2025年01月20日( 月 )

戒厳令発令の背景とその意味を問う~韓国はどこに向かおうとしているのか~(3)

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鹿児島大学名誉教授
ISF独立言論フォーラム編集長
木村朗

 韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が11月3日夜、「非常戒厳」の宣布を発表した。
 これを受けて戒厳令に抗議する市民多数が国会議事堂の周りに集まった。また急遽国会議員も国会に駆けつけて、翌日未明には素早く戒厳令解除の要求を議決した。
 このため大統領は4日早朝には、戒厳令を解除すると表明した。戒厳令発動の2時間後に国会が戒厳令反対の決議をし、6時間後に戒厳令が解除されたわけである。
 このあまりに突然の出来事に、韓国国民だけでなく世界中の人々が驚愕した。今回の戒厳令発動から解除までの経緯を振り返りながら、韓国で一体何が起こっていたのか、その背景と意味するものは何か、また今後どのような展開となるのかを改めて考えてみたい。

突然の戒厳令発動とその意味~何が起きていたのか(つづき)

韓国 イメージ    ここで、もし軍が国会を占拠していたらどう事態が変化したのかを検討してみたい。

 最大野党「共に民主党」によると、武装した兵士が国会に侵入し、禹元植国会議長、李在明「共に民主党」代表、韓東勲「国民の力」代表の身柄を拘束しようとし、その他多数の国会議員の本会議場入りも防ごうとしたという。実際に、戒厳軍の部隊が銃をもって国会に突入しガラスが割られたり、煙幕がはられたりする。それに対して国会に集まった議員・職員などがバリケードを築いて戒厳軍と対峙する、という緊迫した状況もあった。

 もし軍の展開が早く、議員や議長が拘束されていれば、国会で戒厳令の解除決議は出ずに、今も韓国は戒厳令下にあるかもしれない。軍による国会占拠が実現していたら、韓国の民主主義に大きな危機が訪れていただろう。

 国会に派遣されていた707特殊部隊は、北朝鮮首脳部を斬首することを特別目的とする韓国軍隊最高の精鋭部隊であった。非常戒厳時に国会の制圧に投入された陸軍「707特殊任務団」のキム・ヒョンテ団長が9日、記者会見した。「707部隊は金竜顕(キム・ヨンヒョン)前国防相に利用された被害者だ」と涙ながらに訴えた。キム・ヒョンテ団長は国会への出動を指示したのが自分だと認めた。ヘリコプターで自分が最初に国会に到着し、国会に乱入した197人の兵士の現場を指揮したと明かした。

 尹大統領が3日に宣言した非常戒厳で戒厳司令官を務めた朴安洙(パク・アンス)陸軍参謀総長は5日、国会の委員会で、非常戒厳の発令を知ったのは3日夜の尹大統領の談話発表だったと述べた。国会への兵士投入についても「私は指示していない」と否定している。

 また陸軍の郭種根(クァク・チョングン)特殊戦司令官は6日、「国会本会議場から『議員たちを引きずり出せ』との指示を金竜顕国防相(当時)から受けた」。金竜顕氏が電話で指示したのは、国会議事堂や中央選挙管理委員会、政権に批判的なネット番組の施設の確保だったという。議員らを引きずり出せとの命令(会見令解除決議に必要な150名の国会議員の出席を阻むのが目的)にについて郭種根氏は「明らかに違法」だと判断し、「任務を守らなかった」と説明。部隊員に対し、実弾の携帯も許可しなかったとしている。この説明を受けた野党議員らは、郭種根氏が答える様子をネット上で公開した。

 尹大統領が今回、戒厳令を宣布するに至った背景には、軍の一部、とくに金竜顕前国防相と戒厳司令官を担った 朴安洙陸軍参謀総長の支持があったことがある。しかし、国会の封鎖を行う過程で、そのような軍上層部の一部の強硬派の意見に、より下位の現場の指揮官たちや兵士たちはまったく同調しなかったことが分かる。

 もしこの現場の指揮官が命令に従って国会が戒厳軍に占領されていたら、ただちに政治犯らの逮捕、そして流血騒ぎになっていたことは間違いない。負傷者たちを運んで隠ぺいするための軍の病院施設も用意されていたという。

