【未来トレンドシリーズ】知られざる中国の世界制覇戦略:宇宙支配と人間のロボット化(後)

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国際未来科学研究所
代表 浜田和幸

イメージ    24年9月28日、中国は月面歩行者が着用する宇宙服を披露。このスーツは、極端な温度変化やフィルターされていない太陽放射から着用者を保護するように設計されており、軽量で柔軟性があります。要は、月面開発の一側面において、中国がすでに米国を追い越していることの証しかも知れません。

 中国製の先進的な宇宙服の登場を受け、アルテミスの月面スーツを製造している「アクシオム・スペース」社は、「NASAから与えられた設計指示のいくつかを修正する必要がある」とコメントしています。

 さらなる問題は、アメリカの宇宙飛行士を月周回軌道から月面まで運ぶ着陸船の設計も遅れていることです。 21年、イーロン・マスク氏の「スペースX」がこの着陸船の製造契約を結びました。これは、これまでに製造されたなかで最も強力なロケットで打ち上げられる予定で、長さ50mの宇宙船を建設するスペースXの本領発揮が期待されているところです。

 24 年10月13日、スペースXが開発した「スターシップ」は5回目のテスト飛行に成功しました。しかし、宇宙船有人着陸システムが宇宙飛行士を月面まで運ぶには、いくつかの困難な手順が必要とされています。

 元NASA長官のマイケル・グリフィン氏は、中国が月面着陸をどのように達成するかを見極めながら、よりシンプルな戦略を提唱しています。すなわち、NASAは「スペースX」のような「新興企業」ではなく、ボーイングのような伝統的な商業パートナーとの連携に活路を見いだすべきとの発想に他なりません。

 ところで、アメリカでも日本でも、中国脅威論とともに、中国崩壊論が盛んに議論されています。不動産バブルがはじけ、中国経済は地方を中心に抜き差しならない危機的状況に陥っているとの警告です。

 とはいえ、中国のロボット技術開発や人体改造計画の進捗ぶりには目を見張るものがあります。しかも、そうした新規産業の原点を既存の生物観察からヒントを得ようとしているのが「知られざる中国」なのです。

 たとえば、ふくよかなたる型の体と8本の太い脚を備えた「クマムシ」は、決して美しいとはいえませんが、ほとんど破壊することができない稀有な生物に他なりません。体長1mm未満で、凍らせたり、ゆでたり、宇宙空間の真空にさらしたり、人が死亡する量の500倍のX線を照射されても生き延びることができるのです。

 そこに着目し、中国の科学者が「クマムシの遺伝子と人間のDNAを組み合わせて、放射線に耐性のある人間の遺伝子をつくり出した」と報告したため、西側諸国は驚愕しました。

 言い換えれば、ゲノミクスの力を利用して、敵よりも速く、より健康で、より賢く、そして、より強い「スーパー兵士」をつくり出すという中国共産党のSF的野望を裏付けるもののように思えてなりません。そうした非西洋的なアプローチを推進しているのが中国のBGIグループ(旧・北京ゲノミクス研究所)です。世界最大の遺伝物質データベースを目指しているとのこと。

 アメリカの元国家情報長官ジョン・ラトクリフ氏は、「中国が生物学的に強化された能力を備えた兵士を育成することを目指し、人民解放軍の隊員に対して人体実験さえ行っている」と述べています。

 強化された能力の1つは、高地で戦う能力とのこと。そのため、中国はチベット人の遺伝子を研究し、彼らがチベット高原での生活にどのように適応しているかを明らかにしています。この研究を進める雲南省昆明動物研究所は、中国科学院が設立した「脳科学および知能技術卓越センター」の創設メンバーです。

 昨年、アメリカ議会は国家安全保障の観点から、政府に代わって中国の国家遺伝子銀行を管理するBGIグループや、その他の中国のバイオテクノロジー企業数社との取引を制限する「バイオセキュア法」を可決。BGIは高度な遺伝子配列決定システムの先駆者であり、その検査器は医療ツールとして世界中で利用されています。

 「火眼」(Fire Eye)と呼ばれるものですが、この名前は、王宮に入り込んだ詐欺師の変装を見破り、はねつけた神話上の中国の猿の王さまに由来しています。同社のウェブサイトには、「火の目はすべての本質を見抜くことができる」と書かれているほどです。

 アメリカ国家安全保障委員会では、このBGIシステムが「中国国内でヒトゲノムサンプルを収集するだけでなく、世界中の主要人物に関する個人情報へのアクセスを確保する可能性がある」と警告。

 経済的または軍事的優位性を獲得するうえで、遺伝データの規模と多様性が極めて重要であることは論を待ちません。そのため、中国は国境を越えて遺伝子データを収集することに熱心です。たとえば、BGIは世界的に売れている出生前非浸透的胎児トリソミー検査器を製造しています。これは血液サンプルの分析が含まれ、不妊治療クリニックでも広く使われているもの。

 この検査器は世界中で数百万人の妊婦に使用されており、中国軍と協力して開発されたと伝えられています。ダウン症などの異常を検出するために有効とされており、世界52カ国で最も売れている検査器の1つです。

 しかし、アメリカの国家防諜安全センターは、「ゲノムデータや健康記録によって明らかになった特定の個人の脆弱性は、これらの個人を標的にするのに利用される可能性がある」と警告。懸念されるのは、こうした遺伝子データによって、さまざまな集団・グループが病気やその他の障害に対する感受性がどのように異なるかを明らかにしていることです。

 多くの西側の科学者は、こうした遺伝子改変による人体改造の可能性に危惧の念を抱いています。中国政府はどのように対応するつもりでしょうか。世界に先駆けて新たな研究分野で実績を重ねている中国ですが、受け手である世界の消費者の間でも広がる中国脅威論の一部になっている面もあるわけで、説得力のある説明が欠かせないことはいうまでもありません。

(了)


浜田和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月自民党を離党、無所属で総務大臣政務官に就任し震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。著作に『イーロン・マスク 次の標的』(祥伝社)、『封印されたノストラダムス』(ビジネス社)など。

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