新型コロナが「石油が座礁資産になる日」を早めた!(1)
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名古屋市立大学 特任教授 岡本 博之 氏
2020年4月20日、ニューヨーク原油市場の指標となる「WTI」5月物の先物価格が史上初のマイナス37.63ドルに大暴落し、市場関係者を震撼させた。しかし、それはこれから始まる大変動の序章に過ぎなかった。英国石油大手のBPは同年9月発表のレポートで、「石油に対する世界の需要はここ数年でピークに達し、コロナ禍で減った消費は回復しない」と分析している。石油が座礁資産(※1)になる日が現実になりつつある。名古屋市立大学の岡本博之特任教授に聞いた。
データを集めて因果関係を明確にしたうえで対策を立てる
――先生は今回の新型コロナウイルス騒動をどのように見ていますか。
岡本 私の専攻の1つは経営学(国際経営論)です。その観点から言いますと、新型コロナに対する政府の対策は、すべて漠とした曖昧な根拠に基づいて進んでいるきらいがあります。計量経済学的視点で考えれば、まずはデータを集めて解析し、相関関係ではなく、因果関係をはっきりさせたうえで対策を立てるべきです。最近では「Go Toキャンペーン」決行・中止などで、政府は右往左往し、国民はとてもやきもきしました。明確なエビデンスもなく動いていると、このようなことが起こるのです。
データとして何十万人ものサンプルが必要というわけではありません。その母集団(A:性別、年齢、居住地など、B:感染していない、感染している、感染したが治ったなど)が明確になっていれば、1,000~2,000人程度で、統計学的にはかなり正確に容易に実態を把握することができます。東京全体で、日本全体で、どのように新型コロナが蔓延しているのかがわかるようになります。同様に、たとえば「夜の新宿は危険か、安全か」については、同じ新宿の昼のデータと夜のデータを比較検討しなければ、説得力をもった説明はできません。
読者の皆さまもお気づきだと思いますが、新型コロナ騒動が始まったころは、電車の席は1つおきに空席が目立ちました。現在空席はほとんどありません。しかし、「空席をつくるべきなのか、その必要性はないのか」については、その根拠となるデータ(数値)がまったく提供されていません。国民が勝手に、その場の雰囲気に合わせて、自分の行動を考えているに過ぎません。その結果、政府や地方自治体が要請した営業自粛やマスク着用などを他者に強く求める「コロナ自警団」などと呼ばれる人々の出現も起こってきました。
私は、これらの考え方の延長線上に、今注目を浴びているPCR検査拡充の「世田谷方式」(※2)(誰でも、いつでも、何度でも)があると考えています。
新型コロナ騒動でも『失敗の本質』(※3)的な動きが見られた
――日本人は概して、統計(数字)というものを信じない傾向にあるように思えます。
岡本 「統計にはウソがある」的な本が、日本ではベストセラーになり、国民が共感を覚えるように、数値で物事を考える習慣・才能は日本人にはないように思えます。私は経営学の講義で戦史研究書『失敗の本質』について話すことがよくあります。これは、第二次世界大戦時の日本軍という組織を分析して、なぜ敗北したのか、なぜ失敗したのか、その原因を探ろうというものです。そして、そこに書かれていることは、現在の日本でも起こっており、日本人が持つ国民性から来る失敗を繰り返す原因になっていると思われるからです。
新型コロナがなかなか収束しない過程でも、同じようなことが繰り返されてしまったと感じています。すなわち、ゴールを決めずに曖昧に指示する、対策を打つ場合も責任の所在が不明確である、短期的な視点のみで長期的な視点がない、合理性や理性よりも精神論や感情・気分(その場の空気など)を重視する、成功や失敗に対するデータ蓄積の軽視、学習と経験の蓄積と伝播の軽視、「阿吽の呼吸」文化による意思の不疎通、村社会的思考による集団主義、読みの浅い思考と欠如したリスク管理体制などが該当します。
私は企業人(シェル、BP)、大学人(ワシントン州立大学、コロンビア大学)を通して、欧米人、主にアングロサクソン人とお付き合いをしてきました。彼らはすべてにおいて、データに基づいて行動します。たとえば、「ある会社を買収したい」という事案が持ち上がったとします。では、どういう方法があるのかをA案~Z案まで羅列し、それぞれにおいて、長所・短所を数値(買収数年後の売上高、利益率などを損得計算)で克明に調査します。
