2024年12月04日( 水 )

認知症って、怖い病気ですか?(後)

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大さんのシニアリポート第130回

 正月早々にある人から電話をいただいた。ところが相手は名前を名乗らないまま、一方的に話を進める。だいたい声で相手が誰だか判断できるものだ。彼はTさんといい、昨年3月まで運営する「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)で、月1回「回想法」という認知症当事者に昔の町並み、室内風景、当時使われていた台所用品、足踏みミシンなどの生活用品をネット上から拾い、スクリーンに映して脳を活性化させるというユニークな活動を展開した人物である。そのTさんが認知症になった。

最前線で走りながら考えるエネルギッシュな男

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    日本では2022年6月、「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が成立している。「人権を尊重し、当事者の声を聞いて社会を構築することを目指している」と評価された。しかし、私の周囲では法律制定そのものも、現場でどのように運用されているのかも知らない人が多い。一般的には「認知症カフェ」や「軽度の作業所」などを見聞きする程度だろう。ところが認知症デイサービスのイメージそのものを180度覆した男がいた。

 前田隆行さん、47歳。彼の運営するデイサービス「BLG町田」(東京都町田市)は認知症当事者が働き、社会とつながるという大前提がある。「社会参加型デイサービス」と呼ばれる。ここでの利用者(認知症当事者)のことを「メンバー」と呼ぶ。スタッフがメンバーに、「今日何をしたいか」を聞く。事前に用意された仕事、「陽だまりカフェ」の掃除、花屋の手伝い、ホンダ販売店の展示車の洗車、地元情報誌のポスティングなどに別れて仕事に取りかかる。

 BLG町田と同様の介護事業所を全国に100カ所つくるのを目的に、100BLG(株)を立ち上げ、育てている。現在、準備中を含めて全国に18カ所。こうした取り組みは注目され、国内外から1,300件を越す視察を受けている。130近い企業や団体と提携する。

 立ち上げのきっかけは、利用する認知症当事者が、「働いた分の対価が欲しい」といったことだ。当時の介護保険制度のもとでは、対価を得ることは想定外だった。「働いたんだから対価を得るのは当然」と霞ヶ関に5年間陳情して、とうとう昨年11月4日、有償ボランティアを認める通知を得た。承認を得た前田は、仲間とともにNPO法人町田市つながりの開(かい)(後のBLG町田)を立ち上げる。すかさずホンダ販売店に洗車の仕事受注を交渉。1年半通い詰めてOKを得る。走りながら考えるエネルギッシュな男である(『朝日新聞』2023年8月26日「be フロントランナー」参照)。

 この欄にたびたび登場する「ぐるり」の常連、香川涼子(仮名)さんのように、自分が認知症になったことを入室者にカミングアウト。施設入所時、「送別会を開きたい」という私の申し出に、「見送られることは好きではありません。人知れず入所します」といい、ある日忽然と姿を消した。彼女のプライドは認知症をオープンにし、この先迷惑をかけることを許してほしいと宣言したことだ。男女の違いというのがあるのだろうか。往生際の悪いのは知っているかぎり全員男である。

イメージ    最近では香川さんのように認知症を公表する人も出はじめていると朝日新聞(24年1月13日「be」)で紹介している。お茶屋を営む中川正一さん(仮名、76歳)はアルツハイマー型認知症。悩んだ末に店に認知症であるという貼り紙をした。クレームを付ける客もいたが、認知症を患う家族を持つ客のなかには、泣きながら中川さんと話をしてお茶を選んでもらう女性もいた。

 公表した理由を、「認知症と診断されただけでおしまいだと考えるのではなく、私も自分には何ができるかを勝負したいと思いました」といい、その後8年半、「当事者でもできることがある」と店に立ち続けてこの世を去った。どこか香川さんと通じる崇高な覚悟を感じた。

(了)


<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』『瞽女の世界を旅する』(平凡社新書)など。

(第130回・前)
(第131回・前)

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