2024年11月23日( 土 )

ウクライナ危機と国連安保理の拒否権問題を問う(後)

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元国連大使
OECD事務次長
岩手県立大学長 谷口 誠 氏

名古屋市立大特任教授
日本ビジネスインテリジェンス協会理事長
中川 十郎 氏

 ロシアによるウクライナ侵攻で、国連が抱えてきた安全保障理事会における常任理事国の拒否権の問題が明るみに出た。ウクライナ危機後の世界の政治・経済問題の展望を踏まえ、これからの日本の外交はどうあるべきかをめぐり、元国連大使・谷口誠氏と日本ビジネスインテリジェンス協会理事長・中川十郎氏が対談した。谷口氏は国連大使やOECD事務次長として国際政治経済・外交分野で活躍、中川氏は長年にわたり商社海外駐在員として国際貿易に従事するなど、両氏ともに国際経験が豊富だ。

今後の世界経済の動向

名古屋市立大特任教授、日本ビジネスインテリジェンス協会理事長 中川 十郎 氏
名古屋市立大特任教授
日本ビジネスインテリジェンス協会理事長
中川 十郎 氏

    中川 コロナ禍とウクライナ問題は、世界経済にどのような影響を与えると予想されていますか。

 谷口 ウクライナ問題で、しばらくは分断の状態が続くだろうと感じています。かつて大きなパワーをもち、世界をコントロールしてきた米国の力が落ちています。世界に隠然たる影響力をもつ中国は、ウクライナ問題では表舞台に姿を見せません。これからどのような動きをするのか、世界の注目が集まっています。

 OECDの予測によると、2060年には中国やインド、インドネシアなどアジアの国々の人口が増え、経済力を誇るとされています。中国の鄧小平と自民党の水田三喜男政調会長が1978年当時、国連で対談したときは、鄧小平のアジアに対する学識、水田政調会長の中国に対する学識の深さに感銘を受けました。日本の政治家は中国を敵視していますが、日本は米国一辺倒ではなく、中国やインドとの関係をどう築くかを考えることが必要です。

 中川 20世紀後半は米国、日本の世紀と喧伝されました。それが21世紀前半は一帯一路の中国、後半はITなどで発展するインドが台頭し、22世紀はアフリカの世紀になると言われています。日本はこれから発展する中国やインド、ASEANなどアジアに目を向けて関係を強化することが大切だと思いますが、大使のご見解はいかがですか。

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 谷口 私は以前から東アジア共同体を提唱してきましたが、そのためには日中関係、日韓関係の改善も必要です。韓国はやがて外交力や経済力で日本を追い抜き、北朝鮮は大国を相手にした外交手腕に優れており、したたかです。日本が北朝鮮を追い込んだのは、外交上の大きな失策でした。拉致問題に向き合いながら、大局観をもって北朝鮮との国交の正常化を目指すことが将来必要となるでしょう。

「井の中の蛙」を脱却すべし

元国連大使、OECD事務次長、岩手県立大学長 谷口 誠 氏
元国連大使
OECD事務次長
岩手県立大学長 谷口 誠 氏

    中川 中国は電気自動車(EV)産業が大きく伸びていますが、日本は新産業を伸ばすために、AIやデジタルトランスフォーメーション(DX)、EVなど新しい分野に積極的に取り組むことが欠かせません。

 谷口 AIなどの最先端分野を発展させるには、日本の教育の在り方を見直す必要があります。優秀な研究者を育てるには研究費が必要ですが、文部科学省は約3年間で成果を出さなければ、大学への科学研究費の予算を付けないとしています。ノーベル賞を取るような重要な基礎研究を行うには、少なくても10年以上の時間が必要です。欧州などの大陸の国では、隣の国のことを絶えず考えながら生活しており、日本は「井の中の蛙」を脱却し、もっと世界に向けて視野を広げてほしいと感じます。

 中川 おっしゃる通りで、日本では教育予算が削減され、防衛費が増えています。日本はOECD加盟国のなかで、教育支出がGDPに占める割合は最低水準にあり、日本の発展のために教育を再構築することが急務だと思います。教育は国の礎です。そうしないと、日本は世界の教育後進国になってしまうと心配しています。
 谷口 世界がウクライナ問題で混乱し、防衛を強化する状態になっていることは危険な兆候です。ロシアの脅威が強まり、スウェーデンやフィンランドがNATOに加盟すると欧州も不安定になるでしょう。ウクライナ問題を解決するには、日本は国益を考えて将来、ロシアとの対話も検討すべきではないでしょうか。

<取材後記>
 谷口氏は対談日の3月31日に92歳の誕生日を迎え、有志十数人でお祝いが行われた。

(了)

【石井 ゆかり】


<プロフィール>
谷口 誠
(たにぐち・まこと)
 1956年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、58年英国ケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジ卒、59年外務省入省。国連局経済課長、国連代表部特命全権大使、OECD事務次長(日本人初代)、早稲田大学アジア太平洋研究センター教授、岩手県立大学学長などを歴任。現在は「新渡戸国際塾」塾長、北東アジア研究交流ネットワーク代表幹事、桜美林大学アジア・ユーラシア総合研究所所長。著書に『21世紀の南北問題 グローバル化時代の挑戦』(早稲田大学出版部)、『東アジア共同体 経済統合の行方と日本』(岩波新書)など多数。

中川 十郎(なかがわ・じゅうろう)
 東京外国語大学イタリア学科国際関係専修課程卒後、ニチメン(現・双日)入社。海外8カ国に20年駐在。業務本部米州部長補佐、開発企画担当部長、米国ニチメン・ニューヨーク本社開発担当副社長、愛知学院大学商学部教授、東京経済大学経営学部・大学院教授などを経て、現在、名古屋市立大学特任教授、大連外国語大学客員教授。日本ビジネスインテリジェンス協会理事長、国際アジア共同体学会学術顧問、中国競争情報協会国際顧問など。著書・訳書『CIA流戦略情報読本』(ダイヤモンド社)、『成功企業のIT戦略』(日経BP)、『知識情報戦略』(税務経理協会)、『国際経営戦略』(同文館)など多数。

(中)

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