世界史の転換を目撃する(中)~トランプと馬が合う?「大家」サックス

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福岡大学名誉教授 大嶋仁

シリーズ『ドナルド・トランプとは何者か』第3回
 当シリーズは、さまざまな方面の専門家にドナルド・トランプの正体について語ってもらう。今回の第3回では、ヨーロッパの歴史・思想に精通する福岡大学名誉教授の大嶋仁氏が、トランプ政権の発足が引き起こす世界の転換について論じる。

 トランプと歩調が合っているかに見える「大家」がいる。ジェフリー・サックスである。世界中で知られるこのアメリカ人は、経済学者といっても理論より実践の人だ。国連の仕事もすれば、南米や東ヨーロッパ、ソ連崩壊時のロシアの経済立て直しにも尽力した。

 彼の強みは、なんと言っても世界のあちこちを見てきたことで、それぞれの地域の歴史文化のちがいを認め、そこから世界経済を考えることができる。

 すなわち、中国には中国の歴史文化があり、インドにはインドのそれがある。ヨーロッパにも、ロシアにもそれがあると見て、経済システムが世界に複数あるのは当然のことで、これを統一しようとすることのほうがおかしいと見るのだ。

 このような彼が、世界各国の政治学者や経済学者にインタビューを申し込まれるとして不思議はない。つい先頃は、EU(=ヨーロッパ連合)議会が彼を招き、講演を要請している。私自身は、彼のおかげで世界史を読みとることができるようになったといえる。心から尊敬する。

 サックスは前々から世界経済の多極化を呼びかけている。経済の多極化はそのまま政治の多極化に通じる。第2次世界大戦以降の世界は、アメリカとソ連の二極構造であったが、ソ連が崩壊した1990年代以降はアメリカだけの一極構造となった。サックスはこの一極化が世界を悪い方向に導いていると見て、これを打破しなくてはならないと主張するのである。

 つまり、東アジアは東アジア、インドはインド、イスラム圏はイスラム圏、ヨーロッパはヨーロッパ、というふうに複数の経済ブロックがそれぞれの世界をつくり、必要とあれば互いの利益となるような取引をすることが望ましいというのだ。

 彼によれば、アメリカの国際政治は世界各地の経済活動に介入し、自国の利益のためなら何でもするという「帝国主義」の極致である。このような政治が世界各地の経済と文化を破壊し、人類全体を不幸にしているというのだ。

 では、そういう彼は「アメリカ第一」を掲げるトランプをどう見ているのか?

 一見するとアメリカ帝国主義を拡大しようとしているかに見えるこの大統領なのに、その彼を世界の「多極化」を推進する人物と見ているのだ。

 つまり、アメリカはアメリカの利益しか考えないのだから、その他の国も同じようにすれば自ずと多極化が進み、そこから交渉を土台とする真の経済活動が始まるという見方なのである。

 言われてみれば、「交渉」は平和的共存への唯一の道であり、その点でサックスが交渉重視のトランプを評価するとして不思議はない。トランプのプーチンへの接近もこの観点から理解できる。イデオロギーにとらわれず、ロシアにもそれ相応の存在を認めなくては、何ら取引は生まれず、国交も育たないからだ。同じことを、彼は中国に対しても行うだろう。もちろん、日本に対しても。

 サックスはEU議会での講演で、反ロシアのイデオロギーから脱することのできないヨーロッパに対して「目を覚ませ」と厳しく出た。そもそもウクライナ戦争の原因はNATOの拡大計画にあるのだから、ヨーロッパの責任で終わらせるべきだった、と正論を吐いているのである。これに対して、今のところヨーロッパ側は反応を示せていない。サックスにすれば、歯がゆいに違いない。

 サックスのトランプ評は悪くはないというものの、少しずつ変わってきている。昨年の大統領選挙の直前、タッカー・カールソンとのインタビューでは、トランプのノーベル平和賞受賞の可能性まで語った彼である。そのときはロシア=イランとの核戦争、さらには第3次世界大戦まで懸念する彼は、それを防げる唯一の可能性としてトランプの大統領再選を挙げていたのだ。

 その後、トランプの提案するガザ地区の「アメリカ化」のニュースが入ると、ややトーンダウンしたサックスである。しかし、それでもウクライナ戦争を終結させようという新大統領の姿勢に賛意を表し、バイデン政権の失態をトランプが穴埋めしていると評価しているのである。

 そして、最近のEU議会での熱弁。彼はそこで声を大にして、「ヨーロッパよ、目覚めよ。アメリカの犬になるな」と叱咤(しった)激励している。これはトランプが大統領になったことで勢いを得た人の発言である。サックスにすれば、ヨーロッパはアメリカの思惑など気にせず、ロシアと直接交渉をすべきであり、それが「外交」というものなのである。

 この講演におけるヨーロッパを、そのまま日本に置き換えるとどうなるだろう。「日本よ、目覚めよ。アメリカの犬になるな」となるにちがいない。日本はアメリカに「忖度」して、中国とも、ロシアとも、腹を割って交渉できていない。サックスの講演はその点からも捨ておけないものがある。

 とはいえ、日本にとってアメリカは「怖い国」である。この恐怖心をどう克服するか、そこが今後のカギとなる。

(つづく)

(前)

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