2024年12月27日( 金 )

小説『ジョージ君、アメリカへ行く』(39)日本的経営

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 日本人学生にとって、アメリカでビジネスの勉強をするには、いい時代であった。第二次オイルショックから復活した日本経済は、再び欧米より高い経済成長をはじめ、アメリカでも注目を集めていた。

 日本の高度成長の要因はどこにあるのか?それが話題の中心だった。

 日本経済論では、UCLAの大内教授(2世)と、もう1人スミスとかいう白人の教授が有名だった。年功序列、終身雇用、会社に対する忠誠心などが話題になっていた。

 ジョージ君にとって、哲学、化学、物理などのクラスと比較すれば、ビジネスのクラスは比較的容易だった。そもそも日本の大学の教科書はアメリカの教科書をそのまま写したような代物ばかりで、日本の大学教授は英語がわかれば、そのままアメリカの大学で通用するのではないかと思えた。

 保険会社で3年間、就職経験のあるジョージ君にとって、ビジネスのクラスの授業内容は日本語では知っていることばかりであった。ジョージ君はクラスの皆の前で、下手な英語でまくしたてた。話はトヨタ式経営、とくにカンバン方式、ソニーの奇跡、躍進する半導体産業、自動車産業についてなど多岐にわたった。世界を駆けめぐる商社も、ただ単に物の売買だけではなく、製造業や金融と結びつけ、新しいビジネスチャンスをつくるオーガナイザーとして活躍をしている、など得意になって話した。

 しかし、教室の授業よりも、キャサリンとの夕食での会話が一番勉強になった。彼女はスタンフォード大学のMBAをもっていた。しかも中規模の会社社長で、実体験がともなっている。

 一緒に食事をするときは、必ずサブジェクト(話題)を決めて、私にレクチャーをしろと命令をした。

「日本経済の成長が著しいが、ジョージ、その理由を説明してみなさい」

 キャサリンは挑発的に言った。

「日本の成功はキャッチ・アップの過程に過ぎない。私は日本的経営など評価していないわ。さあ、私を論理でやっつけてみせなさいよ。君の理論など100%論破してやる」

 ジョージ君は答えた。

「日本の会社は大変良いマネジメントをしている。たとえば結婚手当だ。結婚をすると、以前いた保険会社では毎月8,000円、結婚手当がもらえる。これは社員がきちんと生活できるように考えられた、良い仕組みだ。会社に対する忠誠心を高めるシステムだ」
「それでは結婚をしない人は、一生もらえないのか?」
「もちろん、そうだ」

 キャサリンは反論した。

「考えてもみなさい。結婚する人と、しない人では、一生でいくらの差額が出る?同じように働いているのに、それだけ差が出てしまう、とてつもなく差別的な制度だ」
「日本には社宅制度、寮、住宅手当などがあり、会社は社員が結婚するしないにかかわらず、生活できるような配慮をしているのだ」
「では会社をやめても、そこの社宅に住むことができるのか?」
「それは当然できない」
「人にとって、そんな不自由はない。社員でいるときに、自分の持家がもてるようにしてやるべきだ。会社を辞めた後でも生活ができるようにするのが本当の経営だ」

 キャサリンがまくしたてた。
 ジョージ君は補足した。

「多くの会社には山や海に保養所があり、バケーションに行く時は無料か低価格でそこに宿泊できる」
「バカなことをいうな、誰が会社の保養所などに泊まりたいと思う?そんな不自由な仕組みは感心できない。ヒルトンやシェラトンなどのホテルに泊まることができるだけの給与を支払うのが経営だ。
 そんな子どもだましに騙される日本人はまだまだレベルが低い。私の言っていることはやがて、歳月が経てばわかる。日本はまだ発展のステージの経営で、成熟した欧米では通用しない。
それに給与が低すぎる。アメリカ人並みの給与を払って、アメリカ人並みの住宅に住ませて、好きな仕事をする。
 職業選択の自由度をもって与える。それでも、今の日本経済の成長が維持できれば、私は日本的経営を認めよう。
 だいたい、賃金が年功序列など、それは工場生産型の仕組みだ。イノベーションをともなって進歩しないといけない。
 時代の経営になっていないのだ。革新をするにはタレントが必要だ。日本経営は標準化、平均化で、やるべきことが決まっていて、それをコピーして、低賃金で生産する仕組み。イノベーションがなければ、やがて日本経済の成長はストップする」

