中国の情報戦略の要は“孫子の兵法”(前)
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国際未来科学研究所
代表 浜田和幸中国とアメリカでは「関税戦争」が勃発しそうな雲行きです。トランプ次期大統領は就任式を前に、関税によるアメリカ経済復活の方針を打ち出しています。カナダやメキシコも戦々恐々としていますが、トランプ氏の最大のターゲットは中国に他なりません。中国製の電気自動車をはじめ、「メイド・イン・チャイナ」の商品群に60%もの関税をかけると、得意の「トランプ砲」をぶち上げています。
しかし、交渉上手を自負しているトランプ氏は自らの大統領就任式に習近平国家主席を招待したいと「癖玉」も投げています。実現すれば、アメリカ史上初の出来事になるわけで、米中関係の和解のきっかけになる可能性もあると期待が高まったものです。とはいえ、習近平氏は色よい返事を返しませんでした。
アメリカがことあるごとに「中国脅威論」を繰り出していることへの不信感が根深く、中国側はトランプ氏の甘言に簡単には応じられないという姿勢を内外に示しています。それどころか、中国には5000年の歴史に裏付けられた「知的財産権」をアメリカにも世界にも無償で提供しているとのキャンペーンを展開するようになりました。その象徴が『孫子の兵法』です。
今から2500年前、中国は春秋戦国時代の真っ最中でした。群雄が割拠し、争いが絶えません。そんな中、軍事戦略家として活躍したのが、後に『孫子の兵法』として世界に広がる軍事理論書を書き残した孫武に他なりません。彼は過去の戦争の歴史を紐解き、勝敗を決するのは運や兵力の大小ではなく、「戦わずして勝つ」ための発想力と決断力であると、独自の戦争論を展開しました。
そうした『孫氏の兵法』の教えは、時代や領域を超えて訴えるものがあり、昔も今も多くの熱心な読者を惹きつけています。現代中国「建国の父」とされる毛沢東主席はことあるごとに、『孫氏の兵法』からの引用を繰り返していました。現在の習近平国家主席も同様です。
また、剣豪、宮本武蔵も『孫子の兵法』に触発され、その教えを深く学び、独自の理論として『五輪の書』を書き上げたと言われているほどです。松下電器(現・パナソニック)の創業社長であった松下幸之助氏も「組織を強く発展させる知恵が詰まっている。最高の経営指南書だ」と評価し、熟読していたことが記録に残っています。
一事が万事で、現在、日本はもとより欧米諸国でも翻訳や解説本が数多く出版されています。その出版元は50カ国におよび、書籍は500種類以上に達しているとのこと。そんな孫子の教えを現代の政治、経済、軍事に活用しようとする動きが活発化しています。その牽引役をはたしているのが中国の「孫子兵法研究会」です。
彼らは、孫子の教えは「中国の知的財産」であるとPRを展開しています。そのうえで「アメリカは、中国がアメリカの知財を侵犯していると訴えている。その体で行けば、中国はアメリカや世界が孫子の兵法を無断で活用していることを知財侵犯として訴えることもできる。しかし、中国はそうした知財権の悪用には関心がない」というわけです。中国らしい論理展開で、世界4大文明の一翼を担う中国の歴史的優位性を間接的に主張しているように思えてなりません。
最近の中国が直面する課題はいくら一党独裁の共産党体制とはいえ、簡単には克服できそうにありません。不動産バブルの崩壊による経済成長の鈍化。若い世代を飲み込む就職難の嵐。拡大する一方の地域間格差や貧富の格差。相次ぐ環境汚染や自然災害。国内の治安の悪化。軍の指導部や地方の幹部による汚職の急増。人口の減少化。対外的な緊張関係。数え上げればきりがありません。
困難さが増すにつれ、まさに「孫氏の兵法」の出番といえそうです。習近平国家主席は綱紀粛正と社会の安定と発展を唱えています。目前に迫りくる大きな虎とどう対峙すべきか。その答えを「孫子の兵法」に見出そうとしているようです。いわゆる現代中国の建国100周年となる2027年を「中国の夢」で祝う上でも、中国が世界に誇る歴史的遺産ともいえる「孫子の兵法」を最大限に活かそうというわけでしょう。これほど歴史の荒波を乗り越え、いまだに世界に影響力を発揮している「知的財産」はないからです。
(つづく)
浜田和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。近著に『イーロン・マスク 次の標的「IoBビジネス」とは何か』、『世界のトップを操る"ディープレディ"たち!』。関連記事
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