クラブ創立30周年の節目に臨んだ2025年シーズン。21年のJ1復帰から数え、5シーズン目のJ1。かつては昇格しても1年で降格していたクラブが、連続してトップリーグを戦い抜くこと自体が、すでに新しい歴史だった。新体制、11人の新加入、クラブ史上初の首位、9戦勝てない夏、日本代表DF安藤智哉の誕生、若手の台頭──そして最終順位は12位。数字以上に意味をもった1年を、シーズンの流れに沿って振り返る。
長谷部体制の5年を終え
クラブは“次の段階”へ
2021年にJ1へ復帰して以来、アビスパ福岡は長らく越えられなかった壁を破った。昇格しても1年で降格──そんな「昇降機」時代を終わらせたのが、長谷部茂利監督だった。守備をベースに、走り、粘り、全員で戦う。そのスタイルでJ1に4年連続残留。クラブ史に残る安定期を築いた。
だが、J1で戦う5年目の25年シーズンは、クラブにとって「次の問い」が生まれていた。「残留から、どこへ向かうのか」。クラブ創設30周年という節目の年だった。
新戦力補強と「前へ出る」コンセプト
25年シーズン、金明輝監督の就任に合わせて、クラブは11人の新加入選手を迎えた。上島拓巳、志知孝明、名古新太郎、見木友哉、小畑裕馬、藤本一輝、秋野央樹、安藤智哉の経験ある移籍組に加え、福岡大学から橋本悠、アビスパ下部組織からサニブラウン・ハナン、前田一翔ら将来有望な若手も加わった。
ポジションは前線から後方まで多岐にわたるが、共通しているのは、「ボールをもてる選手、前へ運べる選手、強度とスピードをもった選手」という点だ。チームとしての狙いは、勝点を積み上げるために、まず点を取る力を高めること。守備の文化のうえに、能動的なサッカーを乗せていく。そして前に出て勝ちにいくアビスパを目指す、クラブの狙いが色濃くにじんでいた。
開幕3連敗からの反発
神戸戦勝利が示した方向性
福岡は開幕から3連敗。柏、G大阪、川崎Fと上位常連との対戦が続いたとはいえ、勝点0という現実は重かった。内容が大きく崩れていたわけではない。ビルドアップのミスや、前へ出た背後を突かれる場面など、新体制ゆえの課題が失点に直結した。指揮官も、序盤の難しさをこう振り返る。
「試合を支配しながら勝つ、その『勝ち方』がまだ共有し切れていなかった。どうやったら勝てるのか。今季のアビスパの勝ち方が、まだ浸透していなかった」。それでも方針は変えなかった。前線から奪いに行き、ボールを前へ運ぶ。守るだけではなく、主導権を握る姿勢を貫いた。
転機となったのが第4節・神戸戦。前年王者を相手に、福岡はラインを下げず、前から圧力をかけ続けた。得点はオウンゴールだったが、押し込んだ結果として生まれたものだった。24年までのアビスパの土台である守備をしっかりと構築し、シンプルにプレー。終盤も引き切らず、試合をコントロール。1-0で今季初勝利を挙げた。この勝利は、連敗を止めた以上の意味をもつ。
新しいスタイルと、これまでの土台。その両立が可能であることを、結果で示した一戦だった。ここから福岡は流れをつかみ、快進撃につなげていく。
7試合無敗が示した“進化の正体”
©︎ヒデシマ氏
神戸戦の勝利で流れをつかんだ福岡は、第4節から第10節まで7試合無敗(6勝1分)。勢いよく勝点を積み重ね、第10節横浜F・マリノス戦後、クラブ史上初となるJ1首位に立った。この快進撃を金監督は、こう振り返っている。
「キャンプやトレーニングマッチと公式戦は違う。蓋を開けてみればミスも多くなったし、失点の仕方も先に取られることがあった。今季アビスパの勝ち方が、浸透していなかった印象」。そこで指揮官が選んだのは、ゼロからの再構築ではなく、そこまでやってきたことの土台を生かしたうえでの修正だった。
