2024年12月23日( 月 )

東京都知事選小池氏勝利と民主主義の行方 現職知事の公選法違反と無批判なジャーナリズム(前)

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弁護士 小島敏郎 氏

 2024年7月に行われた東京都知事選挙は「カイロ大学卒業」の経歴詐称、自作自演の「都内首長による都知事立候補要請劇」、都知事会見の選挙利用、視察名目の選挙活動など、「知事としての地位利用」の数々の公職選挙法違反に加え、マスメディアのジャーナリズム崩壊、政党への信頼喪失などを露呈した選挙であった。強権と「パンとサーカス」の都政を支える法人二税の偏在も含めて、今こそ都政の改革と民主主義の復権が必要である。
※本稿は、24年8月末脱稿の『夏期特集号』の転載記事です。

 小池百合子氏が東京都知事に初当選したのは2016年7月。小島敏郎氏は翌8月~17年9月まで東京都特別顧問を務め、小池氏の側近として知られた。しかし、24年4月、小島氏は文藝春秋に小池氏を告発する記事を掲載、そして6月には小池氏を公職選挙法違反容疑で東京地検に告発した。

2024都知事選挙の結果

弁護士 小島敏郎
弁護士 小島敏郎 氏

    7月7日実施の2024年東京都知事選挙は、現職の小池百合子氏が291万票を得て当選した。次点が完全無所属で挑んだ石丸伸二氏で165万票、立憲民主党と共産党の支援を受けた蓮舫氏が128万票の3位に沈んだ。だが、「政界一寸先は闇」、猪瀬知事も舛添知事も任期途中で辞任した。小池知事も安泰ではない。

 知事選挙と同時に実施された9議席をめぐる都議会議員補欠選挙は、都民ファーストの会3議席、自民党2議席、立憲民主党1議席、無所属2議席、諸派1議席であった。中野区では、告示5日前に立候補を決めた無所属のマエキタミヤコ氏が2万4,079票を獲得し、2万8,664票の立憲民主党が支援する共産党の候補に迫った。

既存政党の溶解

 2024都知事選挙は、既存政党がいかに嫌われているかを如実に示した。自民党は嫌、立憲民主党も、支持母体の連合が小池支持を打ち出して共産党よりも自民党が好き体質を明確にし、信頼できない。公明党や共産党のような閉鎖的な政党も嫌、第二自民党を標榜する日本維新の会も、与党入りしたい心がにじみ出ている国民民主党も嫌。政党は、嘘はつくし、お金をごまかす。国民は政党を、「統制が効きすぎて政治家に自分というものがない」「責任の擦り付け合いで、うやむやにする」「説明をすると言って世間が忘れるのを待っているだけ」と考えている。だから、既存の政党も政治家も信用できない。それが石丸票や都議補選での実質無所属3議席に表れている。

 国政選挙は政党選挙であり、とくに、衆議院選挙は、小選挙区での比例復活など政党が圧倒的に有利な選挙制度だから、政党は延命する。だが、多くの有権者はより良い候補者に投票するのではなく、より嫌いでない、よりましな政党・候補者に消去法で投票するに過ぎない。

公職選挙法のあるべき形 規制強化ではなく自由化を

 また、2024都知事選挙は、公職選挙法の問題点をもあぶり出した。

 第一に、世界一高い供託金である。都知事選挙の立候補には300万円の供託金が必要である。56人の立候補者のうち供託金没収ラインの有効投票682万3,242票の10%、68万2,324.2票を超えたのは蓮舫氏までの3人だけ、53人は没収である。世界一高い供託金で、真に当選を争う意思のない候補者の濫立による弊害を防止するという、供託金制度の合憲性の根拠は失われている。

 第二に、公営選挙であるがゆえの選挙ポスター掲示と選挙放送の盲点の顕在化である。公職選挙法第144条の2第1項に基づき、市町村の選挙管理委員会は選挙ポスターの掲示場を設けなければならない。「NHKから国民を守る党」から都知事選挙に立候補したのは19人だが、同党は、候補者ポスター掲示版へのポスター掲示権利を寄付によって譲渡し、候補者と無関係な印刷物が貼られるという事態が起きた。また、公職選挙法第150条第3項の規定に基づき、候補者56人のうち政見放送(NHK)は52名であった。政見放送では、NHKの電波でNHKを批判し続ける候補、衣服を脱いで自分の可愛さを訴える候補などがいた。

 第三に、小池都知事の選挙活動に対する厳重警備である。24年4月28日投開票の衆議院東京15区の補選における「つばさの党」による他候補への意図的で執拗な選挙妨害が契機だが、警視庁は、小池氏の街頭演説の場に、とくに多数の警官を配置して厳重警備を行い、批判する聴衆を排除した。

