新年を迎えるにあたり断捨離をする人が多いという。不要なものを捨てることで物理的な空間だけでなく心の整理にもつながり、生活全般の質を高める効果もあるそうだ。物ならいいが、これが人だったらどうしよう。2019年に『親を棄てる子どもたち 新しい「姨捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)を上梓した。運営していた居場所の常連夫婦が認知症になるものの、子どもたちは介護を放棄。仕方なく私と社協の職員とで病院への付き添いから生活全般の支援、最終的に施設への入居まで手伝った。親子関係の希薄さを目の当たりに体験した。
『楢山節考』にみる口減らしの実態
宗教学者の島田裕巳氏の最新著作、『親じまい』(宝島社)には、「親の期待には応えなくていい」「親孝行は不要」という過激な文言が並ぶ。もともと葬式、墓石、戒名不要を主張し、NPO法人「葬送の自由をすすめる会」会長でもある。人生100年時代、親の介護には誰しもが悩み、もはや国民共通の頭痛の種。なぜ子どもが親の面倒を看ないといけないのか。生涯独身、孤立感を深める介護者急増という状態のなか、それでも「親の世話は義務」だと考える人たちにとって、自分自身の「これから」をどう模索していけばいいのだろう。
作家・深沢七郎の『楢山節考』という名作がある。1983年に映画化され、主人公のおりん役を歌手の坂本スミ子が、辰平役を緒形拳が演じた。ふたりが暮らす寒村では、70歳になると楢山に行く掟があった。食料の絶対的不足は村そのものの維持に大きな影を落とした。そこで一定の年齢に達した老人は労働の担い手ではなく、食するだけの厄介者と見做され山に遺棄された。棄老である。映画のキャッチコピーは、「親を捨てるか、子を捨てられるか」。
長野県千曲市に「姨捨て」という地区があり、姨捨伝説が残されている。姨捨は「村という共同体の存続の維持」のための「合理的な判断」と捉えられてきた。映画のように「座して死を待つ」と考えがちだが、実際には違っていた。農商務省の官僚で民俗学者でもあった柳田国男の名著『遠野物語』は、遠野(土淵村)の住民・佐々木喜善(きぜん)の話を柳田が書き留めた作品である。
「山口、飯豊(いいで)、附馬牛(つくもうし)の字荒川東禅寺および火渡(ひわたり)、青笹の字中沢ならびに土淵村の字土淵に、ともにダンノハナという地名あり。その近傍にこれと相対して必ず蓮台野(れんだいの)という地あり。昔は六十を超えたる老人はすべて、この蓮台野へ追いやるの習いありき。老人はいたずらに死んでしまうこともならぬゆえに、日中は里へ下り、農作して口を糊した。そのために今も山口・土淵村にては、朝(あした)に野らに出づるをハカダチといい、夕方野らより帰ることをハカアガリという、といえり」とある。
棄老は伝説ではなく実際に存在していたのだが、深沢の『楢山節考』のようにただ「死を待つ」のではなく、生き残るために労働奉仕をして食いつないでいた。
近在の農家から棄てられた60歳以上の老人たちがデンデラ野に集まり、共同生活をし、昼は農家の手伝いをし、夜になると「あがりの家」と呼ばれた共同宿舎で寝泊まりした。デンデラ野は近在の村々にあり、村によって行くべきデンデラ野が決められていた。追いつめられた生活のなかで、老人たちは山に移って自活の手段を講じ、可能な限り生き延びようとしたのだ。
昔からコーポラティブハウスはあった
桜井政成(立命館大学政策科学部教授)氏が唱える「江戸時代以降の伝説のいくつかについては、高齢者が一軒家に集住し、互いに助け合いながら生活し、そして死を迎えたという。すなわち、今でいう『セルフヘルプグループ活動』『コーポラティブハウス』がすでに近世のムラ社会には存在していた可能性が高いのである」といい、例として『遠野物語』には、高齢者相互扶助システムが行われていた伝説が掲載されている」「(棄老)伝説は、全国に100カ所以上残っている」。伝説とは「文字をもたない人たちの事実の口承」(ネット/考えるイヌ~桜井政成研究室~)と述べている。