「まず守備、シンプルにプレーすること。そこを少し微調整しながら進めた。大きく何かを振り切れるほど、チーム力が上がっていたわけではなかった」。
前線から奪いに行く姿勢は保つ。だが無理はしない。押し込めないときは、構えて耐える。奪った後は、手数をかけずに前進する。この整理が、チームに安定をもたらした。とくに顕著だったのが守備だ。最終ラインの距離感、ボランチの戻り、サイドのスライド。相手に主導権を握られる時間帯でも、「致命的な崩れ方」をしなくなった。そのうえで、セットプレーや速攻で確実に得点を重ねた。
第10節・横浜FM戦は、その集大成だった。ボールをもたれる時間は長かった。それでも慌てず、耐え、ワンチャンスを逃さない。逆転勝利は、内容と結果が初めて噛み合った象徴的な一戦となった。
「勝ちながらも、どこか不安はあった。これが自分たちの勝ち方だ、と示し切れたかというと、そうではなかった」と指揮官は語る。首位に立っても、完成形だとは考えていなかった。それでも、この7試合で得たものは大きい。新しいスタイルと、これまでのアビスパの土台。その両立が可能であることを、ピッチで証明した。福岡が首位に立ったのは、偶然ではない。
首位から一転、9戦未勝利で
突きつけられた課題
だが、第10節でクラブ史上初の首位に立った福岡は、その直後から厳しい現実に直面した。第11節アウェイ清水戦。1-3で敗れると、以降リーグ戦は勝利から遠ざかる。
そこから第19節東京V戦(0-0)まで、9試合連続未勝利。勝点は思うように積み上がらず、順位も徐々に後退。「上位に立ち続けるために必要なもの」を突きつけられた時間だった。
ルヴァン広島戦が残したもの
「原点回帰」と自信
苦しいリーグ戦のさなか、ルヴァンカップでの広島戦が1つの光になった。第1戦で勝利し、第2戦はPK戦で惜敗。タイトルを目指すうえでは届かなかったが、金監督は「一球の重み、1つひとつのプレーの重みがいかに大事か、突きつけられた」と語る。そして何より、広島戦はチームの姿勢を取り戻す機会になったという。
「チャレンジャー精神をもちながら『我々の姿』をもう1回、原点回帰した」と金監督は、この試合の重要性を振り返った。リーグで勝てないなかでも、やっていることの方向性は間違っていない。その確信が、次の勝利へつながっていく。
岡山戦を境に再び負けなくなった
首位から一転、リーグ戦で9試合勝ちのなかった福岡は、第20節・アウェイ岡山戦でリーグ戦10試合ぶりの白星を挙げた。決勝点を決めたのはDF安藤智哉。
この1-0の勝利が、流れを大きく変えるきっかけになった。ここから8試合負けなし。前節の東京V戦を含めれば9試合無敗。第19節から第27節までは3勝9分と、派手さはないものの、安定して勝点を積み上げていった。岡山戦は、今季の戦いのなかでのターニングポイントの1つに挙げられるだろう。
安藤智哉が体現した「支える力」
今季の福岡で存在感を示したのが、安藤智哉だ。岡山戦での決勝点だけでなく、シーズンを通して守備の軸としてチームを支え続けた。190cmの体格を生かした空中戦と対人の強さに加え、リーグ戦4得点。「点の取れるDF」としての価値を確立した1年だった。
岡山戦のゴールも、福岡が苦しい時期を耐え抜けた理由の一端を示している。その安定感と勝負強さが評価され、安藤は日本代表にも初選出された。アビスパ福岡から24年ぶりの代表入りという事実は、今季の福岡を語るうえで欠かせないトピックスだ。
碓井の加入がもたらした“変化の兆し”
岡山戦に続く第21節・新潟戦では、福岡は3-2で勝利し、リーグ戦2連勝。この試合で流れを引き寄せたのが、J2富山から加入したFW碓井聖生だった。移籍後初出場でJ1初ゴール。鮮烈デビューでインパクトを残した。決定力不足に悩んでいた攻撃陣にとって、碓井の存在は起爆剤となり、チーム内に新たな競争と勢いを生んだことも、この時期の安定につながった要因の1つだろう。
