「第2の実家」を美祢につくる 農泊「つばめのお宿」に込めた堀川壽美氏の思い

つばめのお宿

 山口県美祢市の静かな集落に、古民家を再生した農泊施設「つばめのお宿」がある。運営するのは、(一財)DEVNET INTERNATIONALに勤めながら、同地で新たな暮らしと事業に挑む堀川壽美氏だ。かつては関東で子育てをしながらインターネット事業で自立の道を切り拓いた。還暦過ぎて選んだのは、都会のマンションではなく、縁の豊かな地方の古民家だった。堀川氏に、美祢市での挑戦と「第2の実家」に込めた思いを聞いた。

古民家再生への転機

 ──広島の都会で育ち、長く関東で暮らしてこられた堀川さんが、なぜ山口県美祢市で農泊施設を運営することになったのでしょうか。

堀川壽美 氏
堀川壽美 氏

    堀川壽美氏(以下、堀川) 私は広島駅に近い場所で育ち、結婚後は夫の転勤で東京や関東に20年ほど住んでいました。当時は3人の娘を育てる専業主婦で、家事と育児に追われる毎日でした。社会との接点はほとんどなく、自分で何かを始めるという感覚もありませんでした。

 しかし、家庭の事情から自立しなければならなくなり、インターネットが広がり始めた時期に、ブログやネットショップを始めました。それが私にとって大きな転機でした。個人事業主として収入を得ながら、子どもたちを育て、自立させることができました。

 ただ、還暦を前にして、「ただ稼ぐためだけの仕事」に限界も感じていました。そんなときに、DEVNET INTERNATIONALの明川文保総裁との出会いがありました。美祢市は明川総裁の故郷であり、「この空き家を何とかしたい」という思いをもたれていました。そこで、単なる移住ではなく、女性の起業支援のモデルケースとして、この古民家を再生し、自立した運営を目指す挑戦が始まりました。

稼ぐ仕事から「恩送り」へ

 ──ネットショップで「稼ぐ楽しさ」を経験された後、意識はどのように変わっていったのでしょうか。

 堀川 個人でもできる魅力的な仕事でしたが、流行の変化も早く、常に数字を追いかける日々でした。もちろん、それによって生活を支える力を得ることはできました。ただ、DEVNETを通じて、国連の活動や世界的な視野を持つ方々と出会うなかで、「自分のために稼ぐ段階は終わったのではないか」と思うようになりました。

 私はこれまで、本当に多くの人に助けられてきました。だからこれからは、その恩を社会や次の世代に返していきたい。私はそれを「恩送り」だと思っています。その器になる場所が、この古民家でした。

 ──農泊施設の運営も、単なる収益事業とは少し違うのでしょうか。

 堀川 そうですね。最初は「インバウンドでどう収益を上げるか」という発想もありました。しかし、実際にここで暮らしてみると、お金だけでは測れない価値がたくさんあることに気づきました。

 近所の方が野菜の種やお米をくださったり、家の片付けを手伝ってくださったりします。都会では忘れかけていた助け合いが、ここでは自然に残っています。お金を払う、払わないという関係だけではなく、互いに支え合う関係のなかに本当の豊かさがあると思うようになりました。

荒れた古民家から始まった

 ──最初に古民家に入ったときは、かなり大変な状態だったそうですね。

 堀川 正直にいうと、最初は「ここに1人で寝るのは怖い」と思いました。長く手付かずだった家のなかは不用品でいっぱいで、臭いもあり、外は草木が伸び放題でした。

 最初のころは、近くにある別の古民家の離れに居候させてもらいながら、週末ごとにこの家に通いました。木を切り、草を刈り、山のような荷物を運び出すところからのスタートでした。トイレも昔ながらの汲み取り式だったので、浄化槽に変えるなど、現代の生活に合うように整える必要もありました。

 ──その作業を「おままごとの置き場づくり」と表現されています。

 堀川 片付けをしていると、奥の方から明治や大正時代の美しい食器がたくさん出てきました。それを1つひとつ磨いて並べていくと、ただ掃除をしているというより、古いものにもう一度命を吹き込んでいるような感覚になったんです。

