アジア・インスティチュート理事長
エマニュエル・パストリッチ 氏
自衛隊が直面する最大の脅威は、外敵ではなく、アメリカやイスラエルのIT企業によって強引に推し進められるAI化そのものである。そして、日本の安全保障を根本から脅かしているのは、アメリカが今後も「信頼できる同盟国」であり続けるという幻想に、日本人がいまだにとらわれていることに他ならない。
AI化がもたらす軍の崩壊
今後、自衛隊にとって深刻な脅威となるのは、アメリカやイスラエルの一握りのIT企業によって推し進められている、無分別なAI化である。ここでの「AI」とは、コンピューターによる分析と意思決定を支援する曖昧な言葉である。AIの意味が正確でないこと自体が危険なのだ。
AIの推進は、自律走行する自動車、飛行機(ドローン)、ロボット、その他の装備の推進の一部である。これらの自律型機器や、意思決定のためのAIベースのシステムは、オペレーターが遠隔操作で武器をコントロールするという単純なプロセスをはるかに超えている。新しい自律型兵器やAIシステムは、オペレーターの承認なしに、場合によっては司令官や将軍の承認なしに、勝手に意思決定を行う。それはコンピューターが科学的な検討の結果としてやるという前提があるが、それは本当かどうか全然証明されていないし、公開されていない。
このようなシステムのリスクは甚大であり、軍へのAIの大量使用は深い懐疑的な目で見なければならない。AIという神様が、膨大なデータを科学的に考察したうえで兵器システムの決定を下すと言われているが、その確証はない。ほとんどのAIシステムは企業に所有権があって、自衛隊にはそのプロプライエタリソフトウェアに従うAIシステムは公開されない。自衛隊は直接そのソフトの変更や修正をすることはできない。自衛隊はAIシステムを所有しているわけではなく、一時的に企業からかりているだけであり、そこには企業側が機密情報を悪用しないという前提があるのだが、米国の軍産企業の腐敗をみればまったく信頼できない。つまり、AIによって生み出されたインテリジェンス、あるいはAIによって制御されたドローンやロボットは、敵にハッキングされ、その活動をコントロールされる可能性がある。あるいは、攻撃に関する意思決定プロセスは、最終的には兵器システムを供給する請負業者によってコントロールされる。
企業側はAIシステムによる決定が科学的であることをユーザーに伝えるかもしれないが、それが真実であることを確認することはできない。AIが出した勧告が、科学の分析ではなくて、第三者によって出された秘密の指令に基づいている可能性も十分にある。兵器システムにおいてこのような不確実性はまったく容認できない。
さらに、AIシステムに依存するようになった者は、習慣が怠惰になり、思考が軽薄になる傾向があることが研究で実証されている。AIは兵士の機能を向上させるどころか、むしろその対応力を低下させる。AIには使い道があるかもしれないが、AIに過度に依存すると、オペレーターの行動に悪影響をおよぼし、AIシステムが故障したり、電気が停止したりした場合に無力な、情報不足のオペレーターを生み出すことになる。
政治混乱に直面している米国は信頼できる同盟国か?

今日、日本が直面している最も深刻な安全保障上の問題は、間違いなく、米国が同盟国として今後も変わりなく信頼できるパートナーであると思い込んでいることである。日本は、今後米国に起こり得る大規模行政制度の崩壊に備えることを怠っている。
先日、米国の大統領が、軍部の大半の反対にもかかわらず、国会や同盟国の許可を得ず国際社会を無視して行ったイラン空爆によって示された大規模なシステム不全を見れば、その危険性がどれほど大きいかがわかるだろう。安全保障の議論において、米国内政の不安定な現実はもっとも重要な考慮事項であるべきだ。
自衛隊は、台湾をめぐる中国との紛争、北朝鮮との紛争、朝鮮半島における北朝鮮と中国との紛争、北方領土におけるロシアとの紛争、さらには中東や南太平洋での紛争など、将来起こり得る紛争を想定した何百ものシナリオを準備している。しかし、日本が用意したこれら何百もの戦闘シナリオのどれにも、アメリカ側の指揮系統の失敗の可能性や、アメリカ軍内部の大規模な衝突やまひの可能性は考慮されていない。
私が知る限り、自衛隊のすべての防衛計画は、米国が常に信頼できるパートナーであり、コンパスが海上で船を前進させるように頼りになると想定している。これは危険な虚構であり、日本はただちに日米両軍が絶対的な同盟を維持するという意識を捨てなければならない。
深刻な米国機関内部の分断
アメリカ社会全体でも、軍や情報機関自体の派閥間でも、すでに大規模な内部対立が起きている。トランプ政権の正当性、そして統合参謀本部議長を通じての指揮系統の権威は、次の事件によって大いに疑問視されている。今年2月、統合参謀本部議長であり最高位の軍人であるチャールズ・Q・ブラウン・ジュニア空軍大将が正当な理由もなく解任され、不法な特別アクセス・プログラムというダーティー・オペレーションを担当した無資格のダン・ケイン大将に交代させられた。トランプ政権が腐敗し不透明な新たな指揮系統を4月に構築したとき、さらに10人以上の将官が正当な理由もなく解任された。
しかも、ICE(移民税関捜査局)による非市民、そして今や市民をも対象とした違憲の拉致事件は、軍や連邦政府の権限を行使する者の正当性についても深刻な疑問を投げかけている。アメリカ社会で大規模な紛争が起こる可能性は高まっており、それは指揮系統に直接影響を与えるだろう。アメリカ側の指揮系統の混乱は、何よりも日本の安全保障に直結する。
結論
日本は、現在進められている軍事技術と戦略におけるさまざまなシフトの真の意味を科学的かつ客観的に評価し、アメリカの兵器メーカーが要求するからではなく、いかなる点においても兵器販売から利益を得ていない専門家による科学的評価に基づいて、何をすべきかを決定しなければならない。
日本の安全保障政策に関しては、タブー視することは許されない。軍人や軍事専門家は、国内外の兵器製造会社のコンサルタントとしての個人的利益を考慮することなく、国家の長期的利益を目標として掲げなければならない。
<プロフィール>
エマニュエル・パストリッチ。1964年生まれ。アメリカ合衆国テネシー州ナッシュビル出身。イェール大学卒業、東京大学大学院修士課程修了(比較文学比較文化専攻)、ハーバード大学博士。イリノイ大学、ジョージワシントン大学、韓国・慶熙大学などで勤務。韓国で2007年にアジア・インスティチュートを創立(現・理事長)。20年の米大統領に無所属での立候補を宣言したほか、24年の選挙でも緑の党から立候補を試みた。23年に活動の拠点を東京に移し、アメリカ政治体制の変革や日米同盟の改革を訴えている。英語、日本語、韓国語、中国語での著書多数。近著に『沈没してゆくアメリカ号を彼岸から見て』(論創社)。