分断された世界と中台問題 日本が備えるべきことは(前)
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防衛研究所 軍事戦略研究室
主任研究官 橋本 靖明 氏ロシアのウクライナ侵攻に対して、国連をはじめ世界は有効に対応できておらず、世界の分断が目立っている。アジアでも台湾有事の可能性が指摘される。軍事行動を起こすとなると、事前の準備により察知されるため、実際に行動を起こす可能性は低いと思われるが、中国が台湾に侵攻した場合、日本がどのような事態に巻き込まれ、いかなる対応を取り得るか、考えて備えておく必要がある。
分断化する世界
ロシアのウクライナ侵攻が始まったのは2022年2月のことであり、2年が経過した。国際法に明白に違反するこうしたロシアの行為に対して、世界は有効な対応ができていない。むしろ、目立つのは世界の分断とさえ言える。
今回のような武力侵攻が起こると、まず動き出すのが国連の安全保障理事会だ。この理事会で平和の破壊が事態認定されると、武力侵攻した国家に対するさまざまな措置が取られることになる。しかし、今回、この安保理はほとんど機能しなかった。紛争を仕掛けたのがロシアであり、そのロシアは常任理事国であるためだ。常任理事国は理事会に決定をさせない拒否権をもっており、紛争当事国のロシアが決定を拒否することで安保理はストップした。侵攻開始直後の、ロシアを非難し、即時撤兵を求める決議は成立しなかった。
安保理が動かない場合、次に動くのは国連総会だ。国連総会には、国連に加盟するすべての国(193カ国)が参加するため、世界全体の意思を表明することが可能だ。実際に22年3月の国連総会緊急会合では、ロシアのウクライナへの武力侵攻を非難する決議を採択することができた。しかし、その際の投票内容が問題だった。非難に賛成したのは141カ国で多いといえば多いのだが、反対が5カ国、棄権が35カ国もあった。ロシアとその友好国である隣国のベラルーシが反対するのはわかるが、そのほかにもシリアと北朝鮮、エリトリアも反対に回った。35もあった棄権国には、大国である中国やインド、アフリカからも南アフリカをはじめとする多くの国が含まれている。あれほど明白な国際秩序の破壊、軍事侵攻に対して非難、反対しようとしない国が世界で2割以上も存在したことは衝撃的だった。
ロシアに対する非難決議が国連総会で採択され、国際刑事裁判所によって逮捕状が出されるなか、プーチン大統領は中国で習近平主席と、北朝鮮の金正恩総書記とロシア東部において相次いで会談し、関係強化を図っている。先日行われた北朝鮮による偵察衛星打ち上げにも、ロシアの技術支援があった可能性があるとの報道もある。彼らの関係は、今後も深まっていくかと思われる。
世界は、こう見てみると決して一枚岩ではなく、東西に割れていた冷戦構造が終了して30年が経過した今、新しい分断化が進んでいるようだ。いわば「分断化する世界」が生起している。ただし、この分断化は、冷戦期の東西分断とは異なっているようだ。冷戦期の東西陣営は経済的にも分断化していた。しかし、現在の分断化は、経済的には異なる様相を呈している。たとえば、対立しているといわれる中国と米国との間の貿易額は20年から22年にかけて毎年増えており、22年は過去最高額を更新している。つながりつつも対立するという構造が生まれている。
連帯・共感化する世界も
他方、世界では今、「分断化」とは逆に「連帯・共感化」という方向も生まれつつある。世界的に連帯感・共感の横断が見られるのだ。
とくに注目すべきは、いわゆるZ世代だ。彼らは1990年代半ば以降に生まれた若者世代であり、生まれたときからインターネットやスマートフォンが身の回りに存在していた。彼らは今では、世界の人口の3分の1を占める程度になり、存在感を大きく増してきている。
Z世代は、インターネットとスマートフォンを自然に駆使するため、ネット上の情報を常時、直接的に受け取り続ける。ここでは、地球温暖化や難民、紛争における被害者などの情報と画像とが素早くストレートに拡散され、彼らの共感を呼び起こすことがしばしばだ。インターネットは、中国のような厳しい情報統制を行っている一部の国家を除くと、多くの場合、国境を越えて自由に、かつ非常に安価に利用されているため、Z世代のこうした共感は、国際的な連帯感にも容易に結び付く。
今般のハマスによるイスラエルへの大規模テロ攻撃への反応として起こった、イスラエル軍のガザ地区侵攻に際して生起した病院での乳幼児などへの被害画像を見た世界では、停戦を要求するデモが、とくに誰が図ったわけでもなく、各地で同時多発的に発生した。参加者の多くはZ世代の若者のようだ。
スマートフォンの画面に映るたった今起こった事件の動画などに触発された彼らの感情の発露と行動は、そうした直接的な情報からは一歩引いて事態に現実的に対応しようとすることの多い高年齢層との軋轢を招くことがある。これは、国家の内部においてもそうであり、国際的にも同様だ。
こう見てみると、これからの世界は「分断化」と「連帯・共感化」との両方が、せめぎあいながら進んでいくことになるのかもしれない。
分断された世界における中国と台湾問題
分断化が進みつつある世界で、私たちと反対側の世界にいると思われるのが中国だ。中国は、14億人の人口、名目では世界第2位、購買力平価で換算すると世界第1位のGDPを有し、核ミサイルを含む最新兵器までも装備した200万人程の兵力を有している巨大国家で、中国共産党による事実上一党支配の国家でもあり、そして私たちの隣国だ。
中国は今、その巨大な国力を使って、ロシアなどとの関係を深めつつ、国際秩序に対する影響力を急激に拡大しようとしているだけでなく、東シナ海や南シナ海では周辺国との対立を避けることもせず、強引に現状変更を進めようとしている。米国や欧州、日本などは、そうした中国との関係を保ちつつも警戒を強めている。
その中国にとって、建国以来の最大の未解決問題が台湾だ。台湾は事実上の国家であり、中国とは異なる政治、経済、軍事体制を有している。ただし、中国は1つであるという国際的な共通理解の下で、台湾と正式な外交関係をもっている国はわずかに十数カ国と多くはなく、中国の外交攻勢によって、その数はむしろ漸減傾向にある。しかし、外貨準備高では世界のトップ5に入り、TSMCという世界最大の半導体受託製造企業をもつなど、世界でも大きな存在感を示している。
※なお、ここに示す見解はすべて筆者個人のものであり、筆者が所属するいかなる機関のものでもない。
(つづく)
<プロフィール>
橋本 靖明
1983年金沢大学卒業、87年慶応義塾大学大学院修士課程修了。防衛省防衛研究所軍事戦略研究室主任研究官。防衛研究所にて研究室長、研究部長などを経て現職。その間、政府宇宙政策委員会委員、防衛法学会理事、国際宇宙法学会(本部:パリ)理事、ユトレヒト大学(オランダ)客員研究員、防衛大学校や政策研究大学院大学、駒澤大学の講師などを歴任。専門は国際法、安全保障法制。母方は肥前の戦国大名、龍造寺隆信の末裔。関連記事
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