 子どものころに夢中になった「おままごと」のように、少しずつ場所を整えていくのが楽しくなりました。最初は人が座れる場所もありませんでしたが、片付けるたびに人を迎えられる空間が増えていく。その変化がうれしかったですね。

「お心」でつながる宿

つばめのお宿
つばめのお宿

    ──今年4月、簡易宿所・農泊として許可を取得されました。価格設定にも葛藤があったそうですね。

 堀川 事業計画上は1泊7,000円という料金を設定しています。公庫から融資も受けていますので、事業として成り立たせることは大切です。

 一方で、娘がInstagramに写真を載せたことをきっかけに、友人や知人から「行ってみたい」と連絡をもらうようになりました。そのときに、友人から一律に宿泊料をいただくことに少し違和感がありました。娘からも「ママ、友達からもお金を取るの?」と言われて、考えさせられました。

 そこで思いついたのが「お心」というかたちです。宿泊料とは別に、応援したいと思ってくださる方が、その気持ちを一口応援金のように包んでくださる。お寺のお布施に近い感覚かもしれません。

 ──単なる宿泊客ではなく、一緒に場所をつくる仲間という位置づけですね。

 堀川 そうです。ここにきた方とは、一緒にピザを焼いたり、庭の手入れをしたりすることもあります。そうすると、単に泊まりにきた人ではなく、この場所を一緒につくってくれる仲間になっていくんです。

 もちろん経営としての収支は大事です。ただ、それ以上に、ここで生まれる信頼関係を大切にしたいと思っています。消費するだけの関係ではなく、共につくる関係。それが「つばめのお宿」らしさだと思います。

「第2の実家」を目指して

 ──「第2の実家」という言葉には、どのような思いを込めているのでしょうか。

 堀川 2年前に、広島にあった母の実家を売却しました。そのときに、「帰る場所がなくなる」という寂しさを強く感じました。都会で暮らしていると、何かあったときに自分は本当に生きていけるのかという不安があります。

 でも、ここに来れば「食べて寝る場所はある」と思える。そういう安心できる場所をつくりたいのです。誰かにとっての第2の実家になれたらいいと思っています。

 ──今後は田畑も本格的に管理される予定だそうですね。

 堀川 2年後には、田畑を本格的に管理する契約もしています。お米や野菜を自給できる体制を整えていきたいです。

 これからの日本や世界を考えると、食の自給はとても大切だと思います。都会のマンションだけにこだわるのではなく、地方で人と助け合いながら、自分たちで食べ物をつくる。その姿を、まず私自身がモデルケースとして示したいと思っています。

 さらに、DEVNETを通じて、この場所がアジアや世界の人たちともつながる交流拠点になれば、新しい知恵や循環が生まれるのではないかと期待しています。

誰もが帰れる場所に

 ──最後に、「つばめのお宿」をどのような場所にしていきたいですか。

 堀川 お金ではない何かを返し合いながら、人と人が交わっていく場所にしたいです。もちろん宿泊施設としての運営はありますが、それだけではありません。

堀川壽美 氏    来た人が「ただいま」といえて、迎える側が「おかえり」といえる。そんな温かい場所にしたいですね。便利さや効率だけを追いかけるのではなく、人が安心してつながれる場所を、美祢の自然のなかで育てていきたいと思っています。

 「つばめのお宿」は、古民家を再生した農泊施設であると同時に、堀川氏自身の生き方を映した場でもある。稼ぐことから、支え合うことへ。消費する関係から、共につくる関係へ。山口県美祢市の小さな古民家で始まった挑戦は、地方における新しい暮らしと事業のかたちを示している。

【内山義之】


<プロフィール>
堀川壽美
(ほりかわ・すみ)
1962年8月18日、広島市出身。大学にて児童教育・障害児教育を専攻。四国、関東圏での約20年にわたる専業主婦生活を経て、個人事業主としてインターネット事業を立ち上げ自立。2024年、山口県美祢市へ移住し、(株)未来夢工房を設立。26年、空き家を再生した農泊事業「つばめのお宿」を開始。

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