傲慢経営者列伝(16)御手洗冨士夫キヤノン会長兼社長~宿敵・富士フイルムと壮絶バトルの戦績は?(前)
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「四十 五十は洟垂れ小僧 六十 七十は働き盛り 九十になって迎えがきたら 百まで待てと追い返せ」。一万円札の渋沢栄一の有名な格言だ。「資本主義の父」に煽られたからだろうか、老いてますます盛んな高齢経営者は少なくない。キヤノンの御手洗冨士夫夫・会長兼社長は今年9月に90歳になるが、バリバリの現役だ。(文中敬称略)
キヤノン、医療機器事業で1,651億円の減損
「キヤノン、医療機器事業で1,651億円減損、海外で想定外れ減益に」と題する朝日新聞デジタル版の記事(2025年1月30日付)が目に飛び込んできた。引用する。
〈キヤノンは30日、医療機器事業の収益性が悪化したとして、「のれん代」の減損損失1,651億円を2024年12月期決算(米国会計基準)で計上した、と発表した。このため、純利益は前年比39.5%減の1,600億円と、4年ぶりの減益となった。(中略)ウクライナ戦争でロシアでの事業がほぼ停止した〉
目を引いたのは次のくだりだ。
〈キヤノンは、16年に東芝から医療機器子会社を買収し、長期的な成長事業と位置づけている。(中略)当時6,655億円を投じた買収額について、田中稔三副社長はこの日の記者会見で「医療機器は将来の期待の事業に変わりはない。高値づかみしたという認識はもっていない」と述べた〉
オヤオヤだ。経営は結果責任である。東芝の医療機器子会社の買収で巨額の減損損失を計上したのであれば、当時の経営陣の責任を問うのは当然だろう。だが、買収を主導した御手洗冨士夫会長兼社長に責任がおよばないように封印した。そのことが最大の問題だろう。
改めて、巨額買収を振り返ってみよう。東芝が売りに出した
東芝メディカルシステムズの買収合戦不正会計問題を契機に経営不振に陥った東芝は16年、医療機器を扱う虎の子の優良子会社「東芝メディカルシステムズ」(栃木県大田原市)を売りに出した。国内の医療機器メーカーは、消化器内視鏡のオリンパス、カテーテルのテルモ、人工腎臓のニプロ、CTの東芝メディカルが4強。
少子高齢化で需要増が見込める医療機器の将来性は有望だ。そんな中、世界市場で高いシェアを持つ東芝メディカルが売りに出され、争奪戦となった。1次入札、2次入札を経て、キヤノンと富士フイルムホールディングスの2社に絞られた。
創業事業はキヤノンがカメラ、富士フイルムは写真フイルムと持ちつ持たれつの関係だったが、デジタルカメラの普及で写真フイルムの需要が激減。富士フイルムは米ゼロックスと組んで、複写機・プリンター事業に軸足を移す。事務機器は富士フイルム=ゼロックス連合、リコー、キヤノンが3強だ。かつての共存関係が崩れたことも、対立の構図が鮮明になった要因の1つといわれた。
安倍首相と両社のCEOとの付き合い方
キヤノンと富士フイルムの両トップの確執は凄まじいものがあった。キヤノンは財界総理というべき経団連会長を務めた御手洗冨士夫会長兼CEO(最高経営責任者)、富士フイルムは時の総理、安倍晋三首相に近い古森重隆会長兼CEOと、両社ともトップは政財界に影響力を持つ超大物だ。東芝メディカルの争奪戦で遺恨が残るようだと、財界のパワーバランスに影を落とすことになるとの見方があった。
安倍首相の両財界人との付き合い方には温度差がある。首相動静(16年12月29日)によると、
〈午前7時2分、東京・富ヶ谷の私邸発。同8時8分、神奈川県茅ヶ崎市のゴルフ場「スリーハンドレッドクラブ」着。昭恵夫人、古森重隆富士フイルムホールディングス会長夫妻とゴルフ。午後3時36分、同所発〉
安倍晋三首相は元日、キヤノンの御手洗冨士夫会長と同じゴルフ場でプレーした。首相動静(17年1月2日)によると、
〈午前7時32分、静養先の東京・六本木のホテル「グランドハイアット東京」発。同8時26分、神奈川県茅ヶ崎市のゴルフ場「スリーハンドレッドクラブ」着。経団連の御手洗冨士夫名誉会長、榊原定征会長、渡文明JXホールディングス名誉顧問とゴルフ。午後2時52分、同所発〉
安倍首相と古森重隆とのゴルフは夫婦同伴。これに対して御手洗冨士夫と安倍首相との関係は薄い。
安倍首相が口にした「嫌いなもの3つ」
安倍首相がかつて内輪で口にしたジョークがある。「この世で嫌いなものは3つ。朝日新聞とNHKとあの人」。満座に失笑が広がった。「あの人」とは、前・経団連会長の米倉弘昌(元住友化学社長・会長)のこと。なぜそんなに嫌われたのか。
12年秋、安倍が自民党総裁選で予想外の勝利を収め、「総理返り咲き確実」の立場で経団連を訪ねた。その際、ふんぞり返った米倉に“無鉄砲”なアベノミクスをこっぴどく批判され、安倍は机を叩いて激高したのだ。
以来、安倍は「あの人」と名前すら口にせず、米倉を経団連会長の指定席だった経済財政諮問会議から外し、彼を指名した前任会長の御手洗冨士夫までホゾを噛むほど冷遇した。
安倍政権の下で、御手洗は経団連と安倍首相との関係修復に全力投球した。安倍が三度のメシより大好きなゴルフコンペを開き、経団連の出席者は御手洗が人選した。「あの人」の尻ぬぐいとはいえ、御手洗は安倍の“御用聞き”とやゆされた。
安倍晋三の財界応援団「四季の会」
安倍が「嫌いなもの」に挙げたNHKは安倍総理の“お友だち”財界人「四季の会」のメンバーが支配した。「最後のフィクサー」と異名をとる故・葛西敬之(JR東海)は、安倍と保守、右翼思想で通じる。葛西の政治とのかかわりを語る上でかかせないのが、安倍晋三と財界応援団として知られる財界サロン「四季の会」だ。
もとはといえば、政界に対する葛西の悲願は東大時代の同級生である与謝野馨を総理大臣にすることだったとされる。「四季の会」はそのための集まりだった。いうまでもなく、与謝野は歌人の与謝野鉄幹・晶子夫妻の孫にあたる。
JR東海社長(当時)の葛西敬之は00年、財界の与謝野馨応援団を結成すべく、富士フイルムホールディングスの古森重隆とともに「四季の会」を立ち上げた。古森もまた東大の同期生である。
だが、与謝野は総理になれなかった。与謝野は「四季の会」の集まりに、若手政治家を連れてきた。その名を安倍晋三という。安倍は小泉純一郎政権で破格の大出世を遂げる。「四季の会」は安倍応援団に衣替えしたのである。
(つづく)
【森村和男】
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