米国に見る資本主義体制の危機とトランプ政権(前)

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 NetIB‐Newsでは、(株)武者リサーチの「ストラテジーブレティン」を掲載している。
 今回は3月21日発刊の第375号「米国に見る資本主義体制の危機とトランプ政権」を紹介する。

(1)何が問題なのか

 資本主義体制が問われている。空前の技術革命が進行する一方、分断と格差も顕著である。一握りのテクノビリオネアが台頭しているが、労働者はインフレによる実質所得目減りに直面し生活は楽ではない。新興国の一部では統治が破綻し国民が流民化し先進国の移民問題を引き起こしている。他方では既存の世界秩序の改変を狙う専制国家群が存在感を強めている。市場経済のいいとこ取りをした中国がフランケンシュタイン化し、国内のバブル崩壊と経済悪化を監視社会の強化で乗り切りつつ世界覇権をうかがっている。

 この新しい現実に政治はどう向き合うのか、伝統的リベラリズムは行き詰まり、現実を直視したリアリズムでの対応が不可欠になっている。米国でのトランプ大統領の再選と欧州での「極右」政党の台頭などはそうした流れの中で理解されるべきであろう。

 資本主義が終焉に近づいている、との観測も投げかけられているが、性急な結論は避けるべきだろう。今勢いを増しているトランプ大統領や各国の「極右(急伸右翼)」はむしろ資本主義の擁護者、改革者として登場している面がある。トランプ政権の理念を忖度すれば、「資本主義が正義、資本主義なき民主主義は虚構」なのではないか。米国資本主義は二つの脅威、外の旧共産圏と内なる経済合理性をむしばむリベラル、に直面している。対中のためには国家介入による国際分業の再構築が必要、内なる敵に対しては、勤労を問題解決から遠ざける悪習(=労働を悪、苦役ととらえる思想)、既得権益と規制に胡坐をかいた官僚主義、DEI/PC/ESGsなどの思想の打破が必要だと主張している。

 資本主義の本質的課題(根本矛盾)である所得フローの循環再構築、つまり企業の過剰貯蓄を如何に還流させるかに関して、先の米大統領選では増税・弱者支援の民主党ハリス陣営対、減税・リスクテイカー支援・市場活用と言う共和党トランプ陣営と見事に対抗軸が現れ、トランプ氏の勝利によって米国の路線は定まった。トランプ氏はテクノビリオネアであるマスク氏と連携して、究極の自由主義リバタリアニズムを遂行しようとしている。最先端の技術実装のためには既得権益、規制の撤廃が必須との考えからである。これらの挑戦は野心的ではあるが、米国資本主義を再生・強化するためには必須であろう。

 以下では米国資本主義の歴史と現状を概観して、将来展望の一助としたい。

(2)マルクス、ホブソンが指摘した資本主義の根源的矛盾と展開

 そもそも技術発展がなければ経済の仕組みは変わらない。灌漑農業と言う数千年来変わらない技術の上で、何百年、何千年もの間「アジア的専制国家」は存続してきた。しかし一度技術発展に弾みがつくと経済にダイナミズムが与えられやがては体制を不安定にし、崩壊に導く。この技術発展が動力となり大きな変化を誘引するとの想定を経済学の基底に据えたのが、K・マルクスとA・ホブソンであった。

 マルクス(1818-1883)は資本主義が崩壊に至る必然性の研究に生涯をかけたが、それは資本主義に内在する矛盾の発現を契機とするものであった。つまり技術の発展(=労働生産性上昇)が資本の有機的構成の高度化(=資本投入に占める労働費の割合の低下)を引き起こし、利潤率が傾向的に低下する、と言うものである。資本家の側には富が蓄積され、他方で機械に代替される労働者側では失業(産業予備軍)と貧困が強まる。資本の過剰と貧困の進行が、体制的危機を引き起こす、と主張した。

 ホブソン(1858-1940)は、資本主義の下での過剰貯蓄と過少消費が、対外膨張主義、帝国主義戦争を引き起こしたと主張した。「技術の発展が有効需要を上回る工業生産力と過剰生産を引き起こし、過剰貯蓄と過剰生産のはけ口としての外国市場、外国投資領域が必要となった」。その根本原因は「企業家・金融家に偏った富の配分、つまり『消費力の悪分配』」にある。「消費力の悪分配」が余剰資本を形成させ、それがイギリスの帝国主義的対外膨張・侵略の契機になった。「余剰所得が高賃金として労働者に流すか、租税として国に流すかされれば、その結果としてそれが蓄積される代わりに支出され消費を膨らませるのに役立ち、(対外膨張の誘因はなくなる)」(J.A.ホブソン「帝国主義論」岩波文庫)との解決策を提示している。ホブソンの過剰貯蓄、過少消費説は古典派経済学の常識「貯蓄は個人と社会を富ませ、消費は両者を貧しくする、有効な貨幣愛はあらゆる経済的幸福の源泉である」に挑戦した先駆者としてケインズ(1883-1946)に高く評価されている。

