2024年11月22日( 金 )

日本経済を破壊した安倍・菅政治(前)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

政治経済学者 植草 一秀 氏

 第2次安倍内閣の発足から、12月で10年の時間が経過する。「成長戦略」の言葉が繰り返されたが、日本経済は成長から完全に取り残された。その一方で進展したのが格差の拡大であり、国民の大半が下流へと押し流された。選挙のたびに各党は賃金の上昇を唱えるものの、実現のための具体的な裏付けがない。いまや日本は世界でも稀有な“貧困経済大国”に転じた。現状を打破するために必要なこと、そしてその可否を探る。

縮小した日本経済

 岸田文雄首相は5月5日にロンドンで行った講演において、「日本経済はこれからも力強く成長を続ける」と述べた。厚顔無恥というより厚顔無知である。日本経済は過去30年間成長していない。1995年の名目GDPを100とすると日本の2020年は95に縮小した。米国は273、中国は2034に「成長」した。日本経済だけが成長せずに「縮小」したのである。日本経済はこれほどまでに力弱く、成長していない。

名目GDP推移
名目GDP推移

 「生産水準の増加=経済成長」は労働生産性上昇と労働力増加によってもたらされる。日本では労働力人口が減少する一方、労働生産性の上昇が観察されなくなった。かつて技術大国と言われた日本の技術力は衰退の一途をたどっている。文部科学省の科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が発表する「科学技術指標」2021年版において、日本は「注目度の高い論文数ランキング」で世界10位に後退した。トップは中国。岸田内閣は経済的安全保障政策と称して技術の国外流出を防ぐための法制を整備したが、いまや日本は技術の輸出国ではなく輸入国であり、技術貿易を制限して打撃を受けるのは中国ではなく日本だ。

 日本の技術革新力の消滅は極めて深刻な問題だ。その原因は技術革新の停滞に加え、人口減少が加速していることにある。人口減少は高齢者の死亡増加と出生の減少によって生じており、出生の減少こそ深刻さの象徴であるが、政府は問題の本質に目を向けようともしない。

 12年12月の総選挙で安倍晋三氏が首相の地位に返り咲いた。日本政治刷新の期待を背負った民主党政権だったが、政治刷新の方針を明示したのは鳩山由紀夫内閣だけだった。鳩山内閣は、米国、官僚機構、大資本が支配する日本政治の構造を根底から刷新しようと試み、その意義は極めて大きなものだった。しかしながら、これは日本を支配し続けてきた既得権勢力の真正面から打破しようというものであり、それゆえに彼らの激しい反発を招いた。

 民主党内に既得権勢力とつながる勢力が潜伏しており、この勢力が鳩山内閣を内部から破壊した。普天間基地の県外・国外移設の構想を葬ったのも政権内に潜む米国と内通する勢力だった。鳩山内閣が破壊されて成立したのは既得権勢力傀儡の菅直人内閣と野田佳彦内閣だった。野田内閣は財務省戦略に隷従し、消費税大増税法を制定したあげく、安倍自民党に大政を奉還した。

大資本利益の成長戦略

 その安倍内閣が提示したのがアベノミクスと呼ばれる経済政策パッケージ。とはいえ内容は財政政策、金融政策、構造政策(構造改革)の三者からなるもので目新しさは皆無だった。

 金融政策ではインフレ誘導を宣言し、量的金融緩和政策が遂行されたが、そもそも政策の方向が間違っていた。デフレが続いていたなかでインフレが求められたが、その発端は企業からの要請だった。企業の要望は実質賃金コストの圧縮であり、それは名目賃金を引き下げることは困難だが、インフレが実現すれば名目賃金を据え置くだけで実質賃金の低下を享受できるからだ。労働コスト低下につながるからインフレが渇望されたのであり、この要請に唯々諾々と従いインフレ誘導を目標に掲げたことは、安倍内閣が国民の側ではなく大資本の側に立つことを示すものだった。

 財政政策では、政府支出の大規模な拡大を実行したのは13年度のみ。14年度には消費税増税を強行。財政出動方針は虚偽だった。

 経済政策の思想が示されるのが構造政策。「成長戦略」と称された構造政策の内容こそアベノミクスの核心になる。「成長」の言葉はプラスの意味を含むが、誰の、何の成長であるのかが焦点。アベノミクス成長戦略とは大資本の利益の成長だった。裏を返せば労働者=消費者の不利益の成長である。この「成長戦略」が10年間推進されて現在の日本経済が構築された。

 成長戦略の名の下に推進されてきたのが以下の5つの施策。農業を含む一次産業自由化、労働規制撤廃、医療自由化、特区・民営化の推進、法人税減税だ。資本の利益極大化を求めたのは米国の巨大資本だ。米国の巨大資本が米国を支配し、同時に日本経済をも支配する。米国を支配する存在としてディープ・ステイトの表現が用いられるが、ディープ・ステイトの世界戦略の渦のなかに日本が組み込まれた。

(つづく)


<プロフィール>
植草 一秀
(うえくさ・かずひで)
1960年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒。大蔵事務官、京都大学助教授、米スタンフォード大学フーバー研究所客員フェロー、野村総合研究所主席エコノミスト、早稲田大学大学院教授などを経て、現在、スリーネーションズリサーチ(株)=TRI代表取締役。金融市場の最前線でエコノミストとして活躍後、金融論・経済政策論および政治経済学の研究に移行。現在は会員制のTRIレポート『金利・為替・株価特報』を発行し、内外政治経済金融市場分析を提示。予測精度の高さで高い評価を得ている。また、政治ブログおよびメルマガ「植草一秀の『知られざる真実』」で多数の読者を獲得している。

▼おすすめ記事
統一教会改称で野党ヒアリング復活、立民泉氏の意気込みが具体化(前)
暗殺事件で霞んだ参院選の焦点、「上下」対立への転換こそ野党再生の道(前)

(中)

関連記事