不動産テック特化シンクタンク設立 事業領域拡大がAI時代の競争力

「AIによる産業構造変化、拡張する事業ケイパビリティ」をテーマにした座談会の様子
「AIによる産業構造変化、拡張する事業ケイパビリティ」を
テーマにした座談会の様子

 不動産・建築分野のAI実装など不動産テック特化型のシンクタンク「つくる総合研究所」(以下、つくる総研)が、8月に設立された。所長には、不動産テック協会代表理事も務める巻口成憲氏が就任。9月9日、設立記念イベントが都内で行われ、その設立趣旨と活動方針を巻口所長が説明した。また、AIによる不動産業界の産業構造変化と拡張する事業ケイパビリティ(実行能力)をテーマに、座談会を実施。つくる総研に対して、不動産流通全体の活性化を推進するリーダーシップや、これからのまちづくりの在り方を変革することへの期待感が示された。

AIで業務つなげる

説明するつくる総合研究所の巻口成憲所長
説明するつくる総合研究所の巻口成憲所長

    設立記念イベントでは、巻口所長がAIを単なる業務の効率化に使うのではなく、企業がこれまでできなかった仕事を可能にし、事業領域を広げるために活用することが重要だと説明した。巻口氏は、AIを使いこなすうえで最も重要なのは、「業務知識、業界知識、ドメイン知識」だと指摘。AIに何を指示すべきかを判断し、出力された結果が正しいかを確認するには、現場の仕事を理解していることが不可欠だとした。

 一方、AIによって中堅・管理職の生産性が高まるほど、若手社員が経験を積む機会が減るという課題も指摘。短期的な生産性向上と、将来の人材育成を両立させる必要があるとした。また、個々の作業を速くするだけでは、AIが普及した段階では企業間の差になりにくいと強調。重要なのは、AIを前提に仕事の進め方そのものを見直し、人が判断すべき仕事に集中できる仕組みをつくることだという。

 不動産業界では、土地所有者、仲介会社、デベロッパー、設計会社、建設会社、金融機関などが、それぞれ別々に情報を扱ってきた。AIを活用してこれらの情報をつなげれば、従来は専門家に依頼していた分析を社内で行ったり、隣接する業務領域まで対応したりすることが可能になる。巻口氏は、こうした「企業ができることの拡大」こそ、AI時代の競争力になると語った。

 同研究所は、毎月1~2本の分析レポートをホームページに公開。不動産・建築・金融の知識とAI技術を組み合わせ、企業ごとの業務改革や新たな事業展開を支援するとした。

 続いて、つくるAI(株)の代表取締役・新谷健氏が、産業構造変化テクノロジーについて説明。土地情報や建物データを活用して、建築可能な建物の規模を短時間で算出するサービス「ボリュームチェック」などを紹介し、土地の価格や建築費、収益性を組み合わせ、事業として成立するのかを素早く判断できる仕組みを説明した。

顧客と向き合う時間増やす

 座談会では野村不動産ソリューションズ(株)の常務執行役員・林陽平氏が加わり、巻口所長と新谷氏の3人で進行した。

 司会を務めた巻口所長は、まず現場の視点として、現在AIエージェントが自社や産業自体の何をどのように変えようとしているのかについて、質問した。設計、建設、不動産開発、仲介、金融などでは、それぞれに専門性があり、企業間を情報や業務が行き来することで事業が成立。しかし、AIによって各社が扱える情報量や業務範囲が広がれば、こうした「産業間の接触面」がなくなっていく可能性があると指摘した。

座談会に参加した野村不動産ソリューションズの常務執行役員・林陽平氏
座談会に参加した
野村不動産ソリューションズの
常務執行役員・林陽平氏

    この変化について林氏は、AIエージェントの普及が、不動産仲介への参入障壁を下げる可能性を指摘した。野村不動産ソリューションズでは全社員への生成AIの導入を進める一方、専門部署でAIを活用した業務の試作への取り組みを行っていることを言及。これまで仲介業務では、物件情報の収集などをデジタル化しても、最終的な顧客対応には営業担当者が必要だったが、AIが営業担当者に近い水準で情報提供や顧客対応を担えるようになれば、少人数で仲介事業を展開する企業や、AIを得意とする異業種からの参入も考えられるという。

