ノン・ズーを夢みて~北九州・到津の森から(1)
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「動物を見せる時代は終わった」「これからはノン・ズーだ」――。そう公言し、少しずつ実践するのは、北九州市小倉北区の「到津の森公園」園長、岩野俊郎氏(72)。ノン・ズーとは動物園にあらず、あるいは動物園という概念にとらわれない、動物園ではない動物園……と表現するほかないが、ヨーロッパやアメリカでは主流になりつつある考え方だという。緑あふれる同公園を歩きながら、動物たちを眺めつつ、その主張に耳を傾けた。
到津の森公園は、北九州市小倉北区と八幡東区、戸畑区の境界あたりの小高い丘に広がる。敷地面積10.6ヘクタール。前身は九州電気軌道(株)(現・西日本鉄道(株))が1932年に開業した到津遊園で、2000年の閉園後、市が引き継ぎリニューアル。02年に開園した。
――園内は文字通り、森のように緑があふれていますね。日陰が所々にあって、夏の日差しから守ってくれます。
岩野 到津遊園から引き継ぐ際に動物を半減しました。当時は私も動物は多ければいい、動物園は大きい方がいいという考え方だったため、それはもう動物園ではないよ、それで以前と同じくらいお客さんを呼んでほしいというのは無理だよ、と思いました。
しかし、せっかく市が引き継いだため、何とか市民に喜んでもらえる園にしたい、どうすればいいかと考えた答えが、森をつくることでした。とにかく木を植えました。花も好きだから植えますが、木のほうが安いです(笑)。もう数えきれないほど植えました。年ごとに豊かな森になり、園外からもさまざまな鳥が飛んできて、蝶などの昆虫もやってきます。市民も喜んでくださいます。入場者は最盛期とほぼ変わりません。
――土も多く使ったとか。
岩野 動物舎の床は基本的に土です。コンクリートの地面のほうが掃除しやすいため、最初は飼育員は皆、「嫌だ」って言いましたね。「ウンコとオシッコが取れない。臭いますよ」と言うのです。こうなれば、もう園長権限ですから(笑)、ウンコは見つかった分だけ取ってほしい、オシッコは取らなくていいと言いました。そうしたら臭いませんでした。土のなかにはバクテリアがいて、早く分解してくれるのですよ。木も生きた活性炭の役割をしてくれるため、臭わないのです。京都大学の霊長類研究所で教わりました。
木々の間をぬって歩くと、ゾウ舎が現れた。セイロンゾウ2頭がゆったりと土の上を歩き、餌を食べている。サリーとラン。園で一番の人気者だ。
――ゾウとの付き合いは長いですか。
岩野 42年になりますね。2頭が一緒にやってきたときには福岡空港まで迎えに行きました。このくらい(1m四方程度)の小さなケージに入っていて、あまりに小さいことにびっくりした覚えがあります。3時間おきくらいにミルクをあげて育てました。バケツでミルクをつくるのです。本当に大変でしたが、一生懸命育てたから私になついてくれたと思います。
私はもう飼育から離れてずいぶん経ちますが、今でも呼ぶと近づいてきてくれますね。ゾウ舎は周囲が堀のようになっていますが、以前、そこで掃除していると、ゾウは私が誤って落ちたのではないかと心配して、近くをうろうろするのですね。上がれなくて困っているのではないかと思って、鼻を伸ばして抱え上げてくれる。頭がいいのでしょうね。愛着がわきます。私にとってはゾウが一番かわいいです。
――ゾウがいないと動物園ではないというほどの人気者ですよね。
岩野 はい。しかし、その「ゾウがいないと」という感覚を変えていかなければなりません。サリーとランは、ここで一生、できるだけ幸せに暮らしてほしいと感じていますが、その後、つまり2頭がいなくなったら、もうゾウは飼いません。少なくとも私は飼わないつもりです。
(つづく)
【山下 誠吾】
<プロフィール>
岩野 俊郎(いわの・としろう)
1948年、山口県下関市生まれ。日本獣医畜産大学獣医学科卒業。73年、西日本鉄道(株)入社。到津遊園の飼育員を経て97年から同園長。2000年の同園閉園後、(財)北九州市都市整備公社職員となり02年から到津の森公園の初代園長。著書に訳本の『動物園動物のウェルフェア』(養賢堂)、『戦う動物園―旭山動物園と到津の森公園の物語』(中央公論新書、小菅正夫・島泰三との共著)がある。関連記事
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