ゴッホなどの名画を収集していた大昭和製紙・齊藤氏の命運(前)
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「森のたまご」ブランドで知られる鶏卵最大手、イセ食品(株)グループが会社更生法を申し立てられた原因は、「エッグ・キング」と呼ばれたオーナーの伊勢彦信前会長が、会社の資金を使ってピカソなどの美術品コレクターになっていたことがある。バブルの時代に、まったく同じような美術品をめぐる騒動があった。「東海の暴れん坊」の異名を取った大昭和製紙(株)のオーナー経営者、齊藤了英名誉会長(故人)がゴッホとルノワールの名画を手に入れた逸話だ。振り返ってみよう。
ゴッホの「医師ガシェの肖像」を125億円で手に入れる
バブルの時代。大企業経営者の多くは熱病に侵されていた。株や土地の価格上昇が永遠に続くという幻想にとりつかれていた。ジャパンマネーが海外の資産を買いあさった。
その象徴的な事例として語られてきたのが、大昭和製紙(株)の齊藤了英名誉会長(当時)の逸話だ。傲岸不遜な「バブル男」として悪名を後世に残すことになった。
1990年5月15日夕刻、米ニューヨークでクリスティーズの美術オークションが行われた。その日のトリ、注目作品が厳かにベールを脱ぐ。ゴッホが死ぬ間際に描いた名作「医師ガシェの肖像」がスポットライトを浴びて登場する。
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鶏卵最大手イセ食品、会社更生手続きめぐり、親子の壮絶バトル(前)1890年7月、治療を受けていた精神科医ポール・ガシェの肖像を描き終えたゴッホは、ピストルを胸に当てて自殺した。37歳の若さだった。晩年の最高傑作といわれている。
『週刊朝日』(1990年6月1日号)の報道を要約する。
〈ゴッホの「医師ガシェの肖像」のセリは、2,000万ドルからスタートした。小林画廊の小林秀人社長とアメリカのある財団との一騎打ちとなり、10分足らずで、これまでの最高値5,390万ドル(ゴッホの「アイリス」。当時約75億円)を超えた。
齊藤了英氏から「いくら出してもいい」といわれていた小林社長は譲らず、結局、8,250万ドル(約125億円)で競り落とした。〉
小林社長から落札を知らせる電話が齊藤家に入ったのは、17日午前6時ごろ、了英氏がトイレに入っていたときだった。了英氏は「ありがとう。よくやったなあ」と答え、最近、小林氏に「10年経ったら、君を世界一の画商にしてやる」と話したのを思い出して、「10年早まったなあ」と付け加えた。小林氏は涙を抑えられなかったという。
ルノワールの「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」を118億円で落札
17日夜(現地時間)、同じニューヨークのサザビーズで開かれたオークションには、2,000人近い客と数百人の報道陣が押し寄せた。小林社長がルノワールの「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」を狙うと、事前に明らかにしていたからだ。
パリ郊外のモンマルトにあるダンスホールの楽しい様子を描いた中期の名作である。1877年の第3回印象派展に出展された作品だ。
〈小林社長はロイヤルボックスの陰から電話で指示を出した。競りは2,500万ドルから100ドルずつ上げられた。了英氏の意向は、「ゴッホと同じくらい。高くても1億ドルまで」だったが、7,810万ドル(約118億円)で相手が降りた。ゆっくりした拍手が起きた。
このほか、ロダンの彫刻も6億数千万円で競り落とし、しめて250億円を超える買い物になった。〉(前出の『週刊朝日』)
あまりの値に、海外ではジャパンマネーに対する批判が高まった。了英氏は「大した買い物ではない。ほしいものはいくら金を出しても手に入れる。500億や1,000億ならいつでも用意できる」と豪語したと報じられた。
高額納税者番付でトップに
齋藤氏は1990年の高額納税者番付で全国一(納税額31億2,844万円)になった。この年は絵画購入資金の返済のため、自身が所有する土地や株を売却し、一位に躍り出た。
有森隆著『巨大倒産』(さくら舎刊)所収の「大昭和製紙—会社を私物化した社長がやりたい放題」を見てみよう。以下に要約する。
大昭和製紙というところは、会社自体が齊藤一族の個人商店のようなものだった。会社のカネも俺のカネだ。了英氏が個人名義の土地や株をファミリー企業に売却し、ファミリー企業が、それを担保に銀行から金を借りたのである。了英氏が売却した物件の内訳は、東京・新宿の土地が約100億円、静岡・沼津の土地が約30億円、大昭和製紙株式が120億円。合計250億円也。この資金を使ってゴッホやルノワールを競り落としたのである。
〈結局は、個人名義の土地、株を、自らがオーナーのファミリー企業に移し替えたにすぎない。ファミリー企業には、時期を異にしているが、大昭和本体が40億円の融資と79億円の担保用株・物件の提供、100億円の債務保証を行っている。了英氏は大昭和を財布代わりに使って絵画を手に入れたわけだ。了英氏はこれらの土地と株式の売却で膨大な差益が出たため、全国長者番付のトップになったのである。〉
(つづく)
【森村 和男】
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