高島福岡市政の16年(6)「キレイになったが、まちから個性がなくなった」
11月15日投開票の福岡市長選への不出馬を表明し、2010年の就任から4期16年におよんだ高島宗一郎市政が幕を閉じようとしている。この16年間で、まちはたしかに変わった。だが、かつて天神のランドマークだったイムズのテナントリーシングに関わったある人物(以下、A氏)は、この16年間を総括して「みんなキレイにはなったけど、個性はなくなった」と語る。
「完成品」の天神に個性はない
建築・不動産の実務に長く身を置いたA氏の目には、天神ビッグバンで生まれた新築ビルの連なりは、効率を突き詰めた「完成品」と映る。コンクリート、鉄骨、ガラスという素材自体は誕生して以降、技術的な革新はそれほどなく、建築基準法や消防法、収益効率はコンピューターが最適化した。今建っている再開発ビルの数々は、賃貸料の収益効率を最大化するための装置としての建築であって、「どんなビルが建っても同じかたちになり、キレイにできているけれど、楽しくない」とA氏はいう。2025年春に開業したONE FUKUOKA BLDG.(ワンビル)を天神ビッグバンの「1つの見本」と評しつつも、それは「効率化を集約したらこうなります、という答えの提示であって、まちの個性とはいえない」と説く。
一方でA氏は、かつてのイムズを生んだ時代を懐かしむ。三菱地所が福岡では「初心者」だったからこそ、土地に余裕があり、設計者の自由度が高かった。都心一等地の4階に自動車ショールームを入れる発想は地元企業には出せないし、疲れた人がどこでも座っていい公共空間も、収益効率では割り切れない。「文化の象徴」「情報発信基地」をつくるという発想こそが、まちの個性の源だったと指摘する。
市は「営業」しなかった
A氏が、この16年の市政における都市政策のなかで、最も不満を感じているのは、市の役割の受け身さだ。
天神ビッグバンは、高さ制限の撤廃や容積率緩和という「ボーナス」を与えることによって、民間の建て替えを促す仕組みだった。だが、A氏がプロジェクトの発表当時に思い描いたのは、市が間に入ってまとまった土地を買い取り、容積率などの指標を保証したうえで「共同で建て替えませんか」と営業する行政である。その働きかけのないまま、個々の土地での再開発が進んでいった。
地価上昇に伴う固定資産税の増収を成果として語る姿にも、「市の収入は固定資産税。高島市政の功績ではなく、上がっただけの話だ」──と、A氏は冷淡だ。また、大規模ワンフロア型オフィスビルがあまりない状況についても、「国際都市を謳いながら恥ずかしい」と評する。
さらに、観光面については、「観光で福岡市にきても、結局はみんな太宰府に行く。福岡市内に観光場所が乏しい」と嘆く。A氏は、フランス・ルイ14世が築いたパリのまちが、今なお世界中から多くの観光客を集め続けている事例を挙げながら、福岡市政も行政が主導して、観光地になり得る、後世に残るようなロマンある建築物がほしいと願う。
これからの福岡に向けて
高島市政の次なる市政に向けての、都市政策に関するA氏の提言は明快だ。
第1に、市は再開発の仲介者に徹すること。土地の取得と指標の保証を担い、共同建て替えを「営業」することを求めている。第2に、国際都市の要件として、大規模ワンフロア型オフィスの供給を市が主導すること。第3に、効率の最適解を並べるだけのまちづくりの方向性を改め、首長自身が「オーナー」としての哲学とロマンをもち、後世に残る観光資源となり得る建築をつくっていくことである。
この16年間で、福岡・天神はたしかに「すごいまち」になった。だが、A氏の言葉を借りれば、それはキレイに完成した「見本」であって、次の50年へまちの個性をつなぐものではない。まちの格は固定資産税の多寡ではなく、何を残したかで決まる──それが、A氏からのメッセージである。
【坂田憲治】









