どんな小売業が生き残るのか(前)
-
流通コンサルタント 神戸 彲
我が国の経済全般の停滞が言われて久しい。バブル以降の小売業を一言で表現すれば「供給過剰」だ。供給するモノが多ければその価格は上がらない。いわゆるデフレ状態だ。加えて、ここにきての急激な円安と原材料高が広範な業界にわたって影響をおよぼしている。消費低迷とデフレという停滞のなか、緩慢な競争を何とか生き抜いてきた小売業に、いま大きな転機が訪れている。
時代とお客に沿った競争
従来の業態間、リアル店舗による陣取り合戦などの提携・競争のなかで、業態や店舗の同質化が極まった。たとえばドラッグストア、看板は変わっても中身は同じ。GMSがかつてそう表現され、通常型のスーパーマーケットも同じである。これらは「真似るという学習による同質化」の結果だ。自ら「何をするか」を考えることなく、「いかに真似るか」で変化と成長を図った結果、均質で無機質な売り場が全国一律に出来上がった。
我が国の小売業界は、長期間のデフレのため値上げによる売上の自然増というメリットを得られなかった一方、長い間競争が緩慢でぬるま湯的な共存状態が続き、元来喉を掻っ切る白兵戦といわれた販売競争とも無縁だった。しかし、ウクライナ情勢により食糧輸出入の国際環境が変化したのをきっかけに、競争が元来のものに戻ってきている。
それに加わるのが、同時進行するデジタルDXだ。DXはトランスフォーメーション(変革)、いわゆる構造転換。アナログ時計とデジタル時計の違いとは比べ物にならない。人を介したサービスや業務の多くがAIに転換される。AIが登場すると即座に小売の世界にも本格的に導入され、新たな戦いの火ぶたが切られた。AI導入が意味するのはシンギュラリティといわれ、これまでの競争とは異質なものだ。
進化するデジタル化
「どこで、何を、いくらで、誰に、どんな売り方で、それはなぜ?」これらが小売業の原理原則だ。近現代の小売業ではこれらの条件項目の1つひとつを検討し、工夫を凝らして競争の武器にした。コンピューターを利用するとはいうものの、従来は条件の設定から仮説検証に至るまで、人がその細かいところにまで介在し、判断を行っていた。
現在、多くのスーパーのレジにおいて、人を介した作業が消え始めている。買い上げ商品の価格登録はレジ係が行うが、代金のやり取りは客が機械で行う。やがてすべてを機械が担うようになるだろう。その利点は、人を介することによる金銭事故の発生防止や違算チェックなど従来型作業のカットだ。すべて機械が行えば人的コストが不要となる。AI化が進行すると、商品を買い物かごに入れた時点で価格の登録が済み、店を出る時点で買い物行為のすべてが終了する。
店舗では、AIが売れた商品の次の販売数量を予測し自動的に発注する。AIのディープ・シンキングはこの繰り返しによりデータを蓄積し、やがて人間を上回る発注精度を実現させる。売り場における人のサービス、知恵や工夫が不要になることを意味する。これが流通業のデジタルDXだ。「アマゾン」は実験中の無人店舗アマゾンフレッシュで試行錯誤を繰り返している。自動発注システムは国内のスーパーでも一部採用され始めており、やがて当たり前のシステムになるだろう。
店舗のAI化には大きなコストがともなうが、取り組まなければならない事情がある。第1に、小売現場に人が集まらなくなっているためだ。小売店はかつて若者、主婦のパートタイムジョブに頼っていたが、彼らが集まらなくなると外国籍の若年層へと募集をシフトした。最初は中国、次いでベトナム、スリランカ。しかし、このところ彼らも思うように集まらない。経済成長が見られない我が国の低賃金と新興国の経済成長を考えると、この状況の改善は望み薄だ。思うように集まらない人材を高いコストで求めるより、機械に置き換えるほうが合理的である。第2に在庫や店内商品の生産予測によるロスの削減だ。社会でフードロスなどの無駄が問題視されるようになり、店舗の取り組み姿勢が注目されるなか、DX化は否応なく進めざるを得ない。
デジタルという新参者
スーパーマーケットは「半径数kmの範囲で、購入頻度の高い食品を、より安い価格で、リピート客を相手に、専門性をより高めて競合に打ち勝つ」。ドラッグストアは「スーパーよりずっと狭い商圏で、生鮮売り場を導入せず、食品、雑貨、薬をスーパーより安い価格で、部門的にスーパーをしのぐ品ぞろえで集客する」ということになる。そこには単純化、標準化、簡略化といった「手間と労力を省く」ことが最優先される。それに加わるのがフルフィルメントといわれる大型の配送センターを利用したオンライン販売だ。
2017年6月、アマゾンが高質スーパーマーケット「ホールフーズ」を137億ドル(1兆5,600億円相当)で買収した。ホールフーズはアメリカ全土に465店を展開していたが、店舗数が400店に近づいたあたりで、従来の利益構造に狂いが生じ始めていた。
アメリカの大手スーパーの粗利益率と経費率は概ね20%前後だが、ホールフーズのそれはそれぞれ30%前後であった。つまり高く売ることで高い経費率を補っていた構図だ。もちろん、ホールフーズは競合他社と同じものを高く売っていたのではない。オーガニックにこだわり、商品陳列は日本から訪れる見学者を感動させるほどの店だった。
(つづく)
関連キーワード
関連記事
2024年11月11日 13:002024年11月1日 10:172024年10月25日 16:002024年11月14日 10:252024年10月30日 12:002024年10月29日 17:152024年11月1日 11:15
最近の人気記事
まちかど風景
- 優良企業を集めた求人サイト
-
Premium Search 求人を探す