そのうえで、役員会などで企画部長、財務部長、経理部長、営業部長など各セクションの代表が2時間も3時間も缶詰になって真剣に討議します。プレゼンテーションする方も必死です。もし間違っていたら、意見を出した人間が報い(解雇など)を受けるからです。CEOも腹案はもっていますが、平衡感覚、白紙の状態で最終討議に臨みます。なぜならば、CEOもこの決断を誤れば、解雇されるからです。あくまでも、徹底して合理的に物事が進められます。従って、その場で意見がどんなに対立しても、人間関係にしこりが残ることはありません。役員会が終了すれば、和気あいあいと談笑しています。
一方、日本の場合は「コンセンサス経営」(※4)と言われています。基本的に社長が「買収する」と決断した場合は、損得計算は行われることなく、その流れに沿ってすべて動きます。忖度的感情も手伝い、すべて社長の意向である「買収」に沿うようにデータが集められ、ネガティブなデータは削除され、整えられていきます。役員会など最終会議の場はもたれますが、「成功した場合」を想定して会議は進行していきます。その場で、「失敗する」合理的根拠を挙げ、意見をしても、“敗北主義者”(最初から負けを考える消極的な人間)だと思われる場合が多いのです。従って、会議では、誰も失敗する可能性を言わないうちに、結論が出て、合意されてしまいます。
また、会社の上層幹部(社長、専務など)と対立した意見を出した場合は、解雇されることはないかもしれませんが、感情的しこりが大きく残り、左遷や閑職を覚悟しなければなりません。重要な点は、このプロジェクトが失敗しても、コンセンサス経営なので責任の所在が明確でなく、その責任を上層幹部が取ることがないということです。
(つづく)
【金木 亮憲】
※1:座礁資産
市場環境や社会環境が激変することにより、投資額を回収できる見通しが立たなくなってしまった資産のこと。最近では、石油や石炭に加え、天然ガスに関する設備も座礁資産になると考えられている。今、ESG(環境・社会・企業統治)関連の脱炭素投資、投機的人気も手伝って急拡大する陰で、座礁資産も急拡大している。 ^※2:世田谷方式
東京都世田谷区の保坂展人区長は、新型コロナウイルス感染の有無を調べるPCR検査をめぐり「国の対応が遅過ぎる」と批判。PCR検査を「誰でも、いつでも、何度でも」公費負担により、無料で受けることができる「世田谷モデル」の体制準備の検討を始めた。症状を問わず、希望者全員が無料で検査を受けられる米ニューヨーク州を参考にしている。また、PCR検査の際に、1つの試験管に複数の検体を入れる「プール方式」を区の検査に導入できるように、国に承認を求める考えを明らかにしている。 ^※3:『失敗の本質』
『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(ダイヤモンド社、中公文庫)は、社会科学面からアプローチした旧日本軍の戦史研究書。6名(戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎)の研究者による共著。 ^※4:コンセンサス経営
「複数人による合意、意見の一致」に基づく経営。多数決のような過半数の合意ではなく、参加者全員の合意という意味合いをもつ。コンセンサスには「事前の根回し」という意味合いもある。 ^
<PROFILE>
岡本 博之氏(おかもと・ひろゆき)
山口県萩市出身。1965年、千葉大学文理学部卒業後、シェル石油(株)入社。BP Far East Ltd.社、BPロンドン本社、BPジャパン(株)を経て、99年に日本大学国際関係学部助教授に就任、その後教授に。コロンビア大学日本経済経営研究所客員研究員、日本大学大学院教授を経て2013年より名古屋市立大学(22世紀研究所)特任教授。
専攻は国際経営論、資源エネルギー論。ワシントン州立大学経営学修士課程でMBA取得(1976年)、博士・国際関係(2007年)。国際経営文化学会副会長、日本ビジネスインテリジェンス協会常務理事、同協会エネルギー研究部会会長。関連記事
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