ボグダン・パルホメンコ 氏
ロシアによるウクライナ全面侵攻から、まもなく4年。戦争はもはや特別な出来事ではなく、人々の生活に深く組み込まれた日常となった。そして、戦争が長期化するなかであらわになったさまざまな現実。可視化された格差、情報戦、そして正義や安全保障という前提が、いまどこまで機能しているかが世界に突き付けられている。侵攻開始以降、ウクライナの現実を市民感覚と自身の体験に基づいて現地から伝え続けてきたパルホメンコ・ボグダン氏が渾身の書下ろしで、戦争が可視化した世界の構造的歪みと、その先に突きつけられる選択を描き出す。
ウクライナ侵攻から4年
生活の一部となった戦争
ロシアによるウクライナ全面侵攻から、まもなく丸4年。この記事を書いている今(2025年12月半ば)、ゼレンスキー大統領はドイツを訪問し、「NATO(北大西洋条約機構)への加盟を断念する」との発言が報道されています。この原稿が掲載されるころ、どのような情勢になっているかはわかりません。しかし私はここで、現時点のウクライナ市民の心情、そして私自身の実感を記しておきたいと思います。ウクライナに生きる人々が何を考え、どんな現実に直面しているのかを、日本の読者の皆さんに伝えることには意味があると信じています。
全面侵攻からすでに1390日。戦争は、もはや“緊急事態”ではなく、“日常”の一部となっています。空爆があるかどうか、占領地が取り戻されるかどうかに関係なく、人々は日々の暮らしを続けています。防空アラートが鳴れば地下に避難し、落ち着けば地上に戻り、買い物や仕事に向かう。もはやそれは特別な行動ではなく、日々繰り返される生活の一環になりました。皮肉なことに、私はかつて日本で阪神淡路大震災を経験しましたが、そのときと同じように、どれだけの衝撃があっても、時間の流れは止まることなく、生活は続いていくということを痛感しています。
ただし、災害と戦争には決定的な違いがあります。地震であれば一度起きれば、そこからは復旧・復興へと向かっていきます。しかし戦争は違います。今日の空爆が終わっても、明日また別の攻撃が始まる。人々は常に被害を受け続け、状況は刻々と変化し、友人や知人が徴兵され、命を落とす日々が続いていきます。4年が経っても、このサイクルが終わる兆しは見えません。しかも多くの地域では、空爆だけでなく、インフラ破壊、深刻な電力不足、価格の高騰など、生活のあらゆる面に戦争の影響が入り込んでいます。
可視化された戦争
「皆苦しい」は幻想だった
日本から届いたレトルト食品やカイロなどを支援
今回の戦争は、21世紀のテクノロジーのなかで起きています。インターネットが存在しなかった時代なら、私たちはテレビ・新聞・ラジオを通じて限られた情報だけを受け取っていました。しかし今は違います。現地のリアルが24時間体制でネット経由で届き、誰もが情報の「発信者」となれる時代です。SNSでは、誰もが自由に写真や映像、文章を投稿できます。それ自体はすばらしいことですが、その一方で、現実の“格差”が可視化されてしまうという新たな問題も生まれました。
たとえば、自分の暮らす都市では空爆でインフラが止まり、電気も水道も出ない。それなのに、かつての同級生は地中海のリゾート地で笑顔で過ごしている。あるいは、ウクライナ西部の電気のない地域から、国境を越えてポーランドに入った瞬間、明るい街並みと快適な暮らしが広がっている。わずか数十mの国境が、まるで別世界を隔てているように感じられる。それは視覚的にも精神的にも、非常に強烈な違和感をもたらします。そして4年間この状況が続くと、誰もがその違いに否応なく気づき、心のなかに複雑な感情が積もっていくのです。そして国民と兵士の士気を強力に折っていく。