 それでもジョージ君は反論した。

「日本の物づくりの仕組みは、組み立て工場の現場の考え方から、彼ら現場のイノベーションによって行われている。一工員がアセンブリーラインを止めることが、現場重視のイノベーションが認められている」

「ジョージ、日本人だけで知恵を出し、日本人だけで生産・販売する。それにはやがて限界がくる。
 日本がまだまだマイナーな存在だから、一見成功しているが、やがて賃金が上がって、海外に工場を移して行く時、必ず日本的経営は挫折する。
 I Bet You、私は賭けても良い。
 今、アメリカの大企業は多国籍化している。彼らは世界中の人材や資源を利用して、生き残る戦略に入っている。
 何度でも言ってやる、お前の国の仕組みは、いかに優秀な奴隷になれるか、というのが経営のテーマだ。
 アメリカの経営はその優秀な奴隷たちを如何にマネジメントするか?それがテーマだ。根本的な発想が違う。
 奴隷とは失礼な言い方だから、労働者と言い変えよう。労働力は日本人でも中国人でも良いのだ。
 お前の国の奴隷賃金が上がれば、アメリカはほかの国に行く、ただそれだけだ。日本には本当の経営学がない」

「ジョージだって会社を辞めてきたのではないか?君になにか日本的経営に不満があったからアメリカにきたはずだ。
 悪いことは言わない。今から永住の準備をして、この国で働くことを考えるべきだ。君がそれでも日本の会社にもう一度戻りたいなら、日本の会社には多少なりとも魅力があるということだ。ジョージにその根性があるかな?」

 と彼女は笑った。
 キャサリンからこんな過激な発言もあった。

「我が社は、タバコを吸う社員と太っている社員は、係長以上にはさせない」
「なぜですか?」
「自分の健康管理ができない人に、社員の管理ができると思うか?
 人生は、As a matter of Principal、原則だ。
 自らの正しい原則をもてない社員は成長できない、まして人の管理などできない」

「ところでジョージ、第二次世界大戦後、アメリカは88カ国に援助し、金を貸した。そのなかで金を返した国はたった2カ国だけ。君は知っているか?
 実は返したのは日本とドイツだけだ。君がこうして、この家でホームステイできるのも、長い間日本人が勤勉に正直に生きてきたそのおかげだ。
 その信用、信頼が根底になる。信頼こそビジネスの基本だしネ?
 そういう意味であれば、日本的経営は全面的に肯定するし、凄いと認めるよ」

 彼女はビジネス・ウィーク、フォーチュンといった雑誌などで、日本に関する断片的な知識はもっていた。

「ジョージ、日本で君が案内してくれる機会があったら、神戸ビーフを一緒に食べようね。
それと東京ではお前と一緒に目黒エンペラー・ホテルに泊まりたいね」

 それは日本一の連れ込みホテルの名前だった。
「動くベッドなど、いろいろな工夫がしてあり、一度は体験の価値あり」いう記事が載っている。

 ビジネス・ウィーク誌を投げて寄こした。エンペラー・ホテルまではお預けということか。

(つづく)

【浅野秀二】


<プロフィール>
浅野秀二
(あさの・しゅうじ)
立命館大学卒業。千代田生命保険相互会社(現・ジブラルタ生命保険株式会社)、JACエンタープライズ(米サンフランシスコ)で勤務。

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(40・最終回)

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