青山英明
中国の改革開放から48年が過ぎ、現代中国の起業家、いわゆる「富の第一世代」は、成功後の引退と承継を問われる時期に入った。事業が成長するほど、会社は創業者の人格を帯び、その判断力と求心力に依存する。創業者はいつ、どのように退き、本人の価値観や経営の型を組織の制度へ移すのか。『史記』の「貨殖列伝」に記された豪商・范蠡を比較の手がかりとし、現在の中国でその経営手法が注目されている地域小売チェーンである「胖東来」の于東来が進める権限、富、理念の承継プロセスを検討してみたい。
「貨殖列伝」と范蠡
「貨殖列伝」は『史記』の一章であり、物産、価格、農工商、財貨の移動を通じて、富を求める人間と社会の動きを描いている。「天下熙熙、皆為利来。天下攘攘、皆為利往」とあるように、人々が集まり、各地を往来するのは利益を求めるためである。史記の著者・司馬遷は富の追求を否定せず、地域ごとの過不足が交換と交易を生む現実を正面からとらえた。その中で利益の追求の代表格として挙げられた人物が、范蠡である。もとは越の王・勾践を補佐して会稽の恥を雪ぎ、呉の国を破った范蠡はその後、国政に用いた策を稼業へ転用しようと考えた。越を去って名を変え、斉の国をへて、物資の集まる陶の地で陶朱公と称して商いを営んだ。
陶朱公(范蠡)は19年間に三度、巨万の富を築き、二度にわたり貧しい友人や親族に財を分けあたえたとされる。晩年には家業を子孫に委ね、子孫は承継の後、発展もさせたとされる。
後世では、范蠡が手放したのは富を生む能力ではなく、越における官位と政治的地位であり、時勢を読み、場所を選び、人を用い、財貨を動かす力を別の領域へ移したと評される。すなわち、同氏は権力からの引退、能力の転用、富の配分、家業の承継を1つの生涯で示したとされる。
中国の地方小売企業・「胖東来」
この范蠡の退き際は、現代の中国企業の「胖東来」と重なる。
「胖東来」は、于東来が1995年に創業した地域密着型小売企業である。たばこ、酒、日用雑貨を扱う個人商店から、スーパーマーケット、ショッピングセンター、商業管理へと事業を広げた。イーコマースやライブコマース、安売り競争が中国の小売業を揺さぶるなか、中国にあって内陸部の地方都市である河南省の許昌市と新郷市をベースに、商品管理、接客、返品対応、店舗の清潔さ、従業員待遇を文字通り「重視」して中国全土から注目を集めた。
同社の2024年の売上高は169.64億元(約3,959億円相当)、納税額は6億元超、利益は8億元超、従業員の平均月収は9,000元を超えたとされる。25年の売上高は235.31億元(約5,487億円相当)、26年上半期は145億元に達したという。全国展開しないと公言する地域企業でありながら、売上と影響力は拡大している。
于東来は、企業の中核は社会責任と社会的価値の「実践」にあるとして、スケールメリットや創業者一族の利益だけを過度に追求しないと繰り返し述べてきた。上場と全国出店には、否定的な姿勢を示している。
規模ではなく関係を育てる経営
「胖東来」は于氏が公言した通り、従業員に業界水準を上回る給与、休暇、教育機会を提供し、一部商品では原産地、仕入価格、粗利益率などを示して販売過程の透明性も高めてきた。仕入先との安定した関係を重視し、物流業者に無償で仮眠所と飲食を提供し、永輝超市など同業他社の店舗改善も支援している。
中国全土への進出をしない代わりに、経営方法や商品知識を他社へオープンソース化することで影響力を広げたとみることができる。店舗数や市場占有率ではなく、従業員の能力、顧客の信頼、商品管理、現場の判断力を育てることを成長とする価値観が近年、形となって現れた。
さて「史記・貨殖列伝」は富を否定しない一方、富を得た者がそれをどう用いるかも指摘している。范蠡について記された「富好行其徳」は、財を周囲へ分け、関係と信用など徳を重んじたとされる。
