2025年01月21日( 火 )

居場所に欠かせないアイテム(前)

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大さんのシニアリポート第142回

 URの空き店舗を借りて運営していた「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)には「陰の主役」があった。卓袱台(ちゃぶだい)である。卓袱台とは、「折り畳みのできる短い脚の付いた食卓」(スーパー大辞林)のこと。「ぐるり」の別の顔が「よろず相談所」という生活一般の困りごとの相談を社協のCSWが受けるというものだった。当然他人に聞かれては困る内容が多いので、別室(倉庫として活用)にテントを張り、常連客からは顔の見えない状態で相談に乗った。「ぐるり」のもう1つの居場所だった。

円い卓袱台には上座下座の区別がない

サロン幸福亭    「ぐるり」の卓袱台は直径90㎝の円形だった。円いので上座下座の区別がなく、相談する側にとっても安心感がある。テントのなかという隔離感もあり、話はスムーズに運ぶことが多い。倉庫側から直接入ることができる入口があり、「ぐるり」の常連客と顔を合わせることなく着席が可能だ。

 漫画『サザエさん』(昭和25年2月11日、同31年3月6日、掲載紙不明)に卓袱台を使った4コマ漫画がある。和室に置かれた卓袱台はさしずめ「4畳半の檜舞台」である。食事もすれば勉強机にもなるし、居酒屋、家族会議の場所にも変身する。

 「畳の部屋で座って使うので、脚が短いこと、脚を折って畳めることができるのが特徴でした。明治の末頃から庶民の間にも広がり、畳の部屋でも家族5~6人囲んで食事がとれるので、どの家庭もたいてい食事をとるときにはこの卓袱台を使用していました。昭和30年代中頃から椅子式のダイニングテーブルが普及しはじめ、使用する家庭も生活様式の変化もあり、少なくなっていきました」(『「サザエさん」の昭和図鑑』 朝日新聞出版)とある。最近の昭和レトロブームの影響なのか、卓袱台が注目を集めているという。

「つながる、たのしむ、ひろがる」卓袱台

 「蔵造の街」として有名な埼玉県川越市に、元肥料問屋をリノベーションしたレトロな宿泊施設「ちゃぶだい」がある。カフェバーが併設されており、旅行者と地元の人たちが一緒に集い、話に花を咲かせる。その中心にあるのが年季の入った卓袱台だ。板の間に小さな卓袱台が2つ。畳の間には大きな卓袱台が1つある。

 「宿泊していた男性は『円卓だから地元の人たちとすぐ仲良くなれる』。近所の常連客も『海外の人とも距離を縮めやすい。いろいろな出会いがある』という。利用者の約半分は外国人という。宿のノートには、感謝の言葉やちゃぶ台のイラストが書き込まれている」(朝日新聞25年1月6日「埼玉リバイバル」)。

 掲載紙の写真には、大きな卓袱台の周りを取り囲むように9人の人たちが笑顔で乾杯のグラスを掲げる。とても初対面とは思えない雰囲気。卓袱台のなせる不思議な空間である。オーナーは3人。きっかけは16年に市が企画した空き家活用イベントでの出会い。

 「世代や人種を超え、円卓でワイワイ語り合えるだんらんの風景。そのイメージを共有し、屋号も『ちゃぶだい』とした。宿での出会いをきっかけに、川越の街全体を楽しんでもらいたい。『つながる たのしむ ひろがる』というコンセプトも打ち出した」(同)。

 卓袱台の寄付、床の張り替え、漆喰塗などのリノベーション作業に150人以上の人が協力してくれたという。地元民が積極的に参加するという意気込み、姿勢が「ちゃぶだい」の底辺に流れる。コロナ期には苦戦を強いられるものの、有機野菜の即売、カレーやクラフトビールの提供など、毎週のようにイベントを開き、地元民とのつながりを強めたことが大きい。

長テーブルをできるだけ正方形に    「ぐるり」も発足当時、その存在を住民に知っていただくために、毎月「季節のイベント」を開催した。酒席を設けたのはいうまでもない。その告知のため毎回「ラブレター」と称した手紙を高齢住民に配布した。内容も個別に変え、より親密度を加えた。おかげで毎回40人を超す住民で賑わった。中心に据えたのは卓袱台ではなかったが、長テーブルをできるだけ正方形にして、参加者の顔が見えるようにした。初対面同士が仲良くなり、互いに行き来するようになった。「ぐるり」は「幸福亭」と昔の名前に戻して現在も続けている。今年で17年目を迎えた。

(つづく)


<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』『瞽女の世界を旅する』(平凡社新書)など。

(第141回・後)

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