縄文アイヌ研究会 主宰 澤田健一
前回は弥生時代に入ると戦争が始まったことを書きました。江南地方から水田稲作の技術を持ち帰った縄文人が、北部九州から日本各地に大水田を広げていきました。それに対して、大規模な森林伐採に反対した人々が水田集落を攻撃し始めたのです。
古事記や日本書紀では、水田開拓を進めるアマテラスと反対するスサノオの対立構図を、物語として伝えています。つまり水田稲作を受け入れるかどうかで、日本国内に争いが起こり始めました。
その後も、日本への外来の技術や文化の移入に対して、論争・対立が起こります。朝鮮半島からの大量移民、文字文化、仏教、西洋文明、これらの受容に際して大きな抵抗が起きています。結果として日本は、常に新しい道を選択して大成功を収めてきました。それは間違いありません。
しかし、そうだったとしても、すっかり西洋化してしまったとしても、日本人本来の感覚を失ってしまったわけではありません。自然と一体となって、自然に感謝しながら暮らしていた縄文人の精神は必ず残っているはずです。現代日本人でも、自然に対する畏敬の念は保ち続けています。そう思うのは私だけではないでしょう。そこで、「20世紀後半の思想界をリードした、知の巨人」と評されるクロード・レヴィ=ストロースの言葉を見ていきます。
レヴィ=ストロースはフランスの著名な社会人類学者であり民族学者です。日本を非常に高く評価しており、縄文文化を単なる考古学的な史料としてではなく、人間が自然と向き合うなかで生み出した普遍的な芸術と精神性の結晶として再評価する流れに大きく貢献したとされています。
そして、日本文明の深層に「縄文精神」が息づいていることを高く評価していました。古今東西、世界中を見渡しても、1万年以上も戦争がない平和な社会を築いたのは日本の縄文時代をおいてほかにないのです。日本の縄文精神は、世界に比類なきものだと賞賛しています。
その学者の言葉を、少し長くなりますがご紹介します。これは『月の裏側――日本文化への視角』(中央公論新社)からの引用です。
【もし、日本文明が、伝統と変化のあいだに釣り合いを保つことに成功するならば、そして、世界と人間のあいだに平衡を残し、人間が世界を滅ぼしたり醜くしたりするのを避ける知恵をもっているならば、つまり、日本文明の生んだ賢者たちが教えたように、人類はこの地球に仮の資格で住んでいるにすぎず、その短い過渡的な住居は、人類以前にも存在し、以後にも存在し続けるであろうこの地球に、修復不能な損傷を惹き起こすいかなる権利も人類に与えてはいない、ということを日本文明が今も確信しているならば、もしそうであれば、この本が行き着いた暗い展望が未来の世代に約束された唯一の展望ではない(少なくとも世界の一部においては)という可能性を、微かにではあれ、私たちはもつことができるでありましょう。】
簡単に要約すると、今のままでは人類の展望は非常に暗いものであるが、それを明るいものに変える力を、唯一、日本文明だけがもっていると解説しているのです。2009年に亡くなっていますが、生前の日本人に対する遺言ともとれる言葉を見てみましょう。出典は同じく『月の裏側』です。
【おそらくすべての国のなかで日本だけが、過去への忠実と、科学がもたらした変革のはざまで、これまである種の均衡を見出すのに成功してきました。(中略)日本の人々が、過去の伝統と現在の革新の間の得がたい均衡をいつまでも保ち続けられるよう願わずにはいられません。それは日本人自身のためだけに、ではありません。人類のすべてが、学ぶに値する一例をそこに見出すからです。】
この前半はレヴィ=ストロースの視角から捉えた日本文明の説明であり、中略以降が日本人に向けたメッセージであり、遺言です。現代日本は最先端の技術分野でも先頭集団を走っていますが、それだけではなく、過去の伝統との間の得がたい均衡をいつまでも保ち続けてほしいと願っているのです。
そして、それは人類のすべてが学ぶに値する一例なのだと説明しています。極言すると、日本文明だけが世界を救う力をもっているのです。こんなことを日本人の口から発すると、必ずや大きな反発が起きそうですが、これはフランスの学者の言葉です。それほど日本文明に期待しているのです。そしてその日本文明の深層には「縄文精神」が息づいているとしているのです。
縄文時代が終わるまで、日本国内には戦争の痕跡が見られません。縄文時代の暴力による死亡率は約1.8%であり、同時期の他地域の一般的平均10~15%程度、高い地域や遺跡では30~60%と比較すると、圧倒的に少ないのです。
明治期のアイヌの記録でも、仲間の矢に刺さって死んだ例があります。狩猟の最中にはどうしても不慮の死は発生します。さらには、先史時代の暴力死の遺骨の状態にも違いがあります。日本のものは矢が刺さった程度ですが、海外のものは首が無かったり、手足が無かったりします。つまり海外のものは戦争による死亡であることが確認できます。日本のものは恐らく狩猟中の不慮の事故が原因でしょう。
その戦争がない社会を1万年以上も続けていたのです。この期間はさらに長いものだと考えられます。日本列島へのホモ・サピエンス上陸は約4万年前となり、弥生時代の始まりは早い地域で3千年前となります。そうすると、日本列島は4万年近くも戦争をしない、平和で持続可能な社会であったことになります。
これほどの長期間にわたり戦争がない、平和な社会を実現できたのは、日本の先史時代から縄文時代しか世界中に例がないのです。だからこそレヴィ=ストロースは日本の過去の伝統、「縄文精神」をいつまでも保ち続けてほしいと祈っていたのでしょう。すっかり西洋化してしまった現代日本人でも、本当の西洋人から見れば、やはり違って見えるのでしょう。
いま世界中からの訪日客が増えています。そのなかから、日本の清潔さ、日本人の優しさや礼儀正しさを発信する人も増えています。まだまだ世界を変えるような力を発揮しているわけではありませんが、ほんの僅かでも良い影響を与えているのは間違いなさそうです。そうした日本人の深層にある「縄文精神」をいま一度、私たち日本人自身が見つめ直すことが必要ではないかと、ささやかな提言をして締めくくりとさせていただきます。
戦争が無かった縄文時代の平和な精神を蘇らせることはできるでしょうか。
レヴィ=ストロースの願いは日本人に届くでしょうか。