後半戦、少しずつ形になった上積み
中断期間明けの第25節では、アウェイ川崎F戦で5-2の快勝。名古新太郎が2ゴール2アシストと躍動し、25年ぶりの敵地勝利を手にした。安藤の勝負強さ。碓井という起爆剤。名古の攻撃面での推進力。1人ひとりの活躍が重なり合い、チームは「負けない」だけでなく、「勝ち切る試合」も取り戻しつつあった。
第28節柏戦から第32節広島戦
5連敗のなかで見えたもの
順調に勝点を積み上げてきた福岡に、突然ブレーキが…。第28節・柏戦から第32節・広島戦まで5連敗。シーズンを通しても、最も苦しい時間だった。
柏戦、G大阪戦、名古屋戦、FC東京戦、広島戦。いずれも試合の入りは悪くなかった。だが先に失点を許し、追いかける展開が続く。金監督は「内容は大きく悪くなかったが、最後の一押しが足りなかった」と振り返る。
この時期は、コンディション面の影響も大きかった。負傷者が相次ぎ、広島戦ではサブにGK3人が名を連ねるという異例の事態も。スタメンを想定していた選手が直前で外れ、試合前の修正を強いられる状況が続いた。それでも、チームは下を向かなかった。前に出る姿勢、主導権を握ろうとする意思は崩さない。
その苦境のなか、広島戦では、アビスパアカデミー出身のサニブラウン・ハナンがJ1初ゴールを記録。結果はともなわなかったが、未来につながる明るい兆しも見え始めた。
終盤の緊張感と残留を決めた勝点
第32節広島戦に負け5連敗後の福岡。順位表を見れば、一歩間違えれば残留争いに巻き込まれかねない位置。今季一番の緊迫状態で迎えた第33節・横浜FC戦。福岡にとっては、落とせば流れが大きく傾きかねない一戦だった。
その日は、クラブ創立30周年を記念したOB戦のスペシャルマッチも行われ、スタジアムは節目にふさわしい空気に包まれていた。クラブの過去と現在が交差するなかで、チームは踏みとどまり、湯澤聖人のゴールで勝利をつかんだ。この1勝が、再び足元を安定させた。
また第35節・ホーム湘南戦でも勝利。ここでJ1残留が確定。結果として、アビスパ福岡の25年シーズンは12位。決して順風満帆ではなかったが、クラブの絶対条件である「残留」をはたした。
ホーム最終戦のガンバ大阪戦では、ほぼ満員の観客のなか、チームの心臓として支えてきた松岡大起の今季ゴールで勝利。リーグ戦最終戦のアウェイ名古屋戦では勝利とはならず、結果12位で25年シーズンの幕が閉じた。26年もアビスパ福岡はJ1の舞台で戦うことになる。
次のフェーズへ 30周年、その先へ
26年、Jリーグは大きな転換点を迎える。秋春制への移行、百年構想リーグというイレギュラーな大会。
アビスパ福岡に課せられたテーマは明確だ。守備の安定と一体感という土台を守りながら、攻撃の再構築に踏み込めるか。結果と内容、その両立をどこまで突き詰められるか。25年は「現在地」を示した1年だったとすれば、26年は「次のフェーズ」へ進めるかどうかが試される1年になる。
アビスパ福岡がJ1に居続けることは、単なる成績の話ではない。福岡という街に、トップリーグのクラブが根を張り育成し、代表選手を輩出し、街と感情を共有し続けること。その意味は年々、大きくなっている。
博多の森をネイビーに染めたサポーターの熱量は、30年の歴史の積み重ねそのものだ。クラブがそこにあり続けること。創立30周年を超えた今、アビスパ福岡は「生き残るクラブ」から「存在意義を問われるクラブ」へと歩みを進めている。26年は、その問いに答えを示すシーズンとなる。
次のフェーズへ──。アビスパ福岡の物語は、まだ続いていく。
【森田みき】