「胖東来」は、利益を従業員待遇、顧客サービス、取引先、地域社会へ振り向けてきた。従業員の安定は商品管理と接客を支え、顧客の信頼は価格以外の購買理由となる。利益の配分が、企業ブランドと収益を再生産している、と読むことができる。
単独後継者に依存しない承継
于東来は26年2月末付で退職して顧問へ移り、日常業務を「胖東来」の決策委員会へ委ねると表明した。氏が創業31年、60歳を迎える時期での、引退表明である。氏の息子も社内にいるが、二代目へ事業を集中承継させないとしている。
創業者の強い判断は、創業期の企業の成長を促す。しかし企業が一定規模に達すると、すべての判断を1人に依存することが持続性を損なうと指摘する経営学者もいる。「胖東来」では、店長以下の日次輪番、業態別総経理の月次輪番、グループ総経理の四半期輪番などが試みられてきた。そのうえで、決策委員会は、家業でありながら、経営権限を1人の後継者ではなく複数の幹部へ移す構想に基づくものとみられる。
従業員が管理職を評価する評議制度も、08年から毎年4月と10月に実施されてきた。26年4月の評議では、管理職19人の降格と1人の免職が決まった。新制度の開始ではなく、従業員評価を人事へ反映する既存制度が実際に機能した事例である。
一方で26年2月時点の法人情報では、于東来はなお法定代表人、董事長であり、株式の約7割を持つ実質支配者と報じられた。日常経営を委員会へ渡すことと、所有権や最終的な意思決定を手放すことは同じではないようである。意見が割れたときに誰が最終責任を負うのか。顧問となった氏が事実上の最終決定者として残らないか、と疑問視する声もある。
さらに26年7月23日、于東来は建設中の大型複合施設「夢之城」を3年以内に開業する構想を自ら発信した。引退表明後もブランドの将来像を語ることは、完全な離脱ではなく、象徴的指導者として関わりながら権限を移す過程にある、ということか。
富の配分から企業資本の共有へ
また于東来は26年3月、同社の資産分配構想を詳細に公表した。グループ従業員は1万194人、総資産37.93億元(約796億円相当)超とされ、氏個人の持ち分のうち、管理層や技術チームに約52%、現場の従業員に約48%の配分で分配する意図が示された。資産は会社の資本として残すが、毎年の純利益の半分をチームへのボーナス、残りを株主収益へ振る方針も説明された。
これは、「富を分ける」という理念を「具現化する」動きであるように見られる。給与や福利厚生にとどまらず、ストックオプションや配当を、全従業員へと広げる試みである。現代中国の「富の第一世代」にあっては、極めて異例な動きとされる一方で、富を創業家へ集中させず、富を生み出す関係と力を組織内に残そうとしていると分析する声も多い。
歴史上の人物である范蠡は越の政治権力圏を離れ、別の土地で商業を興し、晩年には家業を子孫へ委ねた。于東来は企業の内部に富を残し、それを従業員と経営陣が全員で参加し、ブランドを支える仕組みに変えようとしている。前者は政治から商業への転身の後に行われた家業承継であり、後者は資本配分を通じた組織承継であるとみることができる。
企業から政策へ広がる「胖東来経験」
26年7月9日、中国の実業界、学界で注視されてきた「胖東来」は、ついに行政機関に言及される。中国商務部は9部門の見解をまとめた「小売業の革新的発展を加速することに関する意見」を発表。「スーパーやコンビニエンスストアが『胖東来』などの経験を学び、商品・サービスの品質とサプライチェーン管理を高めるべき」と同社を評価した。同社の立ち位置は、異色の民営企業から、中国の小売業が経営転換を図る際の公的なベンチマークへ移ったことを示しているといえよう。
