傲慢経営者列伝(16)御手洗冨士夫キヤノン会長兼社長~宿敵・富士フイルムと壮絶バトルの戦績は?(後)
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「四十 五十は洟垂れ小僧 六十 七十は働き盛り 九十になって迎えがきたら 百まで待てと追い返せ」。一万円札の渋沢栄一の有名な格言だ。「資本主義の父」に煽られたからだろうか、老いてますます盛んな高齢経営者は少なくない。キヤノンの御手洗冨士夫夫・会長兼社長は今年9月に90歳になるが、バリバリの現役だ。(文中敬称略)
NHK会長人事を仕切る「四季の会」
「四季の会」はNHK会長人事を仕切った。その源流は第1次安倍政権(06年9月~07年9月)時代に遡る。NHKの報道に不満をもつこのメンバーが重用され、NHKの会長を決める経営委員長には安倍の強い意向で富士フイルム社長(当時)の古森重隆が選ばれた。
安倍政権はわずか1年と短命で終わったが、「四季の会」は素浪人となった安倍晋三を支援してきた。総理大臣に復帰させるためである。
大願成就。12年12月、第2次安倍政権が発足した。20年9月に退任するまでの長期政権だ。NHK会長人事は、葛西敬之、古森重隆ら「四季の会」の天下だ。
歴代のNHK会長は、九州出身の経済人が占めた。九州出身の古森がNHKの会長人事を仕切ったからである。安倍政権下で、古森の権勢は飛ぶ鳥を落とす勢いだった。
安倍側近の古森と、財界総理の経団連を務めた御手洗との東芝メディカルの買収合戦は、ともに九州出身のため、“九州の乱”と囃された。古森は長崎県立長崎西高卒業、御手洗は大分県立佐伯鶴城高校から受験のため東京の高校に転校している。御手洗の故郷への思い入れは強烈だ。
東芝メディカルを買収したキヤノンは、
医療機器に軸足を置く東芝メディカルの争奪戦は富士フイルムが優勢との見方があったが、東芝は16年3月、キヤノンへの独占交渉権付与を決め、同年12月買収が完了した。
買収には奇策を用いた。独禁法当局の審査を待たずに東芝が第三者の特別目的会社(SPC)に売却できる手法を提案し競り勝った。海外にも同様の法律があり、各国の規制当局も審査するため、子会社までに時間がかかる。富士フイルムは「独禁法の趣旨に反する考えられないやり方」と批判したが、キヤノンの執念が勝った。
キヤノンの御手洗は、2本柱のデジタルカメラや事務機の伸びが鈍るなか、医療機器事業を再成長の起爆剤として狙っていた。事業転換を達成するためには、奇策を弄することも厭わなかった。カネに糸目もつけなかった。
キヤノンによる買収額は6,655億円で、当初予想されていた4,000~5,000億円を大幅に上回った。キヤノンが提示した金額が最も高かったことが最後の決め手となった。
だが、”高値づかみ”と評価は芳しいものではなかった。
宿敵・富士フイルムに最終利益で負ける
結局、“高値づかみ”のツケを支払うことになった。キヤノンは、医療機器事業の収益性が悪化したとして、「のれん代」の減損損失1,651億円を2024年12月期決算(米国会計基準)で計上。純利益は1,600億円と4年ぶりの減益となった。
一方、東芝子会社の争奪戦に敗れた富士フイルムは、日立製作所が手がけていた画像診断機器事業を21年に1,790億円で買収した。これが寄与し、2025年3月期決算(米国会計基準)の純利益は2,500億円の見込み。富士フイルムの最終利益が4年ぶりにキヤノンを上回る。熾烈(しれつ)を極めた東芝メディカル争奪戦は明暗を分けた。
大型買収後のメディカル事業の業績を見る限りでは、東芝メディカルの買収合戦で勝利したキヤノンではなく、敗れた富士フイルムが「勝った」といえなくもない。
キヤノンは、宿敵・富士フイルムに勝つために、どう巻き返しを図るのか。それには、長期政権を続けてきた御手洗会長兼社長の退任が不可欠だろう。
最後の楽しみは「会社だけになってしまう」
「世の中は10年単位で大きく変わる」。御手洗の持論であった。今、通用している経営手法は、次の時代にまったく役に立たなくなる。今までとは違った人によって、違った仕組みをつくらねばならないと主張してきたのが、ほかならぬ御手洗だった。だから、経団連会長となり現役トップを退いていた御手洗の社長復帰は、持論に反するものだ。
キヤノンの“中興の祖”と呼ばれた賀来龍三郎は、御手洗冨士夫に経営を譲って会長からも退いたとき、引退を決断した理由をこう語っている。
〈(年をとると)最後に残る楽しみが会社だけになってしまう。(私も年をとった)今では御手洗(毅=創立メンバー)前会長が身を引くことができなかった理由がよく分かる。世間一般の企業でも年寄りが辞めない理由がよく分かる。私も、もう後数年たてば自分での引退の決断をできなくなっただろう〉
(「週刊東洋経済」1997年3月15日号)御手洗は賀来のように自ら引退するタイミングを逸した。
経営トップの最も重要な仕事は「後継者選び」といわれている。バトンタッチをうまくするのは、経営者の責務である。だが、引き際は難しい。名誉と権力と金銭的報酬がともなう地位を自ら退くことは、欲望のかたまりである人間には容易ではないからだ。
ワンマン経営者には、誰も首に鈴をつけることができない。OBによると「御手洗は側近たちから皇帝のように扱われていた」という。取り巻きは「余人に代え難し。あなたしかいません」と口をそろえる。サラリーマンの性というやつだ。こうして老人が跋扈する。
経営トップの座は95年から30年間におよぶ。御手洗が最も輝いていたのは社長時代の11年間だった。「老害」と陰口を叩かれ、晩節を汚すことになる。
(了)
【森村和男】
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