 突然の戒厳令を受け、急ぎ国会に駆けつけた韓国の国会議員と国会を取り囲んだ市民たちが、紙一重で韓国の民主主義を守ったのである。野党や韓国メディアからは、立法府の活動を制限しようとしたこと自体が憲法違反だとの指摘が出ている。

 韓国検察の特別捜査本部は8日、金竜顕前国防相を緊急逮捕した。尹大統領による3日の「非常戒厳」宣言をめぐり、内乱容疑で刑事告発されていた金竜顕前国防相は4日に辞意を表明した。「戒厳令に関する任務を遂行した全将兵は私の指示に従ったもので、すべての責任は私にある」と説明していた。

 金竜顕前国防相は尹大統領の側近で、戒厳令を出すよう進言した人物とされる。検察は、8日未明に出頭した金竜顕前国防相を取り調べ、緊急逮捕。所持品の携帯電話を押収し、ソウル東部拘置所に移送した。その後、韓国法務省は11日、金竜顕前国防相が同拘置所のトイレで自殺を図ったものの、未遂に終わり命に別条はない、と明らかにした。

 尹大統領の高校の先輩である金竜顕前国防相は、戒厳令の宣言に関する一連の動きを尹大統領とともに主導したとみられている。金善鎬(キム・ソンホ)国防相代行(次官)は5日の国会審議で、兵士の国会への投入は「金竜顕前国防相が指示した」と証言した。

 憲法は大統領について「内乱または外患の罪を犯した場合を除き在職中、刑事上の訴追を受けない」と規定。内乱容疑は大統領の「不訴追特権」の例外になっている。刑法は、憲法秩序を乱す目的で暴動を起こした場合に内乱罪を適用し、死刑または無期懲役などを科すと定めている。金竜顕氏とともに刑事告発された尹大統領に対しても検察は捜査を進める方針だ。

 野党・共に民主党は尹大統領の戒厳令に対して「内乱罪」で告発するとしている。韓国の憲法第84条によると、大統領は在任中なら刑事訴追を受けないとされているが、内乱または外患罪を犯した場合は除外されている。そのため、内乱罪が適用されれば、現職大統領であっても起訴や処罰が可能だ。内乱罪の場合、刑罰は死刑、無期懲役、または5年以上の懲役となる。

 今回の尹大統領による戒厳令は、明らかに憲法違反である国会の制圧をも目的としていた。与党関係者が4日に明らかにしたところによると、3日夜、韓悳洙(ハン・ドクス)首相をはじめとする閣僚らに対し、大統領室に来るよう連絡があった。全閣僚19人のうち約半数が大統領室に到着し、午後9時ごろ閣議が開催されたという。韓首相をはじめ閣僚の大多数は非常戒厳宣布案が審議されることを事前に知らされておらず、韓首相をはじめとした閣僚の多数は非常戒厳宣布に強く反対したという。

 韓国の野党6党は4日、尹大統領による3日夜の非常戒厳宣布が憲法違反に当たると指摘し弾劾訴追案を国会に提出した。しかし、野党は無記名投票を提案し、7日に弾劾決議を採択したものの、与党議員は2名を除き退席した。韓国の国会の議席は野党192対与党108であり、与党から8人が賛成すれば成立する見通しもあったが、結局、賛成194で弾劾訴追案の成立に必要な3分の2の200に届かずに否決された。

(つづく)


<プロフィール>
木村朗
(きむら・あきら)
1954年生まれ。北九州市出身。北九州工業高等専門学校を中退後、福岡県立小倉高校を卒業。九州大学法学部、同大学院法学研究科(博士課程在籍中に交換留学生としてベオグラード大学政治学部留学)、同法学部助手を経て、88年に鹿児島大学法文学部助教授、97年から同学部教授(20年まで)。専門は平和学、国際関係論。鹿児島大学名誉教授。日本平和学会理事、東アジア共同体・沖縄(琉球)研究会共同代表、国際アジア共同体学会理事長、元九州平和教育研究協議会会長などを歴任。

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