2024年09月18日( 水 )

「国土学」から解く民主と独裁 「空気」が政治をする国(後)

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(一社)全日本建設技術協会会長
国土学総合研究所長 大石 久和 氏

 ロシアによるウクライナ侵攻が始まって後の各国の反応が明らかになってくると、世界の国々は「民主と独裁」に見事に色分けされていることが明白となった。このことは世界が「市民を経験したことがある民」の国と、「自由とか個人の尊重」などと言っていては統治できない「市民経験のない民」の国とに分類されることを示している。では、日本はどちらなのか。そして日本人はそのことをよく自覚しているだろうか。国土学の視点から日本人の政治を解き明かす。

沈黙の日本人 責任者不在の国

(一社)全日本建設技術協会会長
国土学総合研究所長
大石 久和 氏

    しかし、この指摘はどう考えればいいのだろう。石野シャハラン氏は『ニューズウィーク』(日本語版)で、「この国にはデモもない。つまりは誰も主張したいことをもたない」と述べ、さらには「この国はどういう国で、どんな姿を目指しているのか日本人にさえよくわからない」と語っている。

 つまり、政治が何をすべきかについて、日本人は何も考えていないというのが石野氏の指摘ではないか。国民は、誰に何をさせるために投票に行っているのだろう。そして、選ばれた人間が公約通りに活動しているかを監視しているのだろうか、といえば何もしていないのだ。投票さえすれば、それで主権者責任をはたしたことになると考えているのである。

 最近の例で考えてみよう。政府は2022年3月21日、電力供給が22日に危機に陥るかもしれないとして、国民への節電を要請した。ここには政府の根幹的責務である電力の安定供給を失った責任と反省の弁はまったくなかった。にもかかわらず、国民からの反発は皆無であった。

 また、東京電力の柏崎刈羽原発は、テロ対策が不十分であるとの理由で21年から821万Kwの発電を停止したままとなっているが、「テロ対策など発電しながら進めていけばいいではないか」との声はなく、よって政治は何も決断しようとしない。

 北海道電力の泊原発も22年には、津波対策が不十分であるとされ200万Kwの運転を止めているが、これも対策しながらの運転がなぜできないのか。その一方で、新聞の投書欄には「節電に協力しよう」とのかけ声が掲載されるのだ。

 この例に見られるように、市民化しなかった我々は、社会的な問題解決方法を獲得できず、問題の個人的解決を常に志向してきた。たとえば、降雨時の歩行対策としてみんなの力で舗装することを発明した(もちろん馬車交通をもっていた彼らにとって舗装は単なる雨対策ではないが)西欧人と、個人が高下駄を履くことを発明してしのいできた我々日本人との違いなのである。

 すでに見てきたように、我々には「主権者責任」の意味の重さや、「主権者判断」の重要性が理解できていない、つまり日本人は社会化されていないといっても過言ではない。経済が成長しなければ、今この国で起こっているすべての問題は解決できないにもかかわらず、政治やメディアがプライマリーバランスの黒字実現ばかりを志向して経済成長の足を引っ張っていることに、圧倒的多数の主権者・日本人は反論も反応もしていない。そして政治の責任を追及できないまま、最終的には「一億総懺悔」「過ちは繰り返しませぬ」となっていくのだが、こう見てくると我々はいまなお1945年の世界に住み続けていることに気づく。

 ここには責任者の姿はまったく見えない。誰1人それをあぶり出そうとも、非難しようともしていない。考えてみてほしいのは、日本人が300万人もの犠牲者を出した先の大戦で「対米英戦争を決断した政治家や軍人」は1人もいなかったという不思議である。当時の誰もが「もはや反対できる雰囲気ではなかった」と言ったように、山本七平の唱えた「空気」があの犠牲を生んだのだが、今も当時と何ら変わらないことに戦慄を覚えるのだ。つまり日本国は今も同調志向の「空気」が政治をしているのである。

 財政再建至上主義はとんでもない誤りだったと早く総括しないことには、この国は滅ぶだろう。すでにその兆候が見られる。そして、はっきりと予言できることは、そのときに「私が財政再建主義の主唱者でした」という人は消え去ってどこにもいないに違いないということである。

(了)

※本稿は『表現者クライテリオン』2022年11月号(啓文社書房)の筆者論文「『危機感のない日本』の危機  民主と独裁  『空気』が政治をする国」に加筆修正したものである。


<プロフィール>
大石 久和
(おおいし・ひさかず)
1970年京都大学大学院工学研究科土木工学専攻修士課程修了、建設省入省。99年道路局長、2002年国土交通省技監(04年退官)。(財)国土技術研究センター理事長、(一財)国土技術研究センター国土政策研究所所長、(公財)土木学会会長などを歴任。16年より(一社)全日本建設技術協会会長、19年より国土学総合研究所長。15年瑞宝重光章受章。著書に『国土と日本人―災害大国の生き方』(中公新書)、『「危機感のない日本」の危機』(海竜社)、『「国土学」が解き明かす日本の再興―紛争死史観と災害死史観の視点から』(経営科学出版)など多数。

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