 これらにより、公職選挙法の規制強化の議論が浮上している。しかし、ポスター事件や政見放送事件は「公営選挙」の問題であり、「街頭演説」の件は公職選挙法が戸別訪問や屋外・屋内の演説会を厳しく規制していることに関係している。これらは「金のかからない選挙」の実現を建前とした規制であるが、今回選挙で明らかになったそれらの盲点をとりつくろうためにさらに厳しい規制をかけることは、民主主義を阻害することになりかねず本末転倒である。民主主義の発展のためには、規制強化ではなく、自治省(現・総務省)選挙部長も歴任した片木淳氏が座長として取りまとめた選挙市民審議会の「選挙・政治制度改革に関する答申」で述べられているように自由化することが望ましい。

 選挙制度の規制強化は、独裁者や権力機構、既得権者を有利にするばかりで、民主主義の是正機能の強化にはつながらないからである。

小池知事の公然たる公職選挙法違反

 2024都知事選挙を特徴は、現職都知事である小池氏の公職選挙法違反の数々である。小池都知事は、カイロ大学卒業疑惑への追及を避けるため、徹底的にフリーランスの記者から質問をされる場面を避ける作戦に出た。それが、「公務と選挙の二刀流」などと称する公然たる都知事の地位を利用した公職選挙法違反の連発につながっていった。これこそ、「自分は絶対捕まらない」という、法の上に君臨する独裁者の行動である。

 まず、筆者は、小池氏の2024年都知事選挙出馬会見を受けて、6月18日付で「カイロ大学卒業」と経歴を偽ってきたことは公職選挙法の虚偽事項公表罪に該当するとして告発状を東京地検に提出し、さらに6月20日の都知事選挙の経歴に「カイロ大学卒業」と明記したことを受けて、投開票日後の7月8日に告発状の改定版を同地検に提出した。

 次に、5月28日に市民ら179人が、長友貴樹調布市長ら都内52市区町村長による連名の立候補要請文を小池知事に手渡したことに対し、筆者は6月26日付で、小池氏を公職選挙法136条の2第2項第1号、第239条の2第2項の「公務員の地位利用」に該当するとして告発した。これは20年6月にカイロ大学が、小池氏が1976年にカイロ大学を卒業したことを証明するとの声明を発表した「カイロ大学声明」と同様の自作自演のカラクリによる知事選挙出馬要請事件である。

 さらに、7月5日付で、郷原信郎弁護士と上脇博之神戸学院大学法学部教授が、公職選挙法の「公務員の地位利用」違反で小池氏を東京地検に告発した。都の予算でネット配信されている6月28日の都庁記者会見室での都知事記者会見で、テレビ朝日の島田直樹記者が小池知事の選挙活動の質問をし、それに答えて小池知事は滔々と選挙の手ごたえ、今後の選挙活動の方針を語った。

 告発状はこの小池氏の行為を、選挙運動期間中に動画配信することをわかったうえでの行為であり、現職の都知事としての公務としての定例会見を行う地位を利用して選挙運動であるとしている。島田記者は告発対象になっていないが、告発状では、島田記者にも共犯の成立の可能性があることや、質問者側と記者側の共犯の成否についても鋭意捜査を行うべきと記している。

 公職選挙法では、現職の知事や総理大臣は選挙中もその職にとどまることができる。選挙違反事件は告発がなければ立件できないわけではない。告発はされていないが、17日間の都知事選挙期間中「公務」と称して20回近くも「視察」日程を入れ、視察先から都庁記者クラブの記者に報道させ、マイクをもって演説までしている。これほどの「視察」の集中は例がなく、まさに公務員の地位利用の選挙活動である。

 「みんなもやっていることだから」「落選者は立件されるが当選者の立件は難しい」「検察は政治的に動く。だから、小池知事を起訴しない」などは、国民が日本の権力機構である検察を信頼していない言説である。そうかもしれないが、「誰もが法の下に平等である」「法の支配」という民主主義の原則に対する信頼がなければ、民主主義は崩壊する。

(つづく)


<プロフィール>
小島敏郎
(こじま・としろう)
1949年生まれ。愛知県立旭丘高校、東京大学法学部卒業。73年環境庁入庁、水俣病の政治解決、環境基本法の立法、気候変動対策などに携わり、地球環境局長、地球環境審議官を経て、2008年環境省退官。09~17年まで青山学院大学国際政治経済学部教授。現在、弁護士の他、名古屋市経営アドバイザー、愛知県政策顧問。著書に「これだけは知っておきたい日本の政治」(ウエイツ、2019)など。

(後)

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