小説『ジョージ君、アメリカへ行く』(2)夢の島ハワイ
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渡米の精神的な疲れで、飛行機ではぐっすりと眠れた。目が覚めるとダイヤモンド・ヘッドが見え、ワイキキ・ビーチが眼に入ってきた。ハワイに到着したのだ。
タラップを降りる。常夏の生温かい風が吹いてきた。日系ハワイの女性と白人の女性が、赤と青のムームーを着て花束を首に掛けてきた。素足が魅力的だ。本当にあの憧れのハワイに着いたのだ。
中学2年の時の音楽の授業でアロハ・オエの曲を聞いて以来、ハワイアン音楽に魅了されていた。「やさしく奏ずるは、ゆかしのウクレレよ、ハワイの波静か、夢を乗せてゆるる」感動が胸を襲っていた。大声で叫びたかった。かわりに大きく深呼吸をしてハワイの空気を思い切り吸った。
突然、大きな声が聞こえた。髪を侍のように束ねた男が近づいてきた。「ジョージさんですか?お待ちしていました」
友人の川島君が現地の旅行会社に連絡をしていたのだ。お金を支払っていなかったので、誰かが迎えに来るなどという話は、本気にしていなかった。
迎えてくれたのはリムジン会社の社長、林さんだった。運転手と林さんとジョージ君の3人は、とりあえず彼の会社に向かった。
「ジョージさんは、何をしにアメリカ本土まで行かれますか?」
「英語を勉強しに」
「何のために」
「え?英語を覚えたら貿易でもしようと?」
「きっと、大きな夢があるのでしょうね?」林さんは自分の身の上を語った。
「私はハワイにきて10年、英語はわからないが、リムジン2台と、元踊り子の日系人の美人の奥さんと2名の子どもがいるよ」
写真も見せてくれた。うらやましかった。いや僕には、そんな大きな夢などありません。あなたのような立場で十分幸せです。代わってくださいと叫びたかった。
大きな夢も自信もなかった。リムジンからぼんやりと街を眺めていた。やがて、ワイキキ・リゾートホテルにチェックインした。決して高級ホテルではないが、彼には十分すぎた。
部屋は17階、外を見ると太平洋が見え、ワイキキ・ビーチが広がっている。たくさんの高層ホテルの眼下には、プールがあちこちにあり、サングラスを掛けた白人女性が惜しげもなくビキニで肢体をさらしていた。
「俺はやるぞ」と叫んだものの、正直、サラリーマン社会の敗残兵には、明確な志はなかった。漠然とした夢のようなものはあった。
よく考えてみると、俺は逃げてきた。そんな風にも思えてきた。明確な目的がない、大海原をさまようだけだ。良くいえばまことに柔軟、悪くいえば、実にいい加減な考え方をしていた。それでも何とかジョージ君は無事にアメリカ着いたのだ。
最悪、英語は勉強できなくても、井原西鶴の『好色一代男』の続編を書くことに予定を変更すればよい。小説は、主人公の世之介が、3,742名の遊女と遊んだ後、日の丸を掲げ、海外へと、船出のところで終わっている。
中学時代に読んで以来、その後が気になっていた。それを俺がやる。それとも、大山倍達の世界ケンカ旅の人生でも面白い。世界の猛者と戦った後、世界の美女と?これも悪くないな?
実はこの2冊の本を、旅行カバンに押し込み、もってきていた。好色一代男は、英文であった。これが座右の書???
日経新聞の「私の履歴書」のように格好よい人生ばかりではない。26歳近くになっても、ジョージ君は、物語と現実の人生の違いがいまだに分からなかった。まだまだ夢を見ていた。いや、根っからのフーテンかもしれない。
(つづく)
【浅野秀二】
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