私たちは今回の戦争を通じて、1つの現実を突きつけられました。それは、「戦争が起きているからといって、皆が等しく苦しんでいるわけではない」という事実です。ウクライナ国内では、ロシア語を話す人やロシア人に対する強い拒否感が生まれ、彼らが“敵の象徴”として見られる空気が広がっています。これは決して一時的な感情ではなく、14年のクリミア併合から始まった「深い傷」が、さらに広がった結果です。
しかし一歩国外に出れば、そのロシア人たちが普通に観光を楽しみ、各国の都市でバカンスを過ごしている現実があります。しかもそれを発信しているのは、SNS上で“無数のロシア人”です。私も25年1月に日本を訪れましたが、東京や大阪の街中では多くのロシア人観光客が、戦争とは無関係のように楽しそうに過ごしていました。明るく自由に歩き回り、カフェで談笑し、高級ブランド店で買い物をする──その光景は、空爆と停電が日常のなかにある国の現実とは、あまりにもかけ離れていました。それを見たとき、私はウクライナ国内の認識と、外の世界とのギャップに強い衝撃を受けました。そしてそれは「怒り」ではなく、「置き去りにされた感覚」に近いものでした。
メディア操作と世界情報戦争
対立構造からつくられる正義
これはウクライナに限らず、どの国でも通例的に行われることかもしれませんが、戦争が始まると、メディアによる情報統制や感情の誘導が加速します。戦時でなくても、メディアは無意識のうちに人々の感情を動かしますが、戦争が起きればその効果は最大化されます。誰を敵とし、何を「正義」とするか。その枠組みを、報道やネット空間が自然とつくり上げていくのです。
そして、これは外向きだけではありません。国内向けの“ナラティブ”(語り)も強化され、国民の怒りや不安が「国家の方向性」へと誘導されていきます。実際、ウクライナでもロシアでも、それぞれの国で異なる真実が語られ、それぞれの正義が構築されています。
私がここで最も伝えたいことは、この戦争が、もはや従来の“戦争”ではないということです。前線で武力のぶつかり合いがあることはたしかですが、それと同じかそれ以上に、この戦争は「情報の戦争」なのです。開戦当初を思い出してほしい。日本、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ──世界中のメディアが、まるで国内のニュースのようにウクライナ情勢を伝えていました。ここまで“1つの戦争”が地球規模でリアルタイムに伝えられた例は、かつてなかった。
なぜそれが可能になったのか?それは、21世紀のネット社会が舞台だったこと、そしてその戦地が「民度の高い国民を持つ国=ウクライナ」だったことが大きな要因です。もう1つ重要なのは、この戦争の“当事者”がウクライナとロシアだけにとどまらないという点です。この戦争の当事者は、ウクライナとロシアだけではありません。それは、独裁主義と民主主義という、世界の二大価値観の衝突でもありました。戦争の構図は、「ウクライナ vs ロシア」から、「欧米 vs ロシア」へ。やがて、イランや北朝鮮がロシアを支援し、ウクライナはEUとの関係を強化。さらには中国とアメリカの対立構造がそのうえに乗ってきます。まさに、現代の地政学の縮図がウクライナ戦争のなかに凝縮されています。
当初から「これはアメリカの代理戦争だ」と言われてきた構図のなかで、政権交代によってトランプが登場し、彼がプーチンと事実上の同盟関係にあることが表面化しました。アメリカが“正義”であるという価値観も、そこで大きく揺らいでいます。ロシアと中国が、どちらがこの世界の「ルール」を握るか。その主導権争いに、ウクライナの戦場が組み込まれてしまっているのです。そして、私たち市民は、その最前線にいます。これは国際政治のゲームではなく、日々の暮らしの、生死の、そして真実の問題です。
戦争が暴いた偽善としての安全保障
