経済小説『落日』(55)衝撃2
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谺 丈二 著
「組合といえば社長、例の件ですが監査室に調べてもらったのですがほぼ間違いありません。銀行融資も不動産の売買の件も、形としてはすべて投書の通りでした。不自然な融資という見方を強調すれば、疑惑は否定できないということにできます」
「そうか。でもこの件は一切、他言無用だ」井坂は満足そうな顔で戸田に言った。
井坂の手元に一通の投書が届いたのはひと月前だった。その中身は労働組合の不正疑惑に関するものだった。そこには証拠の書類とともに事実とすれば、驚くべき内容がしたためてあった。
「委員長、大変だよ」
河田勇作が大川明を自室に呼んでロマンスグレーの髪をかき上げながら口を開いたのは、木田が井坂を訪ねて半月が過ぎたころだった。河田の話は、大川にとって、とんでもないものだった。
「会館の建設に絡んで不正があったようだ。もちろん、君たち新執行部は預かり知らないところだろうが・・」
黒いブリーフケースから書類を取り出しながら、声を潜めるように河田が大川に言った。
「組合幹部が会館建設で不正ですか? まさか」
「それだけじゃない。納入業者と結託して、不当なリベートの収受が今でも会館の業務全般におよんでいるようだ」
「証拠はあるんですか?」
「それなりにね。こんなこと、推測だけで軽々にいえることじゃないからね」河田はテーブルの上に複数の書類を示した。
「これが土地の取得と売買、工事の発注。それに融資の明細だ」
大川は顎を突き出し、覗き込むように河田の手元を見た。そこには組合の元幹部中津克己の名があった。引業者と土地を共同購入後、一定期間を経て共同購入業者に購入価格を大きく上回る価格で売却したことを示す登記書、サラリーマンの給与ではとても返済不能な月間返済金額が記入された購入資金の借り入れ、さらにそれを一括返済したことを示す書類などがあった。
「誰がどう仕組んだかは定かじゃないが、この借入のパターンは返済も含めどう見ても普通じゃないよね」
食い入るように書類を見つめる大川に河田は言葉を続けた。
「それは良いんだが、とくに問題なのは建設工事だ。施工能力がない業者に発注し、受注業者はそれを丸投げで下請に出しているようだね」
「どういうことですか?」
「考えられるのはリベートだね。建築の場合普通なら抜けるのはいいとこ数%以下だろうが、事前に施工業者と打ち合わせて高めの単価を設定すればそれなりのリベートが出てくる」大川は改めて契約書にある旧労組幹部中津の名前を見つめた。
「その証拠に工事発注直後ごらんの通り、この債務者も借り入れを一括返済している」
しばらくの沈黙の後、河田は曇った顔で書類と大川を交互に見ながらそういうと、一息おいて別の書類を示して続けた。
「こっちは現在契約中の会館の保険やリースの見積もりだが、一般の価格に比べると明らかに高い」
大川の頭のなかで驚きと不安が激しく交錯した。
「会館の建設の財源は組合費と会社からの賛助金、いわば、組織内公金だからね。これが犯罪にあたるかどうかは別にして、借り入れ契約を実行しているのは会館という法人ではなく個人だ。疑惑が噂になるだけでも、組合には相当のダメージだよね」
大川の心情を見透かすように、河田は書類から大川に視線を移して静かに言った。
(つづく)
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