2024年11月23日( 土 )

今こそ食料安全保障を 食料危機が迫るなか、どう対応すべきか(前)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

東京大学大学院農学生命科学研究科教授
元農林水産省
鈴木 宣弘 氏

東京大学大学院農学生命科学研究科教授/元農林水産省 鈴木宣弘氏

 「食糧危機」が迫るなか、肥料高騰や農業政策により、日本の農業が消滅の危機に瀕している。食料自給率が低い日本が国際情勢に左右されず豊かな国としてよみがえるためには、どのような「食の安全保障」政策が必要なのか。三重県志摩市の半農半漁の家に生まれ、元農林水産省官僚として内情に精通した視点から、この危機の本質に切り込む。

迫る食料危機

 なぜ、日本は不測の事態に国民の命を守れないほどに食料自給率(農林水産省まとめでは、2021年度はカロリーベースで38%)の低い国になってしまったのか。主因は4つある。

 まず、よくいわれる誤解がある。日本の農地は限られているのに、食生活の変化にともなう食料需要が増大したため対応しきれなくなった。原因は食生活の変化だから食料自給率が低下したのは仕方ないと。では、なぜ食生活が変化したのか。

 これには米国の占領政策、洗脳政策が大きく影響した。終戦直後、「米国の余剰農産物の最終処分場」に指定された日本に対して、小麦、大豆、とうもろこしの実質的関税撤廃に始まる執拗な貿易自由化が迫られた。加えて、日本人の食生活を米食からパン食に改変するため、コメを食うとバカになるという医学部教授の本、米国産小麦を使用したパンの学校給食での提供、畜産飼料としてのとうもろこしや大豆を日本で大量消費させるために日本人を肉食化する大キャンペーンなどが米国の予算で仕組まれた。

 これによって、食生活を改変させ、米国からの輸入が増え、日本人は米国農産物の輸入依存症になった。つまり、食生活は自然に変化したのでなく、政策によって変化したのである。江戸時代を思い起こせば、それが良くわかる。江戸時代は鎖国政策をとっていたから、当然食料自給率もエネルギー自給率も100%だった。国内資源を完全に循環させた見事な循環農業、循環経済を実現し、それに世界は驚嘆し、称賛した。

 しかも、食料の量的確保について米国への依存が強まると安全性に不安があっても輸入に頼らざるを得なくなる。

 もう1つの米国の巧妙な洗脳政策は、世界中から留学生を受け入れて市場原理主義経済学を頭に叩き込んで帰国させる戦略である。日本帰国後に規制改革・貿易自由化を唱え続ける「信奉者」が霞が関でも増殖し、米国のグローバル企業の利益を増やすように働く。

 さらには、自分たちの「天下り」先でもある自動車などの輸出を伸ばすために、農産物関税撤廃を受け入れて農業を「生贄」にするという経済産業省主導の短絡的な政策が採られてきた。農業を「生贄」にしやすくするために、農業は過保護だという「ウソ」を国民に刷り込み、規制改革・貿易自由化というショック療法が必要だと誘導した。

 そして、極めつけは亡国の財政政策である。有事が迫り国産振興策こそが急がれるはずの今、在庫が増えたからといってコメや生乳などの減産を要請するだけでなく、減反などの代わりに麦、大豆、野菜、そば、エサ米、牧草などをつくる支援として支出していた交付金をカットすると決めた。この期におよんで目先の歳出削減しか考えない財政政策が最大の国難ともいえる。

 この結果、農産物輸入が増加し、食料自給率の低下が生じた。これらの方向性を見直すことが食料安全保障の確立には不可欠である。

世界はすでに食料危機に突入

 今、我々は、コロナ禍での物流停止、中国の食料需要増加による「爆買い」、異常気象が「通常気象」化したことによる不作の頻発、それにとどめを刺したのがウクライナ紛争、という「クワトロ・ショック」に見舞われ、すでに世界は食料危機に突入し、輸入途絶は現実味を帯びてきている。

 ロシアとウクライナは世界の小麦輸出供給の約3割を占める。物流停止にはトリプル・パターンが重なっている。ロシアやベラルーシは食料・資材を戦略的に輸出停止するなどして、脅しの武器として利用している。ウクライナは耕地を破壊されて播種も十分にできず、海上封鎖によって輸出したくてもできないという物理的な停止に追い込まれている。もう1つは、インドのように自国民の食料確保のために防衛的に輸出規制する動きで、こうした輸出規制が約30カ国におよんでいる。日本は小麦を米国、カナダ、オーストラリアから買っているが、代替国に需要が集中して食料争奪戦は激化している。

 さらに、ウクライナ紛争で化学肥料の深刻な実態が判明した。実は、日本の化学肥料原料のリンとカリウムは100%、尿素の96%が輸入依存なのである。そのうちリンと尿素については、日本がその多くを依存している中国が自国内の需要を優先して、ウクライナ紛争の前から輸出抑制を始めた。

(つづく)


<プロフィール>
鈴木 宣弘
(すずき・のぶひろ)
東京大学大学院農学生命科学研究科教授、専門は農業経済学。1958年生まれ。東大農学部卒業後、農林水産省に入省。2006年から現職。三重県志摩市の半農半漁の家の1人息子として生まれ、田植え、稲刈り、海苔摘み、アコヤ貝の掃除、うなぎのシラス獲りなどを手伝い育つ。安全な食料を生産し、流通し、消費する人たちが支え合い、子や孫の健康で豊かな未来を守ることを目指している。主な著書に、『世界で最初に飢えるのは日本―食の安全保障をどう守るか』(講談社+α新書)、『農業消滅―農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(平凡社新書)、『食の戦争―米国の罠に落ちる日本』(文春新書)など。

(中)

関連キーワード

関連記事