NATO 事務総長がウクライナ戦争の長期化を示唆
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DEVNET JAPAN 顧問
前駐ノルウェー日本国大使
田内 正宏 氏Net I・B-Newsでは、ニュースサイト「OTHER NEWS」に掲載されたDEVNET INTERNATIONALのニュースを紹介している。DEVNET(本部:日本)はECOSOC(国連経済社会理事会)認証カテゴリー1に位置付けられている(一社)。OTHER NEWS(本部:イタリア)は世界の有識者約14,000名に、英語など10言語でニュースを配信している。今回は6日掲載の前駐ノルウェー日本大使による記事を紹介する。
ロシアがウクライナへの軍事侵攻を始めてから4カ月が過ぎ、ロシア軍とウクライナ軍は、ウクライナ東部や黒海沿岸の南部などで互いに多くの損失をともなう消耗戦を展開し、戦闘の終結に向けた道筋がいまだまったく見えません。ウクライナはNATOの軍事的な直接介入を求めてきましたが、ウクライナがNATOの正式加盟国でなかった(加盟申請中)ことから集団的自衛権を行使するNATOの武力介入はなされませんでした。
ウクライナ側の情報によれば同国の兵士の死者数はこれまでに合わせて1万人になった可能性があり、ウクライナ側の兵器の損失について、ウクライナ軍で地上部隊の補給を担う司令官が、これまでに戦車約400両、歩兵戦闘車約1300台、ミサイル発射システムなど約700基を失ったと述べた旨報じられました(6月15日付『ナショナル・ディフェンス』)。また、首都キーウ大学の報告によれば、インフラ被害の総額が6月8日の時点で1,039億ドル(日本円で14兆円あまり)にのぼり道路や空港施設、医療機関、学校など幅広い被害が確認されたとしています。国連人権高等弁務官事務所の報告では、6月23日の時点で民間人の死亡者が4,677人に上ることが確認されています。さらに、6月27日にはウクライナ中部のショッピングセンターがロシア軍によるミサイル攻撃を受け少なくとも20人死亡したことが確認されています。
こうした甚大な被害が発生するなか、戦争がいつまで続くのかという思いは誰しもが抱いているところでしょう。そしてNATOはウクライナにどれほど甚大な被害が生じても同国がNATO非加盟であることを理由に直接的な軍事介入をしないのでしょうか?いつどのようなかたちで平和が回復されるのでしょうか?多くの人が疑問に思っているはずです。
こうした問いに対してNATO側の答えは、「戦争は長期戦になる、直接的な軍事介入はしない、交渉による解決が行われる。」ということになります。残念ながら早期解決のメドはなさそうです。
NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長(元ノルウェー首相)は、6月19日付ドイツ紙『ビルト』とのインタビューで、「ウクライナでの戦争は今後何年続くかもしれないため、西側諸国は同国への支援を続けなくてはならない。」と述べ、ウクライナ支援の継続の必要性を強調しました。ストルテンベルグ事務総長は、「NATOからの軍事支援のコストはエネルギーや食料価格の上昇でさらに高いものとなっているが、ウクライナの人々が毎日支払っている代償に比べると何ほどでもない。ロシアに軍事的目標を達成させることの代償はさらに大きい。」と述べるとともに、「ウクライナに近代的な兵器を供給することが、同国東部ドンバス地方の解放の可能性を高める。」と述べました。実際、米国のウクライナに対する軍事支援の総額はこれまで約61億ドルに上ると言われ(6月25日付け産経)。6月27日にはサリバン大統領補佐官がウクライナへの追加の軍事支援として先進的な中長距離地対空ミサイルなどを供与する方針を明らかにしました。
また、ストルテンベルグ事務総長は、事態が長期化することに関連して、6月12日のフィンランド大統領との会談で次のように述べています。
「“平和”は可能です。問題はどのような“平和”かということです。ウクライナがその軍隊を撤退させて戦うのをやめれば、ウクライナはヨーロッパの独立した主権国家として存在しなくなります。降伏は“平和”をもたらすことができますが、ウクライナの人々は、いかなる犠牲を払うことになろうともそのような“平和”を受け入れません。私ではなく、彼らが平和と独立のために彼らが喜んで支払う代償は何であるかを判断します。」すなわち、ウクライナが独立した主権国家であり続けるために戦闘を継続するか否かは、最大の犠牲を払っている当のウクライナが選択することであるということです。続けてストルテンベルグ事務総長はNATOの援助の内容として、
