交通の要衝であり
生活利便性にも優れる
福岡県糟屋郡粕屋町──。西側が福岡市、北側が福岡市と久山町、東側が篠栗町と須恵町、南側が志免町と隣接し、糟屋郡7町のなかでほぼ中央に位置している町である。
町内は東西方向にJR福北ゆたか線(篠栗線)が、南北方向にJR香椎線が貫き、2つの路線は長者原駅で交差し、同駅での乗り換えも可能。長者原駅のほかに、福北ゆたか線の柚須駅、原町駅、門松駅、香椎線の伊賀駅、酒殿駅の計6駅が立地しており、駅を起点とした開発が進んできた。
また、九州自動車道の福岡ICや福岡都市高速道路の粕屋出入口を有するほか、国道201号や筑紫野古賀線(県道35号)、福岡篠栗線(県道607号)、そして福岡東環状線が通っていることで道路インフラも充実しており、交通の要衝となっている。さらに2026年5月には、都市計画道路「粕屋久山線」も開通。福岡市東区の土井や八田方面からのアクセスも各段に向上した。
14.13㎞2の町域のほとんどは平野部で占められ、極端な高低差もあまりなく、田畑も多く残っていることから、都市近郊農業も行われている。また、交通利便性の高さから、町の北部エリアでは流通関連を中心とした開発も進んでおり、福岡市東区多の津の福岡流通センターなどと連続したかたちで、物流関連施設が集積している。
隣の志免町との町境付近には大型商業施設「イオンモール福岡」があるほか、県道607号や福岡東環状線などの沿線を中心として、スーパーやディスカウントストア、ドラッグストア、飲食店舗などの多種多様なロードサイド店舗が多数出店。買い物を中心とした生活利便性にも優れている。
町のシンボルとなっているのは、筑前三大大池の1つである駕輿丁(かよいちょう)池の周辺一体を整備した広大な「駕与丁公園」である。また、周辺には粕屋町役場をはじめ、総合体育館「かすやドーム」、生涯学習センター「サンレイクかすや」、子育て拠点施設「かすやこども館」、町立図書館・歴史資料館「粕屋フォーラム」などが集積。町民の憩いの場と公共施設とが近い位置関係にあるほか、JR長者原駅も徒歩圏内にあり、実質的にも地勢的にも、このエリアが町の中心部となっている。一方で、町の西部、福岡市東区との境界近くのJR柚須駅周辺エリアには、マンションを中心とした多くの住宅とともに、企業事務所や工場なども多数立地。そのため柚須駅は、朝夕とも多くの乗降客が利用する、町内で最も利用者の多い駅となっている。
単独市制昇格目指すも
人口の伸びは鈍化傾向に
その粕屋町は1957年3月31日、大川村と仲原村が新設合併して誕生したのが始まりだ。もともとこの地は、かつて糟屋郡南部一帯に広がっていた糟屋炭田の一角であり、石炭産業で栄えた歴史をもつ。町の南東端部分には、須恵町・志免町との3町の境界にまたがるかたちで炭鉱の名残といえるボタ山が存在しているが、うっそうと木々や草が生い茂り、もはや自然の山と見分けがつかなくなっている。64年の国鉄・志免鉱業所の閉山後、粕屋町内にあった炭鉱跡地は主に工業団地へと転用。そして町としては、前述したように優れた交通利便性が着目されたことで、福岡市内への通勤・通学に便利なベッドタウンとしての発展を遂げていった。
町制施行直後の58年3月末には2,180世帯・1万1,607人だった町の人口は、76年3月末には6,365世帯・2万2,771人と人口2万人を突破。その後も右肩上がりでの増加を続けていき、96年3月末には1万995世帯・3万2,184人と人口3万人を突破し、11年3月末には1万7,128世帯・4万2,628人と人口4万人も突破した。以降も増え続け、20年には当初2030年ごろと見込んでいた人口4万8,000人を10年前倒しで達成。九州地方の町村のなかでは、人口トップとなっている。町の人口ピラミッドを見ると、40代~50代の働き盛りの世代が最も厚く、次いで20代~30代の若者・子育て世代が厚い構造となっており、60代~70代も相応にいる一方で、10代以下の子ども世代も多いという、全体的にバランスの取れた構造となっている。また、全国的に少子高齢化が進むなか、粕屋町では一貫して出生数が死亡数を上回る自然増の状態が続いており、若者・子どもの多い元気な町である。