1994年、ウクライナは核兵器をすべて放棄し、ブダペスト覚書に調印しました。これは、アメリカ・イギリス・ロシアの3カ国が、ウクライナの領土保全と主権を保障するという国際的な約束でした。その見返りとして、世界第3位の核兵器保有国だったウクライナは、すべての核戦力を手放したのです。核弾頭ミサイル2,000発以上。発射用の戦略爆撃が20機。
この覚書は、形を変えた「日米安全保障条約」のようなものだと言っていいでしょう。しかし決定的な違いがあります。日本に駐留しているのはアメリカ軍ですが、ウクライナに駐留していたのはロシア軍でした。つまり、日本にたとえるならば、ある日突然アメリカ軍が沖縄をアメリカ領と一方的に宣言し、そのまま併合してしまった──それと同じことが2014年、ロシアによるクリミア併合で起きたのです。
ロシアはクリミア半島に駐留していた軍事拠点を用いて、一方的に自国領土であると主張し、偽装された国民投票を実施。その後、クリミアを併合しました。さらにドネツクやルハンシクといった東部地域でも同様の手法で「独立運動」が煽動され、あたかもウクライナ国民がロシアとの併合を望んでいるかのような印象を国際社会に与えていきました。
当時の国際社会はこの情報戦に振り回され、ロシアのプロパガンダを真に受けてしまった。ウクライナ国内も「事を荒立てたくない」という空気があり、全面戦争への発展を恐れ、これを「対テロ作戦」として処理してきました。ドンバス地域での局地的な戦闘は続いたものの、それが「世界大戦の火種」になるとは誰も予想していなかったのです。
22年、ロシアはついにウクライナ全土への全面侵攻を開始しました。開戦当初から、世界中の一部識者の間では「これは米露の出来レースではないか」との見方も囁かれていました。ロシア側の想定では、開戦から3日で首都キーウを制圧し、傀儡政権を樹立。アメリカ側は、その後ウクライナ国内でゲリラ戦・パルチザン戦略を展開する計画だったともいわれています。
そのためアメリカは当初から、ウクライナに重戦車や戦闘機を供与するのではなく、小型の対戦車ミサイル「ジャベリン」や携帯型地対空ミサイル「スティンガー」など、ゲリラ戦向けの兵器のみを提供していたのです。そして、ロシアがウクライナに短期決戦で勝利するという前提で、中国が台湾併合に動く──それが「第2のステージ」だったとする分析もあります。ロシアが成功例をつくり、世界がそれを容認すれば、中国も同様に動ける。そんな“連鎖侵略”の青写真が存在していたともいわれています。
サンタクロースの格好をしたボランティア仲間が
日本から届いたクリスマスプレゼントを手渡した
覆したシナリオ
ドローン革命による反撃
しかし、ウクライナ国民はこのシナリオを打ち砕きました。想定を超える抵抗と戦闘力で、ロシア軍の進撃を阻止。世界が驚くほどのサバイバル精神と独立心を発揮し、西側諸国も「支援せざるを得ない」という流れを生み出していきました。
とはいえ、アメリカは直接兵を出すことはなく、兵器支援というかたちにとどめました。ベトナム戦争以降、自国兵士の死が世論と政権を揺るがすことを学んだアメリカは、ウクライナを「代理戦争のマーケティング会場」として利用し始めたのです。最新兵器の性能を実戦でアピールする──それが実質的な狙いでもありました。ジャベリン、スティンガー、高機動ロケット砲HIMARS、地対空防衛システム「パトリオット」。これらの兵器がどれほど効果的かを“ショーケース”として示すことに成功したのです。ただし、これらの支援は「ロシアに勝ち切る」ためではなく、「ウクライナが崩壊しない程度」に調整されたものでした。あくまで米露間の“手打ち”が前提にあったからです。
この膠着状態を打開するため、ウクライナは賭けに出ます。24年、国境を越えてロシア領内──クルスクやベルゴロドといった都市への攻撃を開始。ロシア国内が直接攻撃されることを想定していなかったプーチン政権は混乱し、国民の戦争支持にも揺らぎが生まれました。
