2024年11月25日( 月 )

【検証】「ゴーン国外脱出」~形式犯と実質犯

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 犯罪にも質の違いがある。ゴーン事件について、十把ひとからげの暴論が横行しているため初歩的な刑法理論の説明をしたい。題材は入管法違反と住居侵入罪である(犯罪の質の違いとは違法性の程度の違い、可罰性の強弱の違いを意味する)。

 無審査出国罪(入管法違反)と住居侵入罪(刑法違反)はともに犯罪である。しかし、その根拠法は明らかに目的を異にする。前者は入国管理という行政目的法であり、後者は刑罰法である。その違いがどこにあるかは、行為態様の精密な分析によって明らかになる。

 両罪ともに「一線を超える行為」で既遂となる。前者は「国境」であり、後者は「土地境界線」である。しかし、根本的な犯罪構成要件に違いがある。それは、後者の犯罪成立には「不法に」という要件を充たさなければならないことである。前者には、この「不法目的要件」はない。

 以上のことをさらに正確に表現すれば、住居侵入罪は一線を越えた行為を処罰するのではなく、不法な目的を処罰するものである。一方、無審査出国罪は「審査を受けないで出国する行為」を処罰するもので、その目的が不法の場合にだけ処罰するという機能はない。

 つまり、不法とされる対象が、住居侵入罪では、「犯罪目的」であり、無審査出国罪では「無申告」である。ただし、通常、無審査出国には、不法な動機がある。

 以上の違いから、入管法違反の罪は「形式犯」とされ、住居侵入罪は実質犯とされる。よって、形式犯であっても、その動機に不法目的があれば、実質犯と同じであるが、動機に不法目的がなければ、文字通り、形式犯である。形式犯の典型である道路交通法違反を例にとれば、車両が右側を通行すれば、道交法違反であるから、罰金刑となる。形式犯の1つの特徴は行為者の故意過失を問わない場合が多い。

 ただ、刑罰法の基本は故意犯罪の処罰であるから、形式犯であっても故意がある場合のみを処罰する場合もある。無審査出国罪は故意過失を問わないと解釈される。故意過失は犯情として斟酌されることとなる。

 以上の議論から、無審査出国罪の違法性、可罰性を判断するためには、故意過失の具体的内容、つまり、その目的の当否にある。日本国民はゴーンがいかなる目的で無審査出国罪を犯したかについて、公平公正に判断しただろうか。ゴーンの言い分に少しでも耳を貸したか。

 報道では出所根拠の知れない「科刑逃れ」の動機目的が定説化されているが、公判期日さえ開かれていない現状、このような判断ができるはずもない。動機目的を無視した形式犯の重罪よばわりの横行―被告人の人権無視―は一体誰の責任か。

行政罰と刑事罰

 国民には形式犯と実質犯とを区別できない稚拙さがあるほか、行政罰と刑事罰との違いも知らない。行政罰は広く行政処分の一部ではあるが、内容が刑事処分のため、最終的には刑事処分手続を経る。これが問題となっているのが、ゴーンが逮捕起訴された有価証券報告書重要事項虚偽記載罪である。

 国民は、そして検察も裁判所も、金融商品取引法が行政管理法経済管理・統制法であり、主務官庁が警察や検察ではなく、金融庁である事実の法的意味を理解していない。金商法は基本的に行政処分の根拠法であり、金商法の規定の発動には監督官庁主務官庁の行政処分が前提不可欠である。世間の人は証券取引監視委員会(SEC)の刑事告発が法的には何であるかを理解できない。これは紛れもなく行政処分行為である。

 つまり、金商法の罰則規定の発動には主務官庁の行政処分としての告発が不可欠で、検察が独自に、主務官庁の行政処分の有無を無視して、行政処分の先行がなく刑事処分手続に着手すること自体が違法である。この独善行為は、第一に根本的な犯罪行為を露呈させた。それは企業会計学を知らない検察が、検察独自の「独善会計学」を展開したことである。

 普通、検察の会計学的見解には、いくらかの御用会計学者が提灯記事で応援するが、今回の検察の独善会計学には誰1人として会計学者・会計専門家の応援記事が存在しない。それほどひどいのである。つまり、全国の会計人がほぼ全員、今回の検察の主張する会計学的見解が謬論であることを知っている。知ってて言わない専門家は全員、その資格剥奪や当局からの嫌がらせを心配している。あわれな資格国家である。公認会計士は他人の会計事務を原則としてコメントすることを法律で禁止されている。馬鹿な法律である。

 第二に、行政の明らかな矛盾を露呈させた。刑事罰が必要ならば、当然その前に相当の行政処分があってしかるべき、という誰にも明らかな正当な手続・適正手続が存在しない矛盾である。

 具体的にいえば、虚偽有報を公表した多数の公認会計士らの故意または過失責任である。ゴーンが、「多数の監査機関、公認会計士らが適正と容認してきたため、虚偽有報にはあたらないと思っていた」と弁解した場合、当該担当監査役や公認会計士はもちろん、検察や裁判所、そして主務官庁・監督官庁は何と説明するつもりなのか。ここまでくれば、国家行政組織が全一体となって、検察の違法行為を弥縫しているようである。はたして、これが法治国家といえるだろうか。

【凡学 一生】

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