イスラエルとイランの戦争勃発の背景:日本への影響は?(後)

国際未来科学研究所
代表 浜田和幸

イスラエルの脆弱(ぜいじゃく)性と
イランのサイバー戦争

 今回のイスラエルによるイランへの空爆やミサイル攻撃が大きな成果を上げているように報道されていますが、過去、現在を問わず、イランのミサイルの性能がイスラエルの防空網を迂回(うかい)して目標を破壊していることはほとんどニュースになっていません。さらに、イランによるイスラエルへのサイバー攻撃も加速しており、イスラエルにとっては大きな弱点となっています。イスラエルは24年に700件の攻撃を阻止したと主張していますが、イランの情報筋によると、それ以外にイスラエル国内で数千件の送電網、病院、軍事システムへの攻撃に成功しているとのこと。 実際、「イランのハッカー集団が我が国のインフラを実験場に変えた」とイスラエルのサイバー・セキュリティの専門家は認めています。一方、アメリカ政府は、イランがイスラエルから盗んだデータを核開発計画の加速に利用したり、ロシアや北朝鮮などの敵対国と共有したりする可能性を懸念しています。

 こうしたイスラエルの情報管理の不備に対して、欧州の指導者、とくにドイツとフランスは懸念を表明していますが、鋭い批判は避けています。EUは、イスラエルの核関連の秘密を暴露することで地域が不安定化し、イランとの核合意復活に向けた交渉が頓挫する可能性があると懸念しているに違いありません。

 では、この極秘情報の漏えい問題は世界の安全保障にとって何を意味するのでしょうか?また、ただでさえ政情が不安定化している中東地域の力のバランスにどう影響するのでしょうか?西側のアナリストは、「最大のリスクはイランが核開発計画を急ぐためにイスラエルから入手した情報を利用していることだ」と考えています。

エスカレーションの連鎖と地域紛争の拡大

サイバー攻撃 イメージ    イランがイスラエルの所有する技術、ノウハウ、エージェントのリストにアクセスできれば、ウラン濃縮を加速することにより、核爆弾製造への経路を短縮できるはずです。いうまでもなく、イスラエルはイランの核開発の野心を最大の脅威とみなしています。今回のイラン攻撃もそうした脅威を取り除くためだと説明しているわけです。そのため、イスラエルの今後の動きはさらに過激化する可能性があります。

 たとえば、イランのスパイ活動が進化していけば、イスラエルの外交や秘密工作が覆される可能性が高くなるわけで、一刻も早くイランの核施設への先制攻撃を加速させることになるでしょう。それと同時に、軍の幹部や科学者の暗殺にとどまらず、イランの最高指導者であるハメネイ師を抹殺するなどのエスカレーションに走る可能性もあります。

 ただし、この点についてはアメリカのトランプ大統領は強く反対しているようです。そのため、当面はサイバー戦争が激化し、双方とも重要なインフラを標的とする戦闘が激化するに違いありません。アメリカも欧州もイランへの制裁を強化する可能性はありますが、直接対決は回避すると思われます。一方、ロシアと中国はこの状況を利用してイランとの関係を深め、外交的隠れみのや軍事技術協力を申し出る可能性があります。また、湾岸諸国はこうした状況を踏まえ、独自の核開発計画を加速する可能性が出てきます。なかでも、サウジアラビア、トルコ、エジプトなどが核兵器開発に着手する動きが出てくるでしょう。また、シリア、イエメン、レバノンを巻き込んだ代理戦争も激化しそうです。

ホルムズ封鎖と世界経済への波及リスク

 要は、モサドの失敗と核データ漏えいが単なる諜報機関の失策にとどまらず、中東全体の先行きを不安定化させる恐れが懸念されます。イランがイスラエルから入手した情報を利用すれば、世界は新たな核戦争の危機に直面し、世界的な緊張が高まる可能性もあります。

 すでにイランのテレビ局は、イランがペルシャ湾とインド洋を結ぶホルムズ海峡の閉鎖を検討しており、イエメンのフーシ派がインド洋から紅海とスエズ運河につながるバブ・エル・マンデブ海峡の閉鎖を検討していると報じています。そうなれば、世界の石油市場は不安定になり、原油価格は即座に1バレルあたり150~200ドルに上昇するはずです。また、その影響を受け、アラブ首長国連邦、クウェート、オマーン、イラクといったペルシャ湾岸の君主国が経済的苦境に陥り、これはアメリカにとっても打撃となります。ただ、代替石油輸出ルートをもつサウジアラビアは、それほど大きな影響を受けない可能性があることは留意しておくべきでしょう。トランプ大統領は事前にサウジアラビアを訪問し、危機対応を協議したはずです。

 イランとすれば原油価格の上昇を「イスラエルが爆撃をやめればすべて元通りに戻す」という脅迫の手段として利用できるという側面もあります。イランはテルアビブに対してもミサイルを発射し、製油所が攻撃されたと伝えられているハイファに対する攻撃も激化させています。

 そのため、イスラエルとイランの軍事衝突は、エネルギー生産をめぐる覇権戦争に変わりつつあります。とくにイランがすでに脅しをかけているようにホルムズ海峡の封鎖を決定した場合、石油市場の不安定化によって全世界に多大な経済的影響をもたらす可能性があり、中東からの原油に依存する割合の高い日本にとっても要注意です。「アル・マヤディーン・レバノン」紙によると、バザン石油会社はテルアビブ証券取引所に対し、一夜にしてイランのミサイルにより同社のハイファ湾複合施設のパイプラインと送電線に局所的な被害が生じたとのこと。すでに周辺国にも影響は出ています。

 さらに、イランの「革命防衛隊」は、イスラエルの敵対行為が続けばイランの軍事的対応が激化すると警告しています。それによれば、イスラエルによる攻撃への報復として同政権の軍用燃料インフラを標的にしたとのこと。もしアメリカとNATOがイスラエルへの間接的な支援から、イランへの直接攻撃を開始し、ロシアがテヘラン支援に介入せざるを得ないといった事態になった場合、現在進行形のウクライナ戦争にとどまらず、第3次世界大戦の導火線になる可能性さえあります。具体的には、イスラエルのネタニヤフ首相はイランが声高に訴えている「2,000発のミサイルによるイスラエル攻撃」が実行された場合には、「戦術核の使用で応戦することも辞さない」姿勢を見せています。そうなれば、核戦争になる可能性も一気に高まるはずです。

 イスラエルは90発の核弾頭を保有していると言われていますが、イランもすでに核弾頭を保有している可能性があります。もちろん、イランが自力で製造したものなのか、あるいはモスクワが供給したものかは、現時点では不明です。

 いずれにしても、世界の注目を集めているイスラエルとイランの対立は人類全体を泥沼に追い込む危険性を秘めていることは間違いありません。6月16日(日本時間17日未明)からカナダで始まったG7サミットでも、この問題は主要テーマになるはずです。世界戦争を回避させる方向で合意が得られるのでしょうか。また、合意が得られたとしても、それを実現させる力がG7にあるのでしょうか。

(了)


浜田和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月自民党を離党、無所属で総務大臣政務官に就任し震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。著作に『イーロン・マスク 次の標的』(祥伝社)、『封印されたノストラダムス』(ビジネス社)など。

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