 没後140年の今日から振り返ると、マルクスの悲観的展望は実現しなかった。人々の生活水準の向上が新規需要と新規産業・新規雇用を生むという好循環が現代資本主義を進化させてきた。またホブソンが期待した有効需要は壮大な規模で創造されたが、その手段はホブソンが想定した賃金引き上げや租税による財政需要もあったが、実際に最も効果があったのは不換紙幣の発行による信用創造(=バブル)であった。危機に直面して米国資本主義は一見融通無碍の延命策を繰り出した。1934年の金本位制離脱、1971年のドル金交換停止、2008年の量的金融緩和、2023年の預金保護上限の一時的撤廃、などである。それらは禁じ手として批判されたが、結果的には資本主義体制の進化形として定着した。

 図表1は米国における200年間の産業別雇用構成の変化であるが、1800年当時総雇用の80%を占めていた農業が2023年には1.4%へと激減し、100年前には急拡大していた製造業も1960年の26.3%以降急収縮に転じ、2023年には8.3%に落ち込んだ。しかし娯楽観光、教育医療、プロフェッショナルサービスなどのサービス産業の雇用は1960年の18.6%から2023年には44.5%へと著しく増大している。マルクスの予言通り、製造業・農業では機械化により著しく雇用が減少したが、それは大規模なサービス産業における雇用創造で埋められた。労働者は賃金が増加したうえに、既存産業(製造業・農業)のコスト低下で従来ほど農産物や製造業製品に支払う必要がなくなったことで余裕が生まれ、それがかつて存在していなかった新規分野の購買力に振り向けられた。ホブソンが嘆いたような「消費力の悪分配」は是正され、人々の生活水準の上昇が有効需要を生み出すという、かつてない繁栄の時代を人類は経験したのである。

図表1米国における産業別雇用構造の推移

(3)21世紀初頭に遭遇した資本主義の危機

 このような20世紀を通して続いてきた好循環が、21世紀に入り大きな壁にぶつかった。バブル崩壊と大不況、金利の際限のない低下とゼロ金利陥落、世界全体に蔓延した流動性の罠と、デフレ化(Japanification)の危機に陥った。これらの現象はマルクスが指摘した「資本主義体制の危機の深化」そのものであった。

企業利潤の急拡大

 2000年前後に、米国の経済と金融データに大きな不連続的変化が起こった。第一の変化は実体経済面での(税引き)企業収益の急激な向上である。米国企業の利潤率が2000年を大底に鋭角的に上昇していく。図表2に見るように、企業の純利益は、1960年代から1990年代まで、GDPの4~6%で推移していた。それが、2000年代に入り6~8%で推移するようになっている。その直接の原因は労働分配率の低下である(図表3)。

 過去、福利厚生を含めた労働報酬のGDPに対する比率は1960年代以降62~65%の狭い範囲で変動してきたが、2000年から大きく低下し始め、現在のレベルは57%と歴史的低水準となっている。技術発展とグローバル化(=海外労働の活用)により労働生産性が大きく高まり、企業がビジネスをする為に必要な労働投入を節約できるようになったのである。

図表2 米国企業(非金融)部門のキャッシュフロー/図表3 米国における労働分配率推移/図表4米国家計収入の構成比推移

企業における資金余剰の常態化

 2000年前後に起こった第二の変化は、資金余剰の顕在化である。表2に見るように、企業の内部資金(純利益+減価償却費)は、1960年代から1990年代まで、GDPの10~12%で推移していた。それが、最近では14~16%で推移するようになっている。他方企業の設備投資は長期にわたってGDP比10%程度で推移しており、企業部門の資金余剰が顕著になった。それ以前は、企業は恒常的資金不足セクターで、家計の貯蓄余剰の受け皿であったが、それが2000年から貯蓄超過セクターに変わった。

金利低下の謎

 第三の変化として、元FRB議長であるグリーンスパン氏が指摘していた「謎」の定着がある。2000年代に入り、景気が良く金融も引き締められているのに、長期金利が上がらないということが続いた。この現象はリーマン・ショックの一時期に解消されたが、ショックが終わると再度名目成長率が回復するのに長期金利が低迷するということが起こっている。米国でもゼロ金利が視野に入り、デフレ化(Japanification)の危機が真剣に語られるようになった。この長期金利の低迷を当時のFRB理事であったバーナンキ氏は、グローバル・セービング・グラット(世界的な過剰貯蓄)が米国に入ってきて米国の金利を押し下げている、と言った。確かにそれも一つだろうが、武者リサーチは当時からこの説明には疑問があり、米国の企業部門が著しい貯蓄余剰が主因なのではないか、と度々レポートで主張してきた。

(つづく)

(後)

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