小説『ジョージ君、アメリカへ行く』(22)アンジェラ
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ジョージ君にはドイツ人に対する先入観があった。金髪、ブルーアイ、男子なら身長180cm以上。それがヒトラーが理想としたゲルマン民族だ、という文章を小学6年生のときに読んだ。
スピーチのクラスで一緒だったアンジェラは、ブルーアイで金髪、身長174㎝、理想的な体格と容姿をしていた。しかも、見た目は非常に清楚。ジョージ君は一目で気に入っていたが、はじめから高嶺の花と思い、遠くから眺めるだけの存在であった。
アンジェラは、スイスからの留学生、モニカといつも一緒にいた。モニカは豹のようなエキゾチックな目をし、亜麻色の髪をなびかせていた。アンジェラとモニカはよく2人でキャンパスを闊歩した。背恰好の変わらない、ツイン(双子)のような2人が歩くと、男子学生は口笛を吹いて、はやし立てた。しかしどういうわけか、彼女たちは短大の幼い男子学生には目もくれなかった。
ジョージ君は、外国人の留学生パーティーで、何度か2人と話をした。とくにアンジェラとは、同じスピーチのクラスを取ってから、良く話をするようになっていた。
ある日、ジョージ君は大学のカフェテリアでアンジェラと雑談をしていた。コーラを飲んだ後、「バーイ」と言って、別れのハグ(抱擁)と軽いキスをした。この程度のアメリカの習慣には、ジョージ君はすっかり慣れていた。
軽く抱擁とキスをするだけのはずなのに、彼女は舌でジョージ君のくちびるに触れてきた。ジョージ君は思わず、彼女を抱き寄せ、舌を絡ませた。真っ昼間、しかも誰もが見ているキャンパスでの出来事。しかし、誰も気にしている様子はなかった。
ジョージ君は衝動的に言った。「君のアパートに行っていいか?」。無夢病者のような心理状態であった。アンジェラは答えた。「アパートにくるの?それなら私のフォルクス・ワーゲンに乗ったら?」。夏休み前の暑い日だった。
アンジェラにあこがれてはいたものの、想像したことすら無かった出来事だ。突然、彼女の部屋に入ることになった。何をしたらいいのか、とまどったが、何とかソファに座った。アンジェラのアパートは、ジョージ君が思っていた以上に、かたづけられていた。アンジェラが口を開いた。
「Why don’t you go take a shower?」
ジョージ君は胸の高鳴りをおさえて聞いた。
「どうしてシャワーなど浴びるの?」
「私は汗が嫌いなの、汗ぐらい流しなさい。」どうしてここで汗を流さないといけないのか、聞こうと思ったが、それはやめた。シャワーに入り、いつもより念入りに体を洗った。もちろん、体の一部はとくに念入りに洗った。
ジョージ君がシャワーから出ると、アンジェラはもうすでに2階でシャワーを浴びて、ベッドに潜り込んでいた。ベッドの横には一輪の赤いバラが活けられ、ベッドの上には白い虎のぬいぐるみが置いてあった。枕カバーは赤、シーツはピンクだった。
ジョージ君はそれだけで欲情した。ジョージ君は気が動転していた。ここに至るまで、まったくお付き合いはなかったのである。あまりに突然の出来事で、信じられなかった。清楚な彼女が何を考えているのか?
