脊振山系の脊振山(1,055m)から三瀬峠(581m)までの早良区エリアで、西南学院大学ワンダーフォーゲル部の学生やOBたち、福岡市早良区役所と共同で道標設置事業を行った。
2008年10月〜13年11月の約5年間で登山地図と道標を入れ、設置本数70本にのぼる大事業であった。設置の際には、学生たちが支柱の丸太を担いで山を歩き、女子学生もスコップを肩にして共に山を歩き穴を掘った。初年度の設置から17年が経った。当時の学生たちは社会人となり、結婚して父や母になっている。
12年6月に道標設置事業を継承し、ワンダーフォーゲル部OBたちで「脊振の自然を愛する会」を立ち上げた。道標設置完成記念として14年からは毎年、山開きやクリーンアップ登山も行っている。発足にあたっては、元ソニー役員や医師、市会議員、県会議員の方々に顧問になっていただき、山仲間も誘った。 また、メインの道標とは別に、16年~18年の2年間で脊振山から三瀬峠間の福岡方面や佐賀方面の登山道・縦走路に小型道標プレート90本を取り付けた。
かつては登山者の少なかった脊振山系も登山ブームの影響があり、多くの登山者が訪れるようになった。ポイ捨てのゴミも激減し、山はとてもきれいになった。
脊振山系の魅力は、ブナ林をはじめとする多くの広葉樹が広がる自然豊かな環境にある。福岡県や佐賀県の都心からも近く、気軽に日帰り登山や縦走もできる。主峰の脊振山(1,055m)をはじめ、金山(967m)、井原山(983m)、雷山(955m)など1,000m近い峰々が連なり、佐賀県の基山(405m)から糸島市の十坊山(535m)まで東西70kmにわたって続いている。
設置した道標は、場所により厳しい風雨や吹雪に晒されている。支柱にひび割れや腐食が見られる場所も出てきたため、入れ替えを行い、道標や小型プレートの磨き作業、文字の補修も必要に応じて行ってきた。
昨年8月2日(土)、KBCラジオ『水と緑の物語』に、未来へ残す宝物のコーナーに「脊振の自然を愛する会」代表の筆者が脊振山から生中継で出演した。場所を変えながら、3カ所からリポートした。参加した「あぶらぶらぶらクラブ」の子どもたちや女性会員Sもマイクを向けられ中継に出演した。暑い日差しのなか半日ほどの活動であったが、天気に恵まれ素晴らしいラジオ中継となった。
当日、KBC本社前で開催されたチャリティーで集まった募金の全額を「脊振の自然を愛する会」へご寄付いただいた。前年に比べ多かったと報告を受けている。
また、今年1月31日(土)に「大野城まどかぴあ」で行われた「ふくおか地域づくりフォーラム」では、「ふくおか地域づくり活動賞」のグランプリ候補6団体のプレゼンテーションが行われた。そこで「脊振の自然を愛する会」が見事グランプリ(県知事賞)に決定し、副賞として30万円の賞金を獲得した。KBCラジオからの募金と合わせ、活動資金が潤った。
その資金を基に傷んだ道標の入れ替えを計画し、会員にはLINEで知らせた。支柱となる丸太10本は、早良区役所に5年前に予備で用意してもらい、当会の曲渕倉庫に保管していたものである。
入れ替えが必要となる標識部分は、糸島市木工体験実習館(トンカチ館)に発注した。08年当時は手づくりで標識を制作していたが、今はレーザー加工で製作できるようになり、白ペンキでの文字入れも依頼した。
道標入れ替え作業
道標ごとに入れ替えをする
9月16日(水)、佐賀県側の金山の登山口と、脊振山から金山への縦走路にある鬼ヶ鼻岩(840m)の標識入れ替え作業を実施した。予定していた15日(火)は雨模様だったため1日延期した。