日本には「棄老」という事実が存在していた。だが、捨てられっぱなしではない。生きるための知恵をもっていた。「血縁者同士の助け合いはないが、他人同士の相互扶助は昔からあった」というのなら、それを現代に蘇らせることができないか。現在「口減らし」はない。あるのは「貧困」と「偏見」という共通項である。
民俗学という範疇を超えて語り伝えられているのは、遠野の持つ圧倒的な異様性(捨てられた老人たちが働きながら共同生活を送るという現代にも通じる「高齢者相互扶助システム」というもの)があったからだ。「デンデラ野」を今仕様にリニューアルすべき時がきたと思う。
都市にある共同住宅に住む高齢住民は、結果として田舎を棄て(田舎に棄てられ)た人たちである。なのにもっとも必要とされるはずの“絆”を積極的に求め合おうとしない。生きていくために必要な「共同体意識」が正直希薄なのである。
日本会議が声高に唱える「伝統的な家族観の固守」というお題目はもはや夢物語にすぎない。戦後の高度経済における地方から大都市への働き手の大量流入。住宅確保のための「狭小集合住宅」の乱立。それにともなう必然的な「核家族化」。そして経験したことのない「超高齢化時代」の到来。時代が完全に親と子を分断してしまったのだ。一度切れた家族の再構築は難しい。
民間運営の「デンデラ野」は存在する
朝日新聞(2026年1月13日)紙上に、「『大人の女子寮』老後をポジティブに」と題して、老後の孤立や住まいの確保を目指して、気の合う友人同士が近くに住んで支え合う「友達近居」に活路を見いだしたグループを紹介している。女性向けコミュニティー付き集合住宅の建設を目指す「大人の女子寮プロジェクト」が昨年10月に大阪で「お茶会」を開いた。独り身の女性が集住する賃貸住宅は見あたらない。なら、自分たちでつくろうと決意。対象を「40代以上の女性とし、家賃は相場の1・3~1・5倍ほど。共同リビングや地域の人との交流スペースを必ずつくる」を入居条件とした。建築費等の高騰で予定費用は15億円に膨らむ見通し。5年以内の完成を目指している。
1月14日放送のTBSラジオ、「森本毅郎・スタンバイ!」の「現場にアタック」のコーナーで、福岡県久留米市にある「じじっか」というユニークな施設を紹介していた。「(一社)umau.」主催。「umau.」というネーミングには、「育て合う、学び合う、支え合う」、つまり「合う(au)」を「生み(um)」出し合うという思いが込められている。現在230世帯が登録している。
「じじっか」は、実家がある人もない人も、実家の家族のような関わりがもてるように開かれた居場所を心がけている。とくに子育て中に感じる孤独や不安を、そこに集うみんなが共有することで幸福感に変える。「じじっか」にきて過ごし、帰るときに抱えていた不安が解消し、フラットな気持ちで帰宅してもらいたいというのが活動の原点だ。
毎週金・土・日曜日に各種イベントやカフェを開く。週に5日食事の提供もする。「ひとり親、ふたり親ではなく、7人親(親を兼ねるスタッフが常時7人いるという意味)」で育てる。ひとり親世帯に寄り添い、制度では補えない隙間を埋める。「実家より実家」を目指す。現在大牟田市に「第2じじっか」をオープンするなど広がりを見せている。
「血縁のない大家族」を目指すというのも面白い。日本会議の唱える大家族主義(もはや存在しない)を死守する滑稽さを尻目に、「血縁のない大家族」が見直されている。
親を捨てる子もいれば、子を捨てる親もいる。遠野のデンデラ野のように、捨てられた者同士が共同生活を営み生き続ける人たちが過去に存在していた。「じじっか」のように「血縁のない大家族」を目指す組織も出てきた。行政の力量ではとうてい叶わない状況を民間が提供する。常識的(世間的)な親子関係に縛られることなく、価値観を共有する(ゆるく)人たちのつながりにも目を向けるときだろう。
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』『瞽女の世界を旅する』(平凡社新書)など。