十分な会話もなく、ベッドインしようとしている。ジョージ君は思い切って、アンジェラのベッドに潜り込んだ。青い目を見つめ、金色の髪をやさしくなでながら、キスをした。焦ることはない、まだ午後3時だ。外の日差しは強く、気温は38℃くらいにはなっているだろうが、部屋は冷房が効いていて、程よい温度であった。
アンジェラに思い切って尋ねた。
「君は俺に興味があるの?」
「え~?なに言っているのよ。あなたがいつも熱いまなざしで、私を見つめていることぐらい、気づいていたわ。あなたは日本人でしょう。私は一度、日本の男性と話してみたかったの。しかもね、今まで誰にも言わなかったけど、実は私、中学校のころ、歌麿の絵を初めて見たの。あなたがスピーチのクラスで浮世絵の話をしたでしょう。あの時、あなたが教室で見せた浮世絵は、葛飾北斎や広重の風景画だったでしょう。私だったら歌麿の春画を見せたと思うわ。そうすれば、みんな大騒ぎになって、インパクトがあったと思う。いずれにせよ、そのとき以来かな?あなたと2人だけで話をしたいと思ったのは」アンジェラはさらに続けた。
「ドイツではね、歌麿の浮世絵イコール春画なの。あれを見たときの衝撃は決して忘れないわ。子ども心に脳天を打たれ、見てはいけない大人の秘密を見てしまったような気がした。それ以来、ずっと日本に興味をもってきたの。いつか、歌麿の世界に触れてみたいと思っていた。そう、源氏物語も読んだわ。あなたの国、日本にはすばらしい官能の世界があるのね。今日はあなたという性の教材があるわ。ドイツやアメリカでは、セックスはスポーツと同じ。日本のように、アートや遊び、官能の世界ではないの。浮世絵の話をしたジョージと、いつかこんなときがくるんじゃないかと、漠然と思っていたわ。今日は楽しくなりそう!」
これは責任重大である。ジョージ君から官能という日本芸術を学ぼうとするなど、とんでもない。ジョージ君では明らかに役者不足だということはたしかだった。あまりにも体験が少なかった。
『好色一代男』のストーリーを思い出そうとしたが、彼女の喜びそうな妙案は浮かばなかった。しかし、もう衝動は止まらない。目をつぶって彼女のそこに触れてみた。若い彼女の肉体はすでに十分すぎるほど濡れていた。テクニックのことは忘れよう。それはこの次のときでいい。最初なら、衝動に任せた行為ということで許されるだろう。
まもなく日本の桜の花のごとく、ジョージ君は簡単に散った。武士道のごとく、いさぎよいと本人は自己満足をした。しばらくの放心状態の後、ジョージ君の脳は不安でいっぱいになった。彼女はどう思っているのか?
再挑戦しないといけないという強迫観念に強く襲われた。しかし2度目への挑戦意欲はすぐには沸かなかった。どうしてもだめなのだ。
アンジェラは不満そうな顔をした。こんな清楚な可愛い顔をして、彼女は何を思い、何を考えているのだ。そもそも、どんな女なのだ。やがて、ジョージ君は焦ってきた。
「ほかの男たちは何時間後に立ちあがるんだ?」
「A minute」
「たった1分で?それはないだろう」
「昨夜はバニラと3回もしたわ」
「え、昨夜も?バニラって、あのケニアからの留学生?栄養失調のように痩せていて、いつも金がないと言っている男?」「昨夜もやった」などと、おめおめというなんて俺をバカにしている。ジョージ君は怒って帰ろうと思った。しかし、歌麿がケニアの男に負けるのは悔しい。また、長い間あこがれてきた金髪美人は捨てがたい魅力であった。相手が「NO」と言わないかぎり、ここは忍耐だと思った。
話題を早く変えないといけない。
「君は『千夜一夜物語』を知っているか? 千夜を共にするのと、一晩で10回とするのと、どちらが素敵と思うかい?」
「女なら千夜を共にするのが素敵よ。」「そうか。俺はこれから君と千夜、共にしたい。そして『千夜一夜物語』のように、君に毎晩、古今東西の面白い話をしてあげるよ。そもそも世界には「3大性書」というものがある。君の読んだ『源氏物語』のほか、インドの『カーマ・スートラ』、中国の『金瓶梅』だ。いずれもアジアで書かれた性の大書である。この世界ではヨーロッパ人など、まだまだ未熟だ。とくにドイツは野蛮なレベルだ。そうだ、実は『千夜一夜物語』に似た話が日本にもある。12世紀の日本、そう、『源氏物語』の終わりのころの時代。貴族の家来だったサムライが力をもち始めた時代だった。ものすごく強い力をもつ弁慶という僧兵が、合計1,000本の刀を収集しようと決断をした。そのため、京都の五条大橋のたもとに隠れ、サムライを脅かし、999本もの刀を奪った。ところが、ついに1,000本目の刀を奪おうとしたとき、相手は源氏の棟梁で、忍者のように身の軽い若武者、牛若丸だった。弁慶は負けてしまった。その後、彼は牛若丸の家来になった。要するに999本の刀までは集めたが、1,000本目で弁慶の野望はついえたという話である。アンジェラ、弁慶は非常にラッキーなやつだと思わないかい?」
