郷土の資料をどう守るか―その2/パワハラ体質の福島県立博物館(前)

福島自然環境研究室 千葉茂樹

会津・猪苗代の資料

 私が住む会津にも、重要な資料が大量にある。たとえば猪苗代町には、明治期から昭和中期まで大繁盛した商家があった。最盛期は番頭が7人いたという。現在は廃業し、高齢の女性が1人で資料を守っている。彼女のお子さまたちは、県外に出て行き猪苗代にはいない。彼女は10年ほど前から、福島県立博物館をはじめ近隣の各機関に資料の寄贈を相談したという。しかし、どこからも相手にされず、講演会場でたまたま出会った私に声をかけてきた。その後、私は彼女宅で資料のすべてを見せていただいた。じつに重要な資料であった。「猪苗代町の明治期からの歴史資料」「猪苗代町での天皇家の人々の記録」「磐梯山の登山道開発の記録」「磐梯朝日国立公園の指定までの記録」「猪苗代スキー場の開発の記録」「福島県スキー連盟の記録」などであった。

 その資料、たとえば「天皇家の資料」は、旧高松宮別邸「天鏡閣」(1952年に福島県へ払下げ。一般公開されている)で展示すれば、目玉になると私は直感した(画像6)。彼女は、この天鏡閣も寄贈を持ち掛けたが、見にも来なかったという。福島県は、資料の重要さをまったく認識していない。

画像6

 私にできることは、資料の「電子データ化」であった。その後、何度かこの旧家を訪れ、そのたびに資料を借りて電子データ化をした。約3分の1が終わったが、その後彼女と連絡が取れなくなった。約1年後、たまたま彼女の家に来ていた息子さんと連絡が取れた。彼女は体調を壊し、入院されたということであった。このような経緯で、この旧家の資料はもう電子データ化できなくなった。なお、私は電子データ化の完了後に、電子データを息子さんたちにもお渡しする予定であった。

 このほかにも会津には、残しておかなければならない資料がたくさんある。磐梯山関係の資料でも極めて重要な資料があり、上記とは別の旧家の蔵に存在する。先代の当主はこれらに興味があり、きちんと管理されていた。しかし、現在の当主はこれらに関心がなく、高齢になって蔵の中のどこに何があるかもわからないそうである。この蔵には磐梯山関係資料の他にも、会津の重要な古文書が大量に存在する。 

福島県立博物館に寄託された
「磐梯山1888年噴火の記録写真」

 福島県立博物館は、「博物館としての立ち位置」をまったく理解していない。上記のように、猪苗代の旧家の方が資料の寄贈を申し出ても、資料の確認にすら来ない(旧家の方の談)。さらに福島県立博物館は、私に対し「ハラスメント(いやがらせ)」を行った。じつに傲慢である。以下、順に書く。

 福島県立博物館には、「磐梯山1888年噴火の記録写真」が寄託されている。私は、この写真(ガラス板の銀塩モノクロネガ)を学術研究に使いたく、所有者(寄託者)にお話しし「博物館からの持ち出し許可書」をいただいた(画像7)。

画像7

 2010年に、この許可書を館長・赤坂憲雄氏宛に郵送した。添え書きには、「この写真ネガを電子データ化して、学術論文に使いたい」「写真の持ち出しによる破損を懸念する場合、館内に機材を持ち込んで、その場で電子データ化してもよい」と書いた。しかし、博物館から不当な理由で断られた(画像8)。

福島県立博物館の不当な回答(画像8)

画像8

 福島県立博物館の回答には、不当な理由が2つある。1つは、この写真は「寄託」であり「寄贈」ではない。寄託の場合、所有権は寄託者側に残ったままで、博物館にはない。すなわち所有者から持ち出しの許可を得ている私に対して、博物館は断ることはできないのである。 
リンク 寄託と寄贈

 2つ目は、博物館が私に対し「持ち出しの不許可とした理由」である。理由は「写真ネガに対し、スキャナーでスキャン(電子データ化の作業)を行うと、写真が劣化する」というのである。しかも博物館の考えでなく、東京都写真美術館のRKの見解(画像8の赤塗の部分)を根拠とした。

