「心」の雑学(20)その結論はみんなの総意?〜望まれない慣習が続いてしまうわけ〜

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みんな平気そうに見えるけど

 誰かが困っている場面に出くわしたとき、「助けたほうが良いかもしれない」と思いながらも、なぜか行動に移せなかった経験はないだろうか。とくに周囲にほかの人がいると、「きっと誰かがやるだろう」と考えてしまい、結果として誰も動かないまま状況が過ぎていってしまうことがある。

 前回は、このような他者の存在によって援助行動が抑制されてしまう「傍観者効果」と、その背景にある心理の1つとして「多元的無知」を紹介した。多元的無知とは、周囲の人が動かない様子を見て、「実はそれほど深刻な状況ではないのかもしれない」とトラブルの状況判断を見誤ってしまう現象である。

 ここで重要なのは、私たちが判断の手がかりとしているのは、あくまでも「他者の行動のみ」であるという点だ。本来、その人が何を感じ、何を考えているかは外からは直接知ることができない。そのため、私たちは直接観察することができる他者の振る舞いから、その内面を推測することになる。すると、誰もが内心では不安や違和感を抱いているにもかかわらず、「行動しない」という一見客観的な状況証拠から、お互いに「ほかの人は平気そうだ」とその内面を誤解してしまうのである。

 こうした状況の誤読は、実は援助行動のような一瞬の判断場面だけで生じるものではない。むしろ、私たちの日常のさまざまな場面でも、多元的無知による判断の誤りが発生しているのである。今回は、社会のなかで多元的無知がおよぼす影響について、掘り下げていこう。

誰も望んでいないのに

 たとえば、授業や会議の場面を思い浮かべてみてほしい。内容が難しく、あなたは十分に理解ができていないとしよう。しかし、「ここまでの内容は大丈夫でしょうか」や「何か質問はありますか」という問いかけがあっても、自分以外の誰も質問をしない。すると、まるで自分だけがわかっていないのではないかと感じてしまい、ますます手を挙げづらくなる。

 しかし、このとき実際には、多くの人が同じように疑問を抱いていたり、内容がよくわかっていない可能性があるのだ。にもかかわらず、誰もが沈黙してしまっていることで、「みんな理解できている」という誤った認識が、その組織のなかで共有されてしまうのである。

 ここで起きているのは、自分と他人の行動の解釈のズレである。自分が発言しないのは「恥ずかしいから」「場の空気を乱したくないから」と理解している一方で、他人の沈黙は「本当に理解しているからだ」と解釈してしまう。このような非対称な推論が、多元的無知を生み出すとされている1

 さらに厄介なのは、社会や組織のなかでこうした沈黙が連鎖すると、実際には支持されていないはずの慣習や文化が維持され続けてしまう悪循環が起こり得ることだ。たとえば、本当は多くの人が「無駄な残業はしたくない」「有給休暇はもっと取りたい」と思っているにもかかわらず、周囲が黙々と働き続けている様子を見ることで、「自分だけがそう思っているのではないか」「みんなはこれが当然のことだと思っているんだ」と感じてしまう。そして、自分も同じように我慢して合わせることで、その行動がさらに周囲にとっての「当たり前」になっていくという連鎖が発生するのである。

 男性の育児休業の取得についても同様である。内心では取得したいと考えていても、「周囲は否定的に見ているのではないか」と思い込むことで、行動に移せなくなる。実際、日本の男性従業員を対象にした研究でも、他の男性は育休に否定的だと周囲の態度を過大に見積もる傾向があり、その誤認が育休の取得意欲を弱めていることが示されている2

 このように、多元的無知は単なる認知の誤りにとどまらない。本来であれば変えられるはずの規範や慣習を、「みんなが支持しているもの」として固定化し、そのまま維持してしまう働きをもっているのである。構成員のそれぞれが「みんなに合わせよう」と考えた結果、存在しない「それを支持するみんな」が生み出され、お互いにその架空の多数派に合わせようとするという皮肉な結末に至ってしまうのだ。

沈黙を破るには

 では、このような状況から抜け出すためには、何が必要なのだろうか。まず重要なのは、「沈黙=同意ではない」と知ることである。周囲が何も言わないからといって、それが必ずしも納得や支持を意味するとは限らない。この前提をもつだけでも、「自分だけが違和感をもっているわけではないかもしれない」と考えやすくなる。

 次に、本音と認識のズレを可視化することが挙げられる。私たちはしばしば、「自分はどう思うか」と「ほかの人はどう思っているか」を混同している。これらを切り分けて捉え、「実際にはどれくらいの人が同じ意見をもっているのか」を明確にすることができれば、多元的無知は揺らぎ始める。

 ただし、こうした誤認は、単に「実はみんなそう思っている」と伝えるだけでは、十分に解消されない場合もあることが指摘されている3。発言しやすい雰囲気づくりや、制度利用のハードルを下げる仕組みなどと組み合わせることで、初めて行動の変化につながるといえるだろう。

 多元的無知が生まれる背景には、「他者の本音が見えない」という構造がある。心や人の内面は、「見えないからこそ、察するのだ」という日本人的な美徳もあるかもしれないが、もしかすると、すでにそれが私たちの多元的無知なのかもしれないのである。

1  Miller, D. T., & McFarland, C. (1987). Pluralistic ignorance: When similarity is interpreted as dissimilarity. Journal of Personality and Social Psychology, 53(2), 298–305.
2  Miyajima, T., & Yamaguchi, H. (2017). I Want to but I Won't: Pluralistic Ignorance Inhibits Intentions to Take Paternity Leave in Japan. Frontiers in Psychology, 8, 1508, 1-12.
3  Papakonstantinou, T., et al. (2025). A systematic review and meta-analysis of the effectiveness of social norms messaging approaches for improving health behaviours in developed countries. Nature Human Behavior, 9, 2632-2650.


<プロフィール>
須藤竜之介
(すどう・りゅうのすけ)
須藤 竜之介1989年東京都生まれ、明治学院大学、九州大学大学院システム生命科学府一貫制博士課程修了(システム生命科学博士)。専門は社会心理学や道徳心理学。環境や文脈が道徳判断に与える影響や、地域文化の持続可能性に関する研究などを行う。現職は人間環境大学総合環境学部環境情報学科講師。

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