こうした人口増を受けて、18年1月に単独市制を施行した福岡県那珂川市の事例なども含めて、町では市制施行に関するメリット・デメリットなどの研究を進めてきた。そして市制施行のメリットとデメリットを比較して勘案した結果、23年4月に市制対策室を設置し、23年度を「市制対策のスタート元年」と位置付けた。現在は、2030年10月の国勢調査での人口5万人を達成して単独での市制昇格を果たそうと、本格的に市制施行を目指す方針へと舵を切っている。
ただし、22年9月末には過去最高の人口4万8,975人に達したものの、以降は鈍化傾向となり、26年8月末現在では2万2,530世帯・4万8,450人となっている。
人口が伸び悩んでいる大きな要因の1つは、近年の福岡都市圏全体の地価高騰や建設コストの増大を受けて、新たな住宅の供給が落ち着いてきたことが挙げられる。たとえば分譲マンションでは、長者原東2丁目で19年11月に竣工した大英産業(株)による「サンパーク長者原駅前グラッセ」(RC造・地上12階建、総戸数55戸)を最後に、町内で新たな開発は行われていない。また、JR酒殿駅の南側に位置する酒殿駅南地区(約13.3ha)では、大規模な区画整理事業によって22年3月に新たな住宅街が完成したが、そこに移り住む住民が一段落したこともあるだろう。町内各地では農地を転用するなどして、賃貸マンションのほか、賃貸向けの長屋型共同住宅などの新たな開発は引き続き行われているものの、町の人口増に寄与する効果は、思っているよりは出ていない模様だ。
住宅だけでなく産業も
町内で進む大型開発
前項の粕屋町長・箱田彰氏へのインタビュー記事中でも触れているが、粕屋町では現在、単独市制昇格要件である人口5万人を達成すべく、ソフト&ハード両面でのさまざまな施策を進めている。なかでも注目されるのは、町内5カ所で動いている大規模な開発である。
まず直接的な人口増に向けては、現在3カ所で新たな住宅地を想定した開発が進められる予定だ。福岡青洲会病院の東側に広がる長者原西地区(約21ha)では、現在の農地を転用するかたちで、住宅と商業、そして医療福祉施設を組み合わせた複合開発が計画されている。また、前出の酒殿駅南地区の西側に位置する酒殿西地区(約6.4ha)でも、新たな住宅地を想定した開発が計画されている。
そして福岡東環状線が貫く仲原東地区(約28.3ha)では、隣接する志免町別府地区(約3.9ha)との一体で、東急不動産(株)と西松建設(株)、九州旅客鉄道(株)(JR九州)の共同企業体による『(仮称)粕屋町仲原東・志免町別府土地区画整理事業』が進んでいく予定だ。ここは住宅と商業の複合開発で、一部には物流施設も組み込まれる計画で、「FUKUOKA Future Cross City ~多彩な魅力の掛け合わせから新しい価値の創造を~」を事業コンセプトに、「賑わい施設」「商業」「住宅」「産業」「農業」の融合による魅力にあふれた新しい価値を生み出す新たなまちが誕生する予定となっている。
大規模開発が計画されている仲原東地区
さらに、まだ具体的な計画は動いておらず、検討段階ではあるものの、JR酒殿駅の北側エリアでも新たな住宅地を誕生させようという構想がある。
一方で、住民の受け皿となる住宅地だけでなく、新たに産業用地を整備することで町外企業を誘致し、雇用を創出しようともしている。現在、町内2カ所で計画されているが、先行して開発が進んでいるのが、大隈西地区(約12.9ha)だ。ここでは、日本GLP(株)が大規模物流施設「GLP福岡ICプロジェクト」として、総敷地面積約7万m2において、総延床面積約15万m2の先進的物流施設を複数棟整備する計画で、うち1棟は大型BTS型物流施設となる。すでに25年11月から工事が進んでおり、28年内には全棟竣工の予定だ。
もう1カ所が、国道201号沿いに位置する戸原西地区(約19.5 ha)。こちらも九州自動車道・福岡ICや福岡都市高速・粕屋ランプに近接している広域交通ネットワーク交通利便性の高さを生かして、流通団地の形成および物流施設の誘致・開発が予定されており、地区計画が決定。今後開発が進められる予定だ。