 この件(スキャンによるネガの劣化)について、スキャナーのメーカー(E社)に問い合わせた。回答は「スキャナーに流れる電流は小さく、ネガに影響を与えるような光や熱は発しない」であった。また、写真のプロは「銀塩ネガ(モノクロ)の画像は銀粒子からなり、光や熱では変化しない」と話した。私自身、モノクロ写真の暗室作業をしていた時期があり、上記のプロと同じ見解である。銀塩写真の原理はこちらにある。
リンク 東京都写真美術館
    銀塩写真
 スキャナーのメーカーおよび写真のプロの見解から、スキャナーによる写真ネガの電子データ化作業で「ネガの劣化は起きない」ことがわかる。

論理破綻の福島県立博物館

 画像8の青塗部分をご覧いただきたい。福島県立博物館の写真ネガ(ガラス板)のデジタルデータ化の工程について書かれている。この部分は完全に論理破綻している。博物館学芸員は、こんな文章を書いて矛盾を感じないのであろうか。

 まず、大前提として「この写真ネガの所有権」は福島県立博物館にはない。このため、所有者の許可なしには何事もできない。この作業はもちろんできない。これが「寄託」である。寄託の意味もわからない学芸員は、学芸員として失格である。

 次に、画像8の青塗部分の内容である。福島県立博物館の示した工程のなかに「写真のデジタル化」と書いているが、この文章にある作業は「アナログ作業」である。突っ込んで書くならば、写真ネガの画像デジタル化には、どんな作業をしようとも、最終的には「スキャナーでのスキャンが必要」である。

 ついでに書けば、福島県立博物館の示した工程は昭和時代の写真の複製の方法である。これはアナログからアナログの複製の方法で、デジタル化ではない。また、この方法は、ネガの複製ではなく「プリント写真の複製法」であり、カメラレンズの各種収差およびフィルムの特性など各種の問題がある。さらに、銀塩写真の「ネガの複製」は、もっと簡単にできる。未露光のネガフィルムを用意し、密着焼き(暗室内でネガとフィルムを重ねて露光)し、反転現像すればよい(通常現像すれば、ポジになる)。この原理や方法は、モノクロ写真の暗室作業をした者なら誰でも知っている。

 以上の理由で、「福島県立博物館の主張は論理破綻」している。なお、RKはデジタルカメラでの複写も触れている(画像8の赤塗部分の下数行)。しかし、カメラレンズの問題やカメラの画像素子の大きさ(解像度)の問題もあり、スキャナーによる電子データ化には遠くおよばない。 

 付随した問題を書く。画像8の赤塗部分の問題である。青塗部分とも連動する。東京都写真美術館のRKが、「赤塗部分の回答」を本当にしたならば「写真の原理をまったく知らない」ということになり、写真美術館の学芸員としては不適格となる。また、福島県立博物館の職員がRKを騙(かた)って、私に対し「持ち出し不許可の理由(赤塗部分)」としたならば、RKに対する「名誉毀損」「偽計業務妨害」にあたり言語道断である。付け加えれば、福島県立博物館にRKを紹介した「磐梯山噴火記念館の〇〇さん」(画像8)は、後述の「学術データ窃盗事件」の当事者(窃盗者)である。

 さらに呆れる行為があった。13年、郡山市立美術館で企画展「夜明けまえ 知られざる日本写真開拓史」が開催された。ここに上記の寄託写真(ガラス板のネガ)が貸し出されていた。展示会場に行くと、「磐梯山1888年噴火の写真(ガラス板のネガ)」が展示され、後方から強いスポット光で照らされていた。このスポット光は、スキャナーの光より数段強いものだった。繰り返すが、福島県立博物館は「ネガに強い光を当てると劣化する」「だから強い光を発するフィルムスキャナーの使用は認められない」と主張した。博物館の主張と行動には一貫性がなく、矛盾だらけである。

(つづく)


<プロフィール>
千葉茂樹
(ちば・しげき)
千葉茂樹氏(福島自然環境研究室)福島自然環境研究室代表。1958年生まれ、岩手県一関市出身、福島県猪苗代町在住。専門は火山地質学。2011年の福島原発事故発生により放射性物質汚染の調査を開始。11年、原子力災害現地対策本部アドバイザー。23年、環境放射能除染学会功労賞。論文などは、京都大学名誉教授吉田英生氏のHPに掲載されている。
原発事故関係の論⽂
磐梯⼭関係の論⽂
ほか、「富士山、可視北端の福島県からの姿」など論文多数。

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