福島原発事故と甲状腺癌(前) 原発と甲状腺癌
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広嗣まさし
九州には、鹿児島県川内市と佐賀県玄海町に原発がある。まだ大きな事故は起こっていないが、いつ起こらないとも限らない。周辺住民はもちろん、少し離れたところに住む人も、原発に関する正確な情報を集めて準備しておく必要がある。
その意味で、2011年の福島原発事故から学べることは多い。事故後に急増した小児甲状腺癌は裁判沙汰にもなっており、これを捨て置くことはできない。
原発と甲状腺癌の関係はチェルノブイリの原発事故が示している通りである。原発周辺にいた子どもたちが事故後数年間にわたって空気中の放射性ヨウ素を吸入し、あるいは野菜や牛乳などを食べたことで体内にそれを溜め込んだ結果、甲状腺癌にかかったのである。
では、原発は事故がない限り安全なのかというと、たとえ事故がなくても、原発から漏れ出る放射性物質を体内に蓄積していけば甲状腺癌や白血病になる可能性がある。1日に吸収する量が微小であっても、何年もそれを吸い込んでいれば身体は冒されるのであって、これを放射能を直接浴びる被ばくと区別して、内部被ばくという。
甲状腺はホルモンの分泌器官であり、人体の自動調整装置を機能させるものだ。これが冒されれば自動調整力が低下し、体全体が不調となる。甲状腺癌になることは、身体が外界からの刺激に対応する能力を著しく低下させることを意味する。
チェルノブイリでは、15才未満の甲状腺癌にかかる率が、事故後5年経ってから5倍から10倍に増加したという。この数値は国連の放射線に関する科学委員会(UNSCEAR)の報告書に出て来るもので、信頼できるものとされてきた。
もっとも、同委員会の報告は「言うべきことを言わずにいる」ので「信用」できない、と批判する科学者もいる。同委員会が原子力産業の利益団体から圧力を受けているために、公正な判断ができていない可能性が指摘されているのだ。
新型コロナウイルスが発見されたとき、世界保健機構の対応が非常に遅れた事実があり、その背景に一定の国からの政治的圧力があったといわれている。公的な国際機関だからといって、100パーセント信頼するわけにはいかない。
だが、原発事故と甲状腺癌の因果関係については、「信頼できない」国際委員会も認めているのだから、福島で甲状腺癌にかかっている人の数が事故後増加しているのは「原発事故のせいだ」と考えるのは、ごく理にかなっている。
広島と長崎の原爆被ばく者にしても、直接の被ばくで他界した人のほかに、生き延びたのち、被ばくのせいで白血病にかかり、あるいは癌になって他界した人が数多くいる。そのことを知り尽くしているはずの日本政府が、原発を奨励しているのは解せない。
現代医学によれば、甲状腺癌の原因は遺伝子的な異常か、放射線被ばくのどちらかだという。放射線の人体への影響を研究する崎山比早子氏によれば、被ばくによって遺伝子が損傷を受けるのだそうだ。ということは、被ばくと遺伝子損傷と癌はひと続きであるということで、そこに原子核の分裂や融合に由来する放射能の恐ろしさがある。
具体的には、体内に吸収された放射線と、それにともなって飛び散る電子とが人体細胞の核にある染色体のDNAを傷つけるのだという。それによって、体内の白血球が減少して白血病となり、あるいは遺伝子に突然変異が生じて癌になるのだそうだ。
これを聞くと、問題は単に病理の問題ではなく、科学の在り方そのものにあるように思われてくる。
私個人の意見を言わせてもらえば、人為的に原子核を分裂させ、あるいは融合させ、そこから膨大なエネルギーを取り出すこと自体、やり過ぎである。そこまで自然の秩序を改変してしまってよいものか!
このように思う私を、「旧(ふる)い頭だ」という人もいるだろうが、私にすれば、「健全な常識」の持ち主なのだと言いたい。
人類は原子核の分裂が広大なエネルギーを生み出すことを発見した。そしてそのとたん、核兵器の製造を考えた。広島と長崎でその「実験」をして、それが思った以上に恐ろしいものとわかったら、今度はこれを「平和利用」と称して、エネルギー源として用いることを考えたのである。原発はその所産だ。
私には、人類のこの急ぎ足が危険に思えてならない。福島事故の後処理さえ暗礁に乗り上げ、使用済み核燃料の処分も未解決とあれば、経済的に破綻した原発の有効活用など狂気の沙汰ではなかろうか。
つい最近、「核の廃絶」を唱える広島と長崎の被爆者団体がノーベル平和賞を受賞した。ノーベル賞選考委員会は、核戦争が起きないとも限らない世界の現状を鑑みて、受賞者を選定したにちがいない。大変意義深いことだ。
だが、そこで見落としてはならないのは、核兵器も原発も同じ原理の産物であることだ。私たちは原子力の段階を脱しなくてはならない。もっと自然の秩序にかなったエネルギーの開発方法を探求すべきなのだ。
(つづく)
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