2024年11月28日( 木 )

トヨタ総帥・豊田章男会長 問われる出処進退の決(前)

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 トヨタ自動車(株) 本社(豊田市)
本社(豊田市)

 企業経営者の最も重要かつ難しい決断は出処進退である。出処進退とは、今の地位にとどまるか、辞職するか、態度をはっきりさせること。引き際を誤ると、名声を傷つけ、晩節を汚すことになる。晩節を汚さないためには引き際が肝心だ。出処進退が問われているのは、トヨタ自動車の総帥、創業家の御曹司、豊田章男会長である。

グループ企業の不正が本丸のトヨタに波及

 国土交通省は2024年6月3日、トヨタ自動車など5社で、車の大量生産に必要な「型式指定」の手続きをめぐる認証不正があったと発表した。国交省は4日、愛知県豊田市のトヨタ本社に立ち入り検査に入った。

 グループの日野自動車や豊田自動織機、ダイハツ工業で次々と発覚した一連の不正問題は、ついに「本丸」のトヨタにまで波及した。

 豊田章男会長は今年1月、日野自動車などで起きた不正を受け、自らグループの立て直しを主導する意向を表明した。今回、トヨタでも不正が行われていたことが判明。章男会長は6月3日に謝罪会見を開いたが、法令違反は「あってはならないこと」と謝罪しつつも、「ブルータス、お前もかと感じる」と開き直りとも受け取られかねない場違いな発言をした。

 「ブルータス、お前もか」は、古代ローマ皇帝カエサルが議場で刺された際に、腹心の1人であったブルータスに向かって叫んだとされる言葉だ。信頼していた者の裏切りを表した。章男氏流に意訳すると、「トヨタが俺の顔に泥を塗りやがった」ということなのか。トヨタ車を愛してやまなユーザーがトヨタ本体(章男氏)に向かって発するセリフであって、トヨタの総帥が口にしたことは驚くほかはない。当事者意識がまるっきり欠落している、と受け止める向きが多かった。

 それでは、トヨタの総帥、章男氏はグループ企業の不正にどう断を下したか。

不正の日野自動車をグループから切り離す

 22年3月、排ガスや燃費をめぐる性能を偽る不正が日野自動車で発覚。2000年代初頭まで遡って不正が続いていたことまで判明した。トヨタは日野自について、グループ内での再編や競合他社との統合案なども含めて再建を模索していた。

 トヨタは販売国内首位のいすゞ自動車と21年に業務資本提携を結んだ。両社が資本提携を決めたのは、トヨタ子会社の日野自を含めた3社で新会社を設立、小型トラックなどの商用車車種で、電動化や温室効果ガスの排出削減などに向けた協業を強化するためだ。

 3社合計の国内普通トラック市場の占有率は約8割となる。いすゞと日野自は早晩、経営統合するというのが、業界関係者の見方だった。

 だが、日野自のエンジン不正問題で、いすゞと日野自の経営統合は吹き飛んだ。

 次世代商用車を開発する連合である新会社「コマーシャル・ジャパン・パートナーシップ・テクノロジーズ(CJPT)」には、トヨタ・日野自・いすゞのほか、ダイハツ工業、スズキが出資していたが、不正発覚で日野自を除名する厳しい処分を下したのが、当時の章男トヨタ社長だった。いすゞも、不正の宝庫、日野自との統合はノーサンキューだ。

 それを見透かしたように、ダイムラートラックが動いた。23年5月、トヨタ自動車とダイムラートラックが提携し、トラック大手の日野自と三菱ふそうトラック・バスが経営統合すると発表した。日野自の親会社のトヨタ自動車と、三菱ふそうの親会社の独ダイムラートラックが新たな持株会社を設立し、統合する2社を完全子会社化する。

 同年4月に佐藤恒治氏に社長職を譲り、会長となった章男氏が、日野自のグループからの切り離しと三菱ふそうとの統合を進めた。

「ダイハツの天皇」からトヨタが経営権を奪還

 23年12月、ダイハツ工業の品質不正を調査した第三者委員会は報告書を公表した。第三者委の調査の結果、すでに生産終了したモデルを含めて64車種174件という大規模な不正が明らかになった。エンジン3種もあり、衝突試験ではタイマーでエアバックが作動するような不正な加工をするなどしたと指摘した。

 ダイハツとトヨタの関係は、1967年に業務提携したことに始まる。98年にトヨタが子会社化、経営幹部がトヨタから送り込まれた。今回、不正が認定された89年以降のダイハツの歴代会長・社長には、トヨタ出身者が12人中8名いる。

 2005~11年にダイハツ会長を務めた白水宏典氏の時代には、低燃費・低コストのコンパクトカーを「短期開発」で仕上げ、収益を上げるビジネスモデルが確立された。第三者委は11年発売の「ミライース」での成功体験で無理な短期開発が定着し、そのプレッシャーが従業員を追い込んだと指摘した。

 トヨタは16年8月、ダイハツ工業を完全子会社にした。これを機に元会長の白水技監がダイハツを去った。軽自動車でスズキに次ぐ万年2位のダイハツを一気にトップに引き上げた立役者だ。「トヨタの帝王」(章男氏)が「ダイハツの天皇」(白水氏)からダイハツの経営権を取り戻したと評判になった。

 白水切りに動いたのが、トヨタの創業家出身の章男氏だ。白水氏はトヨタ出身だが原動力は「アンチ・トヨタ(トヨタの否定)」。トヨタが営々と築き上げてきたケイレツ(系列)の解体を唱える。生き残るために系列を解体、1台あたりのコスト削減に成功した。アンチ・トヨタを標榜するものづくりへの執念は社内外で軋轢を生んだ。それがトヨタによるダイハツの完全子会社化と「白水天皇」の放逐をもたらした要因となったのだろう。

 それでは、トヨタの狙いは何か。ダイハツの不正は、スズキとダイハツの軽自動車の再編をもたらす可能性が高い。

豊田自動織機では創業家の会長が引責辞任

 豊田自動織機は24年1月29日、トヨタ自動車から開発と生産を委託されている自動車用ディーゼルエンジンの試験でも不正があったと発表した。

 豊田自動織機は、遡ること23年3月にフォークリフト用のエンジンの排気ガス試験などをめぐる不正が発覚。会社が設置した特別調査委員会による調査の結果、フォークリフトや建機用のエンジンについても新たに計7機種で不正が見つかった。

 さらにトヨタ自動車から開発の一部を受託している乗用車向けのディーゼルエンジン3機種でも出力試験の際に安定した結果が得られるよう、燃料の噴射量をわざと調整するなどの不正が明らかになった。

 報告書は、不正を招いた原因について、コンプライアンス意識の欠如や、管理・監督意識の欠如があったと指摘している。

 豊田自動織機は24年2月29日、創業家出身の豊田鐵郎会長と大西朗副会長が、6月末の株主総会でそれぞれ役職を退任する人事を発表した。鐵郎氏は相談役に、大西氏は取締役に就く。鐵郎氏は05年から社長、13年から会長、大西氏は13年から23年まで社長を務めた。

 国土交通省は3月5日、道路運送車両法に基づきフォークリフトなど産業機械用のエンジン3機種の「型式指定」を取り消す行政処分を出した。23年4月に別の2機種の指定が取り消されており、産業機械用エンジン5機種すべてが取り消しとなった。

 これが鐵郎会長と大西副会長が引責辞任に追い込まれた理由だ。鐵郎会長が退任することで、創業家は取締役からいなくなった。

(つづく)

【森村和男】

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