もっとも、他社がマネしやすいのは、返品対応、商品表示、売場改善、休暇制度など可視化された部分である。利益と権限をどこまで従業員へ分けるか、創業者の影響力をどう制約するかという企業統治の部分まで再現できるかはなお注視すべき事項である。「胖東来の経験」が広がれば広がるほど、制度として移せる部分と、于氏個人の人格と信用に依存する部分を分けて観察する必要がある。
権力からの離脱と現代中国の事業承継
范蠡と于東来は、時代も立場も異なる。一方で、成功後も地位や富を独占せず、自らが蓄積した能力、権限、財を次の段階へ移そうとした点では共通している。ただし、現在進行形にある後者では、成否は引き続き観察する必要がある。業績悪化時にも待遇と利益配分を維持できるのか。決策委員会が于氏の判断を追認するだけの機関にならず、独自に責任を負えるのか。登記上の支配権と従業員の経済的参加を、どのような制度として定着させるのか。「胖東来」の動向は、創業者の美談ではなく、理念、権限、富を制度へ移す事業承継の試みとして、一定の距離を置いて見る必要がある。
広く見れば、この種の動きから、現代中国の民営企業が創業者世代から次世代への承継期に入りつつあると見ることができる。日本では、創業者が高齢となった後も会長や相談役として実権を保持する事例が少なくない。一方の中国では、宗廟や宗族に由来する家と財の継承観念が、外部環境の変化を越えて社会の底流に残っている。そのことが企業承継の時期にどこまで影響しているかは、なお検証を要する。長江グループ、カントリーガーデン、そして比較的若い部類に入る今般の「胖東来」の事例からも、少なくとも民営企業の創業者世代には、日本より早い段階から事業を次代へ渡すことを意識する傾向があるように見受けられる。
司馬遷『史記』巻四一「越王勾践世家」。
「胖東来二〇二四年交卷:一七〇億元営収、八億元利潤」『二一世紀経済報道』、25年1月8日。
「胖東来二〇二五年銷售額二三五億元、創始人曾回応称没有上市規劃」『二一世紀経済報道』、26年1月1日。
「永不上市、最高管理層六十歳前引退権力崗位」『央広網』、26年2月14日。
「于東来退休、胖東来会交到誰手里?」『界面新聞』、26年2月12日。
「于東来退休幕後:三年放権、永不上市、接班人須六十歳退休」『界面新聞』、26年2月14日。
「胖東来披露近四十億資産分配方案、八成員工拒絶『降薪増假』」『二一経済網』、26年3月9日。
「胖東来分光四十億?于東来没你們想的那麼傻白甜」『虎嗅』、26年3月16日。
「胖東来十九名管理人員被降級、1人被免職」『鳳凰網科技』、26年5月7日。
「商務部召開加快零售業創新発展専題新聞発布会」中国商務部、26年7月9日。
「于東来連発六条動態、称『胖東来夢之城』将在三年内開業」『極目新聞』、26年7月23日。
肖勇波・趙翠・孔徳梅・王海黎・程相民・王剛「胖東来:践行企業社会責任、重塑零售価値鏈」清華大学経済管理学院、2025年4月7日。
「永輝超市“大変身”:学習胖東来、全国百店煥新」『新京報』、25年6月17日。
<プロフィール>
青山英明(あおやま・ひであき)
一帯一路日本研究センター研究員、南京大学博士課程在学中。南京大学「一帯一路」研究院首席専門家・于文傑に師事し、地政学的ロジックを一次史料に基づく解析で、海のシルクロードと「一帯一路」構想の構造的共通項が、現代の意思決定に与える示唆を研究テーマとする。
実務面では、2007年より香港、蘇州、上海、北京の主要4都市に12年間駐在。証券・PEファンドの立場から、中国経済の変遷と資本論理を現場レベルで一貫して経験した。現在、北京語言大学の非常勤講師として「日中間のビジネス事情」を担当。同時に、中国企業の日本パートナーとして隔月での現地往来を継続しており、企業のハンズオン支援やスタートアップ投資を通じて、現地の最新の意思決定プロセスに直接関与している。