この越境攻撃を支えたのが、ウクライナ独自のドローン開発でした。戦闘機も長距離ミサイルも供与されなかったウクライナは、独自に射程2,000〜2,500km級の長距離ドローンを開発。25年には、ロシア国内の製油所、兵器庫、パイプラインを次々と破壊し、ロシアの石油精製能力の50%以上を失わせるに至りました。エネルギー輸出が生命線であるロシア経済は大打撃を受け、戦費の調達が困難になりつつあります。
情報戦の最終局面で
機能不全に陥る世界観
ここで登場するのが、アメリカの“ジョーカー” ──ドナルド・トランプです。1980年代にモスクワを訪れていたトランプは、KGB(旧・ソ連国家保安委員会)との接点が噂されており、ロシア側との密接な関係が取り沙汰されてきました。
そんな彼が再びアメリカ大統領となり、現在進行形でウクライナへの支援を抑制し、ロシアに有利な外交方針を取り続けています。元KGBのトップであるプーチンと、アメリカ大統領トランプという組み合わせは、ゼレンスキー政権にとって“最悪のシナリオ”ともいえます。もはやアメリカも、かつての「民主主義の守護者」ではありません。政治家たちは、ロシアと何ら変わらない利害と価値観で動いており、その実態は既存の民主主義がもはや形骸化していることを示しています。
そして忘れてはならないのが、米国がロシアと同様にウクライナの領土保証契約を結んだという事実です。ブダベスト覚書はロシアのみならず、米国とイギリスも結んでいる。でも実際には降伏をしないウクライナのみが悪者にされているという点です。
今回の戦争では、私たちが「機能するもの」と信じてきた数々の国際機関が、その無力さを露呈しました。たとえば国連。戦争初期、世界の人々は「国連なら戦争を止められるのでは」と期待しましたが、実際には何もできませんでした。常任理事国であるアメリカとロシアが真っ向から対立する限り、国連は動けないのです。赤十字も同様です。私が見た支援の現場では、腐ったジャガイモと魚が1度だけ届いただけでした。
その一方で、現地スタッフが高級レストランで食事をしていたという話もあります。ユニセフについても同じです。拉致されたウクライナの子どもたちの帰還支援はほとんど行われず、むしろ北朝鮮で教育を受けているという事実も確認されています。NATO(北大西洋条約機構)も例外ではありません。ロシアがEU領空をドローンで侵入した際、ポーランドやルーマニアで大きなパニックが起きましたが、NATOの対応は曖昧でした。本来なら第5条(集団防衛)を発動すべき状況で、発令されたのは第4条(協議)止まり。つまり、ロシアは「NATOは動かない」と確信したのです。
この4年間で私たちが見てきたのは、「真実」がいかに歪められ、取引され、操作されるかという現実でした。情報は武器であり、現実は常に編集されて世界に伝えられる。この戦争を通じて、私たちは世界の“機能していない部分”を可視化することができました。もはやこれは、単なる地域戦争ではありません。ウクライナの戦いは、グローバルな価値観の再定義であり、情報と主権、倫理と現実のせめぎ合いなのです。
今こそ私たちは、この歴史的局面において、どの側に立つかを問われています。
<PROFILE>
パルホメンコ・ボグダン
グローバル思想クリエーター/「U-TIMES」創設者。情報・戦争・意識の変化を軸に、現実を動かす言論と社会的問いを継続的に発信。単なるニュース解説にとどまらず、国際政治と情報戦、社会構造の変化を結びつけて読み解く独自の視点を特徴とする。ウクライナ・ドニプロ生まれ。神戸・大阪で幼少期を過ごし、後にキーウへ移住。大学・大学院にて経営学と情報分析を修了。2004年のオレンジ革命、13年のユーロ革命に参加し、市民運動と政治変動を現場で体験。三菱商事、MTGでの勤務を経て複数企業を設立。ロシアによる侵攻以降は現地からの発信と支援活動を行い、国内外メディアに出演。YouTube登録者は37万人超、NHK出演作はギャラクシー賞を受賞。








