2024年11月24日( 日 )

小説『ジョージ君、アメリカへ行く』(27)日本人留学生の仲間たち

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 いろいろな日本人留学生がいた。ジョージ君や梅尾さんのように、大学を出ても会社や社会に適応できず、留学という夢が忘れられなかった人たち。高卒という肩書きで社会に出たことで学歴ハンディキャップを強く感じ、アメリカの大卒の肩書きを求めて留学をした人たち。大学受験で失敗したが、運よくコネや金の力でうまく留学ルートを見つけ、高校からすぐ留学をした人たち。

 会社から金をもらって勉強にきている人も多少はいた。なかには、高校中退にもかかわらず、運よくデルタ大学への正式入学が許可された、という留学生もいた。彼は勉強する根気はなかったが、体力と根性はあったようで、アメリカの白人女性と結婚し、離婚される前に軍隊に入隊して、永住権を取得した変わり種だった。

 留学してすぐに白人のガールフレンドやボーイフレンドを見つけて婚約し、日本人留学生との付き合いをほとんどしない学生もいた。高等専門学校を卒業してから留学をし、ハンバーガー教授宅にホームステイ、ジョージ君たちのようなバカな先輩とはほどんど付き合わず、博士課程にまで進学し、その後カリフォルニア大学の教授にまでなった真面目な人もいた。

 数年先輩ではドイツまで行き、博士になるような優秀な人もいたので、“デルタ大学は短大”などと、一概にバカにはできない。まれに宝石の原石のような人もいたのだ。

 一般論で言えば、高卒で社会経験のない若い学生が、やはり一番に落ちこぼれていく確率が高かったような気がする。ノイローゼ、そううつ病などで帰国した。 

 後で調べてみると、日本にいた時からすでにその兆候があった学生ばかりだったが…。日本の学校や社会生活では落ちこぼれたが、アメリカに行き、環境が変わればなんとかなるだろうという、親の甘い期待や発想があったのかもしれない。

 日本で社会経験のある学生は比較的、アメリカ社会に適応できていたように思う。悩みの共通項は、金(本来、アルバイトはしてはいけないのだ)、英語、恋、車(欲しい、故障が多い)などだった。

 正直、日本男子はとにかくアメリカ女性にはモテないのである。なにしろ当時、日本男子はアフリカ原住民のホッテン・トット族より、性的な魅力に欠けるという、ブラジル大使の川崎氏が書いた本がベストセラーになった時代である。

 日本女性はその気になれば、男子留学生より、はるかに優位であった。しかし、アメリカ人と結婚した日本女性で離婚、家庭不和、未亡人になった人なども多かった。彼女たちは、英語や職業訓練の再教育で、大学のキャンパスにたくさん来ていた。

 男子留学生が彼女たちと仲良くなるケースもかなりあった。多くの場合、それはオバサマたちの火遊びで、留学生と本気になって結婚するなんてことは、ジョージ君がストックトンにいた2年の間に1人もいなかったと思う。ただ、あとで知ったことだが、男子留学生が20歳以上もの年齢差を乗り越え、日本女性と結婚をし、力を合わせてアメリカでレストランを出した、というケースもあった。

 ある日、留学生友達のT君とその彼女が、息を切らしてジョージ君のところに飛び込んできた。

「ジョージ君、俺は結婚をすることにした。これが彼女のサチコだ」

 年は30代中頃、T君より10歳以上は年上だ。顔は小さく、痩せていて、スタイルは抜群の八頭身。体つきは20代だ。サチコは、昔、東京や大阪で見たGo Goダンサーを思い出させた。

「T君、結婚すると言っても、どこに住むの?あなたは卒業後、日本に帰りたいと言ってたけど、彼女は日本に帰る気あるの?そもそも彼女は独身なの?」
「ああ、そうか。どこに住むか、まだ話し合っていない。彼女は今はアメリカ人の奥さんだけど、離婚する予定だ」

 ジョージ君はサチコの顔に見覚えがあった。彼女はずっとジョージ君の顔を見つめ、時々ウインクしていた。「黙っていろ」という合図である。

 1カ月ほど前、ジョージ君はほかの留学生のG君と一緒にいたサチコに会っていた。そのとき、G君はうれしそうに、サチコをジョージに紹介していたのである。

「俺たちは結婚するんだ」
「良かったですね。まず、彼女は非常に美しい。いよいよ、G君も永住権が取れて、あこがれのアメリカに住めるね」

 T君もG君も、完全に彼女が人妻であるにも関わらず、のぼせていた。純愛の世界ならT君と、G君の男同志の友情は継続できるが、エロス(性愛)を知った3角関係は危険だ。明らかに2人は完全に理性を失っている。