 新谷氏は、こうした構造変化を技術の側面から説明した。AIによってプログラム開発が大幅に速くなり、これまで一部の社員がExcelなどでつくっていた仕組みを、本格的な社内システムへ発展させることも容易になっているという。さらにAIは、大量の社内文書や会話、取引情報などを横断して扱えるため、人間が1つひとつ確認していた情報をAIが整理することで、意思決定の方法そのものを変えられるとした。

つくるAIの代表取締役・新谷健氏
つくるAIの代表取締役・新谷健氏

    巻口氏が示した「業務範囲の拡大」について、新谷氏は土地の収益性や建物の規模など、これまで専門家が時間をかけて行っていた計算もAIによって高速化できると説明。一方で、実際に建物を建て、資金を調達し、事業を進める段階では、人や企業との関係が欠かせないと指摘した。計算や情報処理がAIに置き換わるほど、信頼できる施工会社や金融機関など、実行を担うパートナーを見つける力の重要性が高まるという。

 林氏も、AIの役割は人間の仕事を奪うことではなく、人が本来注力すべき仕事に時間を振り向けることにあると指摘した。デジタル化によって情報処理は効率化した一方、営業担当者の業務量が増えた面もある。AIでデスクワークを減らし、顧客と直接向き合う時間を増やすことが重要だとした。

組織横断での活用重要

 こうした変化のなかで、巻口氏は組織の在り方について言及。林氏は、デジタル関連の要員、とくにAI専門チームを強化するとともに、2,000人規模の組織では「会社全体のデータ資産をどう活用するか」という視点が不可欠だと指摘。単なる人員削減や業務効率化を目指すのではなく、縦割り組織を横断して全社のデータを活用する体制が重要になるとした。

 巻口氏は、各部署が個別にAIを導入することで、同じような仕組みを重複してつくる「野良AI」が生じる問題を指摘。グループ全体を見渡し、どの部署にどのAIを配置するかを判断する「オーケストレーション(指揮者)」の役割が必要になると述べた。また、職種の境界が薄れれば、仕入れからプラン策定、契約までを1人で担うプレーヤーが増える可能性にも言及した。

 林氏は、実際にボリュームチェックツールを導入したことで、営業担当者自身が土地のボリュームチェックまで行えるようになったと説明。さらに、仲介後も顧客との関係を継続するLTV(顧客生涯価値)の視点から、金融や相続支援、見守りなど、顧客ニーズを起点としたサービスの一体化が進むとの見方を示した。

 新谷氏は、大規模組織では社内情報を人が伝達すること自体が、ボトルネックになると指摘。文書や会話、地図、測量、取引データなどをAIが横断的に扱うことで、情報確認の速度を高められるとした。巻口氏も「不動産業は情報流通業」とし、情報の流通を妨げる壁を取り除くことが業界のスピード向上につながると述べた。

 競争優位性について林氏は、AIと人の役割を明確にしたうえで、人材育成と顧客対応力が重要になると指摘。新谷氏は、生成AIを補完する技術、独自データ、ネットワーク効果の3つを差別化要因として挙げ、生産性向上を最終的な顧客価値につなげることが重要だとした。


<プロフィール>
桑島良紀
(くわじま・よしのり)
1967年生まれ。早稲田大学卒業後、大和証券入社。退職後、コンビニエンスストア専門紙記者、転職情報誌「type」編集部を経て、約25年間、住宅・不動産の専門紙に勤務。戸建住宅専門紙「住宅産業新聞」編集長、「住宅新報」執行役員編集長を歴任し2024年に退職。明海大学不動産学研究科博士課程に在籍中、工学修士(東京大学)。

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