この世界、どうなる?(6)インドを見よう!
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広嗣まさし(作家)
インドの海外向けニュース番組といえば、ウィオン(Wion)である。毎日、4分程度の短めのニュース解説番組を世界に向けて発信している。日本でもYouTubeで、Gravitasと検索すれば見ることができる。残念ながら日本語字幕はついておらず、インド人の英語は必ずしもわかりやすいものではないが、内容はすぐれている。
解説の指摘が鋭いことが最大の特徴であろう。「ニュースに意味を与える」をモットーにしているだけのことはある。情報をばらまくのではなく、テーマを定め、それが世界情勢にどういう意味をもたらすかについて、はっきり示そうとする。見識あるニュース番組といえるだろう。
どの解説も論理的に構成されており、まるで学者の報告書のようでもある。しかし、語り口に迫力があり、説得力も十分とあれば、一見、いや二見に値する。問題は、4分間で扱うには内容が濃すぎることであり、聞き手はノートを取らないとついていけない気分になるほどだ。予算が足りないのか、画像より言葉で勝負している。とはいえ、これは欠点とはいえない。なぜなら映像でごまかすことがないからだ。
コロナウィルス関係では、中国共産党をアメリカに対して以上に厳しく弾劾している。これほど中国を非難するメディアは世界でも米国の反共メディアのほかにはないだろう。中印国境紛争に関しては、徹底して自国を弁護する。インドを世界に知らしめるための番組であるから当然かもしれず、このテーマとパキスタン批判のみ割り引いて聞く必要がある。
とはいえ、その旺盛な批判力にはいつも感服させられる。ドーハに拠点を置くカタールのアルジャジーラ放送もなかなかに批判力があるが、番組制作者に多くの欧米人が参加している点が気になる。それに比べ、ウィオンは西欧世界から十分に距離を置いている。
ウィオンの批判力は、インド自身にも向けられる。中国共産党が現在のようになった原因は自分たちが中国を甘やかし過ぎたせいだ、と自己批判も行っているのである。経済的に実力をつけ、古い文明を誇るという点で中国に引けを取らないインドだから、もっと中国を牽制すべきだったというわけだ。
ウィオンは、尖閣諸島や、南太平洋諸島への「一帯一路」構想に絡んだ中国の軍事進出にも目をとがらせている。直接インドに関わることではないように見えるが、中印国境への中国兵の集結と同じ原理の表出と見ているのだ。そのため、せっかく中国と友好関係を結び共栄圏をつくろうとしたにもかかわらず、裏切られた思いをしているオーストラリアには、極めて同情的だ。台湾についても同様で、インド政府はもっと台湾を支えるべきだとの提案も行っている。WHOに対する批判も、コロナ発端当初から激しい。これに関しても、インドはもっと積極的に関与すべきであったと批判している。
このようなニュース番組は、「自由の精神」がなくては生まれ得ない。その「自由」は、ウィオンが民間企業で、BBCやNHKとは性質を異にすることからきている。海外向けニュース番組は、多くの場合、その国を代表する公共放送機関が運営している。しかし、インドでは事情が異なっているのだ。
インドの政治体制は、伝統的な身分社会を容認する一方、驚くほど民主的である。多くの民族が共存し、言語も多種多様とあれば、連邦制であるのは当然といえるが、同じように多種多様な民族がいながら、中国は連邦制をとらず、上からの力で統一を維持している。インドからみれば、そこが怖いのである。
インドを訪れる外国人が驚くことの1つは、その多様性にほかならない。生きている人間と死者の共存。人間とほかの動物の共存。つまり、インドはカオスを認めるのだ。その限りにおいて、生命を大事にしているといえる。ニューヨークでタクシーに乗ったときのことが思い出される。運転手はネパール人だったが、こう言った。「アメリカ人は生命のありがたみを知らないね。インド、あそこに行けば、生命のありがたみがわかるよ」と。
インドは植民地時代の宗主国イギリスの伝統を受け継いで、議会制民主主義を確立している。何より驚くべきことは、政党が100党以上あるにもかかわらず、苦心して普通選挙を実施していることである。ヒンズー教至上主義の党もあれば、共産党もある。議会にまとまりはないが、それがインドなのである。「これでよく国がまとまるものだ」と感心するだけでは不十分。その原動力が何であるのか、もっと研究すべきである。
日本のように「まとまっている国」は、インドからもっと多くを学びとる必要がある。その「とんでもなさ」が、我が日本人の救いとなるかもしれない。インドを学ぼう。私たちの祖先に影響を与えた仏教を生み出したこの国の文化を、もっと知るべきではなかろうか。東京国際裁判で日本の「戦犯」たちが裁かれたとき、1人インドの判事だけが原爆投下を問題視し、「これは人類に対する罪ではないのか」と問うた。そのような国を、私たちはもっと尊敬すべきだろう。
(了)
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