 サチコの美貌というか、セクシーな魅力は、“世の中は不公平だ”とジョージ君には思えた。いや、世の中ではない。男女の世界が不公平というのか?理屈では割りきれない面白さを感じていた。

    男たちは古今東西、いつも変わらない。相手が犯罪者だろうが、悪女だろうが、美女と色気の前には、世の男たちは常に全面降伏だ。敵の王さまや将軍のワイフを奪ったり、味方の将軍を戦場に送っている間に、その美人のワイフを手にしたり。こんなギリシャ神話や中国の古典など、いくらでも枚挙できる。

 サチコがアメリカ人のワイフだということも、1カ月前にG君の彼女であったことも(いや、今もG君の彼女であったとしても)、T君にはどうでも良いことのように思えた。G君もあきらめているとは思えない。これはもめるなと直感した。

 しかし、よく観察していると、2人ともやがて捨てられるであろう可能性の方が大だと思えてきた。G君もT君も、エロスの前におそろしく本気だったが、サチコは面白そうにヘラヘラ笑っていた。これは彼女の火遊びなのだと、ジョージ君にはすぐわかった。サチコがどんな悪女だったとしても、恋に狂ったG君やT君を、多くの男子学生たちは羨望の眼差しで見ていた。

 女体を手にし、運が良ければ、永住権も手に入るから。しかし、金も仕事もない貧乏学生に、30代も半ばの女性が本気で惚れてくれるか?真剣に考えれば簡単にわかることだった。そして、やはり、2カ月も経たないうちに、サチコは彼らの前からこつぜんと消え去った。T君もG君も、ほうぼう手をつくしたが、探せなかった。噂が流れた。怒ったアメリカ人の夫が、家のなかで手錠をかけてサチコを軟禁しているという話だった…。

 留学をする、この青春の時期は、男も女も適齢期だ。女子留学生の半分は、留学時代に知り合った人と結婚していた。そのなかのひとり、芙美さんはジョージ君の友達のチャーリーと結婚して日本行きを決めた。

 帰国手続きのため、サンフランシスコの日本領事館に行くと、驚きの事実が発覚した。日本女性が外国人と結婚しても、その夫は日本に住めないとのことだった。芙美さんから相談されたジョージ君は、サンフランシスコの日本領事館に電話をした。担当の日本人女性が答えた。

「日本は男尊女卑の国ですから、外国人と結婚した日本女性は、夫の国に住むようになっているのです」

 信じられない言葉だった。ジョージは猛然と抗議をしたが、この大使館の女性は冷静に応対した。

「日本はあなたの国ですよ。なにを文句言うのですか」

 彼女に文句を言っても仕方がない。法律なのだ。日本政府の対応もさることながら、アメリカの移民局や、日本にあるアメリカ大使館でも、当時、アメリカを目指していた女性たちには相当厳しかった。

 ジョージ君より5年ほど早く高卒で留学にきた鈴木さんは、神戸のアメリカ領事館での書類審査はすべて通り、訪米が認められていた状態だったにもかかわらず、入国時の面接で何度も確認された。

「あなたは若いですから、アメリカ人男性と結婚する可能性が非常に高いです。そのような女性の入国を認めるわけにはいきません」

 鈴木さんは粘った。そして神戸のアメリカ領事館に働く日本女性からの要請で誓約書を書かせられた。

「私は断じて、アメリカ男性とは結婚しません」

 今から考えれば、すべて嘘のような話である。もちろん、彼女はアメリカ男性と恋に落ち、結婚した。そして今でもストックトンに住んでいる。

 アメリカにきた、日本人のフルブライト留学生(国際交換留学プログラム)の半分はアメリカに残ったと言われる。永住権欲しさに、ベトナム戦争に行った留学生は少なくとも500人はいる。5,000人いるとの説もある。

 適齢期の娘を外国に出すご両親の皆さま方、娘は現地の男性と結婚する可能性が大です。どうか、日本の繁栄と世界平和のために、許してあげてください。女性たちはいつの時代も、国や時代の先兵である。そんな気がする。

(つづく)

【浅野秀二】


<プロフィール>
浅野秀二
(あさの・しゅうじ)
立命館大学卒業。千代田生命保険相互会社(現・ジブラルタ生命保険株式会社)、JACエンタープライズ(米サンフランシスコ)で勤務。

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