「NATO軍はウクライナとロシアの戦争に直接介入しない。その理由は、エスカレーションを防ぐためである。この戦争が始まって以来、NATOは常に自由、民主主義、独立のために戦う国を支援する必要性、道徳的義務について多くの注意を払ってきたが、同時に、紛争に直接関与しないことでエスカレーションを防いできた。私たちがウクライナにできることは、支援を提供することである。彼らに武器を提供することが私たちのできる最も重要なことである。これには戦争を長引かせるという代償がともなう。しかし、何度も言ったように(戦争を継続するか否かは)ウクライナが決定することである。」
と述べて、NATOがウクライナのためにできることは武器の提供であり直接的な軍事介入ではない、それによって戦争が長引くとしても、戦争を継続することはウクライナが決定することであるとしています。戦争が長引くことは被害が拡大することを意味しますが、それでもNATOは武器提供による援助を続けるしかないということです。北大西洋条約第5条を通じて、締約国が武力攻撃を受けた場合、各締約国は集団的自衛権を行使できますが、締約国でないウクライナの場合は集団的自衛権を行使できません。では、なぜウクライナはこれまで長年にわたりNATOに加盟できなかったのでしょうか?ウクライナは財閥と政治家の癒着、汚職体質などが指摘され、民主主義体制の基準を満たしていないとされてきました。もっと重要なことは、ウクライナがロシアにとって大変センシティブな存在であることがわかっていたからこそ、フランスやドイツなどがウクライナの加盟に否定的な姿勢を見せてウクライナの加盟が実現してこなかったのです。すなわちウクライナがNATOに加盟すればロシアが欧州全体の安全保障を脅かす軍事行動に出る恐れがあるため、フランスやドイツは、ウクライナの加盟に否定的な姿勢を見せてきたのです。そして今の状況に引き直してみればロシアが当事国である紛争に介入するということは、総兵力90万人の軍事大国ロシアと真っ向から対峙することとなる上、エスカレートすれば核戦争になる可能性があるので、NATOとして軍事的な直接介入ができなかったということなのです。
さらにストルテンベルグ事務総長は、この戦争の終結の仕方として、
「ゼレンスキー大統領が何度も述べているように、この戦争は交渉の席で終わる。問題は、彼らが解決策を交渉するとき、ウクライナ人がどのような立場をとれるのかということである。私たちの責任は、その立場を可能な限り強くすることである。」
と述べています。すなわち、NATOは、今後長期戦にはなるけれどもウクライナがロシアと解決策を交渉するときにはウクライナの立場を可能な限り強くするために武器供与等の支援を続けていくということです。6月28日、NATO首脳会談を前にストルテンベルグ事務総長は、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟問題に関し、トルコがフィンランドおよびスウェーデンと覚え書きを交わし、両国が武器輸出禁止やテロとの戦いに関するトルコの懸念に対処することで合意し、トルコはこの北欧二か国のNATO加盟申請を支持することになったと発表しました。ストルテンベルグ事務総長はこの北欧二か国の加盟はNATOの強化の一環でもあるとしています。
同月29日にスペインで開幕するNATO首脳会議ではロシアをNATOにとっての脅威と位置づけ、加盟国の防衛態勢の大幅な強化やウクライナへの長期的な軍事支援を打ち出す(ちなみに中国を念頭に日本を含むアジア太平洋の国々との連携強化も打ち出す)見通しです。また、緊急事態に短時間で対応できる高い能力を備える多国籍部隊「NATO即応部隊(NRF)」を4万人から30万人以上に増員することも決める予定です。
ウクライナ戦争を通じて、専制独裁体制のロシアの脅威が世界中に明確になるとともに、NATOにいまだ加盟するに至らないウクライナがNATOの集団安全保障体制による直接的な軍事介入が得られずロシアの前に多大な被害をこうむったことが明らかになりました。専制独裁体制と民主主義体制の分極化が「新しい常態」として進むなか、我が国は後者の体制に属することを明確にして民主主義体制の安全を確保していかなければなりません。
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