アンジェラは聞いた。「どうして?」ジョージは答えた。
「実は僕は、弁慶のように、今日の今日までは、1,000名の女性と関係をもつのが夢だった。ところが今日、君と出会って、降参したよ。私にとって君は牛若丸なのだ。今は君と千夜共にすることしか考えられなくなった。君が最初の女で、最後の女にしたい。これでは俺の人生は、1,000人どころ、君1人の女で終わりだ。願わくば君こそ、最後の女・1,000人目であって欲しかった。そうであれば、私の青春に悔いなしだ。1,000人目に牛若丸に出会った弁慶が本当に羨ましい」
「What a stupid story it is. なんてバカな話なの。ジョージは何を言いたいの?くだらないけど、でも面白いわ。もっとほかの話もして」
よしわかった。
「今度は紀元前のイスラエルの王、ソロモンの話だ。彼はたくさんの詩歌を残した。その多くは性を、女性の肉体を、讃嘆した詩歌だった。彼はいかに妃や、女性たちを愛したか、詩で残している。今日はただ言葉だけでなく、その詩に書かれていることを君と実践してみよう」
「面白そうね、楽しみだわ、何をすればよいかしら?」
「赤ワインをもっているかい?なければ赤い酢でも良い」
「ガロ(安物の銘柄)の安い1ガロン入りのワインならあるよ。」
「それでは大きすぎて、重すぎる。小瓶に移そう。君がピロー(枕)の上に尻を乗せる。尻の下に布のナプキンを敷き、君のその小さな肉盃に私がワインを注ぐ。もちろん、ヒップは常に平行に保ち、ワインは絶対にナプキンの上に漏らしてはいけない」これは絶妙な筋肉を必要とする。幼いころからバレーボールで鍛えられた彼女の肉体なら、容易できそうだった。
「そのワインを俺が一滴も残さず、舐めほすのさ。何分間、君が一滴ももらさずに、その体位を平行に保つことができるか?もちろん、このゲームには俺の協力も必要だ。君が快感でのけぞるまでの間に俺は一滴も落とさず、舐めつくさないといけない。お互いの協力が必要なのだ。体の奥深くに入ったワインは、私があのストローで飲みほしてみせるよ」
「ジョージ、あなたはなんてみだらな人でしょう。もう最高、日本人大好き!You are my源氏の君、それとも、あなたは歌麿?」
歌麿など想像の世界、とんでもないと思ったが、反論はしなかった。歌麿がいなければ、このチャンスはめぐってこなかったのだ。
「ジョージは遊び心を知っているね。ドイツの不作法な大男とは大違い。繊細な遊びね!」
真っ白な肉体に注がれた赤いワインを見るだけで、欲情に再び火が付いてきた。漏れそうになったワインを、盃の縁から舐めまわし、最後には一気にすべてのワインを吸い込む。これを数回繰り返した。彼女は大きな声をあげ、快楽にのけぞった。
ジョージ君が2度目の戦闘態勢に入った、その瞬間、肝心なところで電話が鳴り響いた。アンジェラは最初、電話を無視していたが、しつこく鳴り続けた。一度目は切れたが、またすぐ鳴った。集中力が切れると言って、行為を中断して電話を取った。
「はい、誰?あら、バニラ、何よ?また会いたい?すごいね。じゃあ部屋で待っているから早くおいで」
ジョージはあわてた。この女、何を考えているのだ。ジョージは怒って言った。
「私が今ここにいるのに、なぜほかの男を呼ぶ?」
「3人ではどうかしら、日本の春画にそれはなかったかしら?いやなら観ている?」ジョージ君は、おったまげた。さすが、ヨーロッパのフリー・セックス大国からきたドイツ女だ。彼女は自立していた。男に愛されるためや、社会の好みに左右される女性像は求めず、自分の感性のままに生きていた。この見た目だけ清楚な金髪の美女との情事は、その後、頭のなかで結びつかず、本当にあったことなのか、キツネに騙されたことなのか、記憶がはっきりしない。ジョージ君のたくましい想像力が生んだ幻想のような気もする。
(つづく)
【浅野秀二】
<プロフィール>
浅野秀二(あさの・しゅうじ)
立命館大学卒業。千代田生命保険相互会社(現・ジブラルタ生命保険株式会社)、JACエンタープライズ(米サンフランシスコ)で勤務。関連キーワード
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