2024年12月23日( 月 )

経済小説『落日』(42)隠ぺい2

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谺 丈二 著

「石井社長、坂倉は大変なことをしていますよ」

 武藤芳人から石井一博に電話が入ったのはその赴任から半月後のことだった。

「何もかもでたらめです。店舗建設も仕入れもすべてリベートがらみで進めています。たとえば食事はすべて交際費、一桁の店舗しかないのに新店開店のニュース報道と引き換えにテレビ広告をやっています。経営感覚というより、正義と常識的感覚までありません。とにかくでたらめです」
「どういうことだい?」
「ええ、まずコンピューターですが、朱雀屋のシステムはレベルが低いということで本部に断りなく地元の個人業者のシステムを導入しています。加えて、ハードとは別にソフト料として1店舗あたり500万を支払っています。」
「500万。優秀なシステムならそんなもんだろう?」
「それが商品の流れがまったくつかめないシステムなんですよ。仕入れや販売系のデータも出てこないんです」
「え?」
「人事も経理システムも乗っかっていません。当然、バランスシートもつくれません」

 石井は唖然とした。武藤のいう通りだとすれば売上を記録するだけのシステムにハードも含めて数億近い投資をしたことになる。しかもたった3店舗である。

「それだけじゃないんです。各店舗に小さなファストフード店をくっつけているんです」
「ファストフード?」
「ええ、設備も運営経費も全部当社持ちです。しかも坂倉がその会社の役員に名を連ねています。私も出資を誘われましたよ。店の展開を利用して私腹を肥やすというやつですよ。犬飼さんも絡んでいますね」

 石井は眉を固くした。

「石井さん、坂倉の仕事は奴1人の思惑じゃないですね。犬飼常務や井坂社長も絡んでいます。とくに犬飼常務は定期的にここにきて坂倉に会っていますよ」

 武藤はさらに続けた。

「ほかにもあります。ご承知の通り、新会社は2年間の消費税納税猶予がありますよね。この申告ができていません。丸々5,000万円の持ち出しです。さらに用地の手付と称する回収不能の金がわかっているだけで3,000万近く。永久に出店できないような場所にも似たような出費をしているようです」

 坂倉の経営は文字通り常識の範囲を超えていた。最初の店ではアイテムの絞り込みと称して、コンビニより少ない商品数でオープンし、客の顰蹙を買った。上場会社百%出資の企業としてはまさに考えられない事態だった。

 正義感の強い武藤は事実をそのまま、関連会社部長の佐藤秀治にも報告した。そしてそれはすぐにきな臭い噂になって社内に流れ始めた。

 佐藤は武藤から送られてくる数々の問題資料を手に、井坂に対して何度も坂倉への事情聴取を迫った。しかし、井坂の答えは相変わらず、犬飼が全部把握しているから大丈夫の1点張りだった。

「とりあえず、武藤を何とかしなきゃな」

 別荘の窓から見える夕陽に染まる阿蘇の山並みに眼をやりながら犬飼が武本に言った。

 別荘は井坂と大場が共同出資で親族を代表者にして会社をつくり、その法人名義で建てたものだった。2人はこれを研修施設として朱雀屋に貸し出し、その賃貸収入を建設費の支払いに充てることを繰り返していた。もちろん、研修とはいってもそれは名ばかりで、ここで行われるのは一般的な社員研修ではなく、井坂に近い特定の集団が慰労と打ち合わせを兼ねて温泉宿代わりに使うというものだった。

 別荘に隣接して朱雀屋が社員の保養所を建てる計画で10数年前に購入した広い社有地があった。井坂と大場はその用地を勝手に前庭代わりに使い、そのなかに別荘への通路を通し、贅沢な建物を建て、『五岳庵』という名前を付けていた。もちろん、2人に保養所を建てる気などなかった。朱雀屋の社員の大方は、この別荘の存在を知らない。

「わかりました」

 渋い顔の武本が答えた。犬飼は1日も早くM県事業から武藤を外すよう武本に促した。

「今後のシナリオは私が書きますから、あとは会社のほうで実行してください」

 はじめ、犬飼は何とか武藤を取り込もうとしたが、武藤はその誘いにつれなかった。武藤は誇り高く、実家が資産家でとくに食うに困ってもいなかった。石井よりさらに朴訥、剛毅なこの男は加えて努力家でもあった。それだけにM県事業に赴任すると落ち着く間もなく、コンピューターのシステム変更や取引先との収支の突き合わせ、開店や社員教育など忙しい毎日を過ごしながら、合わせて坂倉の不埒な行状の証拠集めをしていた。

(つづく)

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