4)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

 時効制度に関する法律論は複雑で難解である。それはもともと時効概念自体が矛盾概念だからである。一方で要件効果を規定し、他方でその効果を一定の要件で否定するという構造だから、法律制度としては全体として矛盾の法制である。従って、何故そのような要件事実となるかを合理的論理的に理解するためには精密な理論構成が不可欠である。川島武宜博士の名著「民法総則」が他の類書と異なり、時効制度から書き始められていることも、博士の民法理論ひいて法論理全般に対する深い慧眼を示すものである。

 以下の説明においては実際の条文を読者も日本人として読解されれば、中学生や高校生にでも正解がわかる程度の議論であるから、先に基本となる刑訴法の条文を示す。

 第二百五十四条 時効は、当該事件についてした公訴の提起によつてその進行を停止し、管轄違又は公訴棄却の裁判が確定した時からその進行を始める。
 2 略(共犯の場合)

第二百五十五条 犯人が国外にいる場合又は犯人が逃げ隠れているため有効に起訴状の謄本の送達若しくは略式命令の告知ができなかつた場合には、時効は、その国外にいる期間又は逃げ隠れている期間その進行を停止する。
 2 犯人が国外にいること又は犯人が逃げ隠れているため有効に起訴状の謄本の送達若しくは略式命令の告知ができなかつたことの証明に必要な事項は、裁判所の規則でこれを定める。

第二百五十六条 公訴の提起は、起訴状を提出してこれをしなければならない。
 2 起訴状には、左の事項を記載しなければならない。
 一 被告人の氏名その他被告人を特定するに足りる事項
 二 公訴事実(以下略)

 「規定の明文上明らかである」というが、日本語の複文の構造としては全く別の意味が明らかであり、精密に分析すると、「十分な合理的根拠がある」とは全く言えないことが簡単に論証できる。

 公訴権の時効制度は検察官が独占する国家権力の消滅時効であり、犯人が不可罰利益権を取得する取得時効ではない。従って、公訴権は犯罪事実の発生時(即成犯と継続犯があるため、正確には犯罪既遂時)から消滅時効が進行する。この消滅時効を停止させる要件事実は検察官による法律行為のみである。犯人の行為はいかなる行為も時効停止の要件事実となることはない。それは消滅時効であって、取得時効でないことからくる本質的な要請である。

 もっと詳しく言えば、犯人の犯罪を容認する自白や自首でさえ、公訴時効を停止させることはない。公訴時効を停止させる客観的に画一的に認定できる要件事実が検察官による公訴提起である。

 これが明文で規定されているのが、刑訴法255条の前条254条に原則的規定として存在する。立法技術的にみれば、254条が原則規定で、255条が例外規定ないし補足規定という順序になる。では255条は例外規定か補足規定か。検察官と最高裁は例外規定と解し、被告人弁護人と多数の学説は補足規定と解したことになる。

 これの決め手は実は254条にある。それは公訴の提起の具体的意味を理解すれば自然に導かれる結論である。素人は一般に公訴提起の具体的意味を知らない。そこで念のため法256条も参考に記載した。結局、公訴の提起とは検察官が起訴状を作成できるだけの状態にあることが大前提となる。

 条文を見れば明らかなように、検察官が犯人を具体的に知っていることと、具体的な犯罪行為を知っていることである。つまり、検察官が起訴状を作成可能な段階にあって初めて時効停止は成立可能なこと、そしてそれを客観的な起訴状という形で裁判所と被疑者に通知告知できることが、時効停止の法律要件である。

 つまり、公訴提起が成立するためには起訴状が裁判所だけに提出されただけでは成立しない。適法適正に被疑者に告知通達されて公訴提起は成立する。従って、明らかに254条には重大な規定漏れがある。それは起訴状が「何らかの理由」で被告人に到達しなかった場合である。254条は起訴状が被告人に到達して公判手続きが開始された場合について、管轄違いや公訴棄却になった場合には原則に戻って、時効は進行する、とのみ規定されているからである。

 そして、まさに255条は「何らかの理由」について具体的に2つの例「犯人が国外にいる場合」と「逃げ隠れている」場合を例示して、それらの場合に、起訴状が到達できなかった場合についても、時効が停止するとしたもので「犯人が国外にいる場合」を単独の時効停止の要件事実と定めたものではない。その論理的矛盾証明の一つが、「犯人が国外にいる場合」が「犯人が逃げ隠れ」した結果である場合との区別の困難性と無意味性である。

 犯人が堂々・公然と国外にいる場合にはそれだけで時効は停止し、逃げ隠れした結果として国外にいる場合には起訴状の不到達が要件となるなど、実に醜悪な矛盾の論理となる。検察官は犯人が逃げ隠れした結果、国外にいる場合か否かを立証し、逃げ隠れした結果である場合には起訴状が不到達であったことを記録として残していなければならない。しかも白山丸事件判決自体が、被告人が国外にいることが「逃げ隠れした結果でない」ことを別途証明したわけでないから自己矛盾も甚だしい。本来なら、「逃げ隠れ」した結果でないことを確認するため、差戻をすべきこととなるはずである。

(つづく)
【凡学 一生】

(3)
(5)

関連記事