【追悼】社会貢献に尽くし、名経営者として永眠したムライケミカルパック社長・村井正隆氏

ムライケミカルパック(株)
社長 村井正隆 氏

 ムライケミカルパック(株)社長・村井正隆氏の訃報によせた追悼文の第1弾は「社会貢献」の視点からまとめた。福岡県において韓国との民間交流の第一人者であることを紹介したものだ。今回の第二弾は、名経営者に対する追悼文となる。

 同社は1967年4月設立。合成樹脂系の特殊塗料の製造・販売・施工を行う。従業員は30名程度。工事の対象としては主に工場の屋根塗装を行ってきた。同社施工の一例を挙げると、熊本県八代市にあるYKKAPの工場の屋根工事の広さは2~5万m2におよぶ。

第二事業への挑戦

 同社は一時期、アスベスト粉じん飛散防止処理(封じ込め除去)工事にも注力した。筆者もその現場には2回ほど立ち会ったことがある。アスベスト工事の需要が一段落し、次にステップアップするための戦略が「ケミカルカチオンパック工法」に磨きをかけることだった。工場や倉庫の温度変化を抑制し、エアコンの消費電力を減らすことを売りにしていた。さらなるステップアップの為に製品開発に心血を注いだのが7~8年前からだ。結果として「ケミカルカチオンパック工法2」を生み出したのだ。目的は工場屋根の漏水対策機能に絞った。

 大型工場において頭痛の種は屋根の漏水対策である。漏水を食い止めないと工場内の製品が水を被り、品質が悪化する。完全な漏水対策を模索していたある工場主は「ケミカルカチオンパック工法2」にたどりついた。この工法で防水工事を発注した。漏水対策性能として断トツであることを施主も察知した。さらに同社のセールスの売りは「当社は塗装メーカーであり、直営工事で請け負います」という点にある。瞬く間に業界で噂となった。宣伝・認知に3年の時間を要した。

第二期黄金時代を迎える

 こちらの損益計算書を参照してほしい。5期前の2021年9月期から俄然、業績が上向きだした。特別損失を計上できるようになったのである。好調との噂が噂を呼ぶようになった。とくに造船業界で瞬く間に「ケミカルカチオンパック工法は本当に漏水を食い止める」という絶大な信用を獲得した。時期もグッドタイミングで、造船業界全体が新たな設備投資を行う時期であった。長崎から瀬戸内海にある造船所まで連続して落札するなどした。そして何よりも工事現場が広い。10万m2以上の広さの工事現場も珍しくなくなった。

 さらに「福が福を呼ぶ」好循環となった。日立造船から受注した実績が次のような「福」を招いた。日立グループ企業・商事会社が代理店契約をしてくれたのだ。となれば桁違いの物件の問い合わせが始まった。最近では造船業界だけでなく、広範囲の業種の工場現場が増えたのである。

驚異的な決算状況

 昇り調子が明瞭になったのは21年9月期である。そこから5期目の25年9月期は売上高26億717万円と、4倍の増収である。なんと当期純利益2億6,683万円である。驚異的な収益性の高い数字を叩き出している。これからは積極的な投資も続々とできることは間違いない。この5期の「損益サマリー」を参照しても、故・村井氏が先駆的な経営眼をもった名経営者と評価できる。さらに表現を変えれば「社会奉仕と経営を両立させた」偉人と断じても間違いない。

かくなる無念ゆえ、あえて小言を叫びたい

 故人が「胃がん」の宣告を受けたのは1年半前だったらしい。しかし、故人は医者の宣告を半年もの間、放置していたと聞く。その間に胃がんの病状は悪化して広がっていったはずだ。

 筆者はこのように故人に呼び掛けたい。「村井さん、あなたの存在は周囲の数多くの人間のお手本となりました。筆者もそれを見てきた一人でした。それなのにどうして『胃がん宣告』を受けたときに、病院で向き合って治療することを早く選択しなかったのか、それが悔しくて悔しくてたまりません。残念ながら、これが最後のお別れの言葉です」。

【児玉直】

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