こうしたハード面での大型開発は、町の重点プロジェクトに据えられている「新生・かすやプラン」の一環として位置付けられている。同プランでは、経済の好循環を町政に当てはめており、企業誘致で雇用と税収を生み、その税収を基に行政サービスを充実させて住民に還元。そして行政サービスの高さを武器に、新たな住民を呼び込もうという構想で、これも将来的な市制施行を見据えてのものだ。
産官学の複合開発を構想
九大・原町農場跡地
粕屋町内では、九州大学伊都キャンパスへの集約・移転にともなって跡地となっている農学部の附属農場「原町農場」も、その動向が注目されている。
1921年に整備・設置された原町農場は、フィールドを生かした体験的な農業実習教育や、広大な圃場(ほじょう)での幅広い研究などに利用されていた。だが、九州大学全体での伊都キャンパスへの集約・移転にともない、21年4月に閉場。跡地となった後、本館や実習棟などの上屋の取り壊し工事が実施され、現在は樹木などを残して、ほぼ更地の状態となっている。町では、同農場跡地を都市計画マスタープラン内の西地区構想の重点事業の1つに挙げており、約22.8haもの広大な敷地を生かして、公・商・住などが一体となった複合型の市街地を形成していこうとしている。
だが、同農場跡地では町の発掘調査で「阿恵官衙(あえかんが)遺跡」が発見され、20年に国史跡の指定を受けたことで、さらなる埋蔵文化財が存在する可能性もあることなどから、現在は再開発に向けた動きがストップしている状況にある。本来ならば、跡地再開発に先行して、敷地内の西端付近を通るかたちで、福岡東環状線を扇橋交差点からさらに北側に延伸した都市計画道路・井尻粕屋線を整備していく計画だったが、これも同じくストップ。今後、さらなる発掘調査や文化庁との協議などを経て、どのようなかたちでの同農場跡地の利活用がなされるのか──。福岡東環状線の延伸整備の再開とともに、進展が待たれているところだ。
なお、この原町農場跡地については現在、粕屋町が九州大学側に取得したい旨を正式に申し入れ、回答を待っているところ。取得できれば、同地における開発のイニシアチブを握れ、先導的な役割を果たせるとみている。町の描く構想では、阿恵官衙遺跡の部分を公園として保全したうえで、住宅、商業、研究施設が一体となった産官学の複合開発を想定。「緑の公園があるところに住宅があり、商業があり、研究施設がある」まちを目指していくという。同地での開発が進めば、町の新たなランドマークの誕生にも期待がかかる。
人口5万人が最後の条件
町から市への昇格なるか
27年3月、粕屋町は町制施行70周年の節目を迎える。町制施行70周年のキャッチフレーズは「人がつながる 夢が広がる 粕屋町」で、現在は「町制施行70周年」を冠したイベントを随時実施。10月31日にはサンレイクかすやで記念式典を開催し、町民を挙げて節目を祝う予定だ。
粕屋町が単独市制昇格するための最後の条件は、国勢調査で人口5万人を達成することだ。だが、次の国勢調査は2030年10月で、残された4年間で、あと1,500人強の人口増を成し遂げなければならない。現時点で市制施行に必要な体制は整備済みで、福祉、保健部門の人材養成を含め、人口以外の条件はすべてクリアしている。今後、焦点はいかに人口を増加させるかに絞られているが、先に述べたように現在は増加ペースが鈍化。今後は、田舎の良さと都市機能が調和した“トカイナカ”としての住みやすさのさらなる追求のほか、シティプロモーションによる町の認知度向上や、企業誘致による雇用創出、そして人口の受け皿となる住宅供給などを一体で進め、いかに社会増を確保していくかが課題となる。
はたして、27年3月の町制施行70周年が、「粕屋町」としての最後の周年事業となるのか。新たな「粕屋市」の誕生へ向けた挑戦は続く──。
【坂田憲治】

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