2024年12月23日( 月 )

マツダ城下町の光と影~日本一の人口、中四国一の財政力(後)

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夜でも明かりがともっているマツダの工場
夜でも明かりがともっているマツダの工場

楽観的な企業城下町の人たち

 府中町は現在、ある大事業に取り組んでいる。マツダの最寄り駅である前出の向洋駅周辺の再開発だ。

 向洋駅から東隣の海田市(かいたいち)駅までの区間(エリアは府中町、広島市、海田町にまたがる)はもともとJRの線路で南北に分断されており、踏切で交通渋滞が起こりやすく、地域の発達が阻害されていた。そのため、広島県と広島市は、この区間の線路を高架化し、計20の踏切を除去する事業に乗り出した。府中町もこれに合わせ、老朽化した建物が多く下水道の整備も遅れていた向洋駅周辺の再開発を決めたのだ。

 府中町が担う総事業費は約192億円。工事完了は2023年度の予定だが、すでに駅周辺は多くの民家や店舗が立ち退き、新しい道路がつくられ、新しいマンションや家も建てられ始めている。

 地元の人たちはこの再開発をどう思っているのか。

 駅前でお好み焼き屋と惣菜屋を営む女性は、「うちも立ち退きになると思いますが、詳しいことはまだわからないのですよ」と他人事のように言った。再開発が進められるなか、地元の人を対象にした説明会が何度も開催されているのだが、それには出ていないようだった。

 一方、ラーメン屋を営む女性は、「うちも立ち退きですよ。もう40年もやっているんですが」と少し寂しそうに言った。ただ、前向きな言葉を付け加えた。「でも、この場所に帰ってこられるみたいなんで、店は続けますよ」。

 元の場所に戻ってこられるとしても、いったん立ち退けば常連客が離れるリスクもありそうに思える。だが、地元で長く営業していた飲食店の人には、そういう不安はないようだ。

 駅近くで営業している「角打ち」専門の酒屋を週末の夜に訪ねたところ、狭い店内は労働者風の人たちで賑わい、満席に近い状態だった。店主の男性によると、やはりお客さんには、マツダ関係の人が多いという。

 「店はもともと、もっと駅の近くにあったんですが、立ち退きになって今は仮店舗です。再開発が終わったら、また元の場所で営業するつもりです」。

 店主の男性は笑顔でそう言った。マツダがある限り、町のつくりが変わっても大丈夫。そう楽観しているようだった。

マツダは期間工の採用をやめたが……

 多くの企業城下町が廃れたなか、数字的にも町民たちの体感的にもまだ豊かさが続く府中町。それを支える「城=マツダ」で働く人たちの生活はどうなのか。

 それに関しては11月中旬、気になる報道があった。マツダが海外での販売が低迷したのを理由に期間工の新規採用をとりやめたというのだ。マツダとしては、現在働いている期間工の雇い止めはしない方針とのことだが、先行き不透明な感は否めない。

 そこで、駅前の立ち飲み屋に足を運び、店で飲んでいるマツダの期間工たちの会話に耳を傾けてみたのが―。

 結論からいうと、彼らは自分たちの将来を深刻に考えていないようだった。彼らが話題にするのは主に仕事や同僚に関することだが、「10分の休憩でタバコを吸えないこともあるよな」とか「××は酒癖悪いな」とか「××は福岡出身らしいな」とかいう他愛もないことばかり。雇用関連のことは一切話題に出てこない。話の内容からして、期間工には独身の人が多いようで、立場は不安定でも養う家族がいないため、雇用の不安はあまり感じないのかもしれない。

 一方、ツテをたどり、マツダの工場で正社員として働く男性にも話を聞けたが、彼の話を聞く限り、期間工より正規雇用の工員のほうがむしろ切実な悩みを抱えているように感じられた。

 「正社員は安定していると言われますが、正直、このままでいいのかな、と思いますよ。工場の仕事はラインなので、車の一部分のことしかやらないでしょう。修理工場で働いていた人が期間工として入ってくると、僕らより車全体のことをよく知っているんです。給料も夜勤をやらないと生活するのに足りません。夜勤と日勤は給料が大きく違うんです」。

 マツダは期間工の新規採用をとりやめたが、実は今、自動車会社の期間工の給料は決して悪くない。契約年数に上限があるが、期間工を1〜2年やって何百万円も貯金ができたとか、借金を返せたとかいう体験談をブログで綴っている人たちもいる。正規雇用の工員は結婚して家族を養っている場合が多いので、給料が同程度の期間工より生活は大変かもしれない。

 実際、マツダでは、期間工から正社員に登用された人たちが辞めるケースが多いという。

 「正社員になると、期間工の時より給料が落ちるからです。人にもよりますが、最初は16万円台です。それでは生活していけませんよね」

 正社員になれず、非正規雇用で働く人が増えていることは社会問題となっている。しかし、マツダの工員の話を聞くと、正社員が幸せで非正規雇用の人が不幸せだなどと単純にいえないようにも思えた。

地下道の階段をしんどそうに登る高齢の工員
地下道の階段をしんどそうに登る高齢の工員

 そういえば――と思い出した光景がある。朝、マツダの従業員たちが出勤に使う地下道で、おぼつかない足取りでしんどそうに工場へ出勤していた高齢の男性のことだ。普通に考えると、あの人は正規雇用の工員だろう。高齢の人は通常、期間工として採用されないからだ。自動車会社の工場で長く働くと、あの人のように身体がボロボロになるのかもしれない。

 来年4月から大企業では、正規雇用と非正規雇用の待遇格差を是正する「同一労働同一賃金」制度が始まる。そうなると、マツダの正規雇用の工員たちは正社員のメリットが減り、ますます疲弊するのではないか。

 光があれば、必ず影はできる。表面的には、令和の時代になってもまだ企業城下町としての豊かさが続く府中町にも影はある。

(了)
【ジャーナリスト・片岡 健】

(中)

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