脊振の自然を愛する会の男女5名、早良区役所職員2名と元ヤマップ社員Yの合計8名が参加した。Yはヤマップ勤務時、脊振山系の山開きでデジタルバッジ協賛などに尽力してくれた人物である。また、早良区の金山(967m)の登山口近くに在住しており、今年の山開きの下見から帰る途中に見かけて声をかけたところ、「人手がいるなら手伝いますよ」と快諾を得ていた。現在は独立・起業し、貿易関係の仕事をしているとのことだった。
金山への登山口(佐賀市三瀬村 山中キャンプ場から続く登山口)に午前9時に男女8名が集合した。傷んだ道標を掘り起こし、入れ替え作業を開始。ワンダーフォーゲル部の後輩2人は道標設置の手順に慣れており、早々に支柱を掘り起こし、深さ・幅50cmの穴をスコップと鍬で掘った。支柱となる防腐剤注入済みの丸太は、念を入れて根元にさらに防腐剤を塗り、設置後にも支柱全体に防腐剤を塗布した。道標設置が初めての女性Sには、防腐剤を塗る作業を頼んだ。支柱にドリルでネジ穴を開け、標識と「日本山岳遺産」の木製プレートを17ミリのボルトで固定した。取り付け作業は1時間近くで完了した。
鬼ヶ鼻岩で道標作業をするスタッフ
2カ所目の作業のため車で移動した。広域基幹道・金山脊振線を車で15分ほど走り、椎原西への林道分岐に車を駐車した。縦走路にある椎原西へ続く林道は近年整備されていないため、安全を考慮して歩くことにした。スコップや標識、道具を肩に下げて20分歩き椎原西に到着。たくさんの標識パーツはYが大型ザックに入れて運んでくれた。若者は頼もしい。
そこから緩い山道を20分歩くと、目的の鬼ヶ鼻岩(840m)である。設置から17年も経つ道標はすっかり汚れていた。1週間前に後輩Oと下見に来たときに、支柱をタワシと水スプレーで磨いていた。支柱自体は傷んでいないので再利用することにした。 当日は2回目の設置作業ということもあり、メンバーも慣れて作業時間が早くなった。現場は樹木に覆われ陽のあたらない場所で、谷から噴き上げる風が冷たい。薄いトレーナーを着込む。1時間近くで標識の取り替えが終了した。参加者は達成感に溢れていた。標識の前で記念写真を撮る。女性Sがいつものようにスマホのセルフタイマーで撮影してくれた。
一連の作業が終わり、歩いて2分の鬼ヶ鼻岩へ移動した。50mの断崖絶壁から福岡市街地が一望できる絶景ポイントであり、登山者に人気の場所でもある。大岩は太陽の熱で温かく、先ほどの寒さから生き返った。それぞれ好きな場所で温かい岩を背にしてコンビニのおにぎりを頬張った。
単独登山の女性が筆者に「池田さんですか!」と声をかけてきた。5月末に登山ショップで講演をした際の来場者であった。彼女はガスでお湯を沸かしカップラーメンを食べていた。「また会いましょう」と声をかけ、鬼ヶ鼻岩を後にした。
左は福岡市民憩いの油山(597m)
一段落したところで、放置自転車の撤去にとりかかった。半年前から縦走路における放置自転車の情報をYから得ていた。さらに10日ほど前には、女性会員Hが1人で登ってきた際に放置自転車を目にして不気味さを感じ、すぐに下山したとの一報もあった。
筆者は某日、自宅近くの早良警察署に届け出た。しばらくして「現場確認にはすぐに行けないので、地元の派出所に行ってください」と連絡があった。後日、筆者は後輩Oを誘って現場確認へ向かった。パナソニック製の立派な電動自転車であったが、バッテリーは外されカギをかけられていた。帰宅して行きつけの自転車店へカギを外す方法はないか聞きに行ったが、相当大きな工具でないと切断できないとのことだった。
早良区役所の生活環境課が放置自転車や不法投棄の処理を行っているため、相談に行くと「車で上がれる登山口まで下ろしてもらえれば回収する」とのことだった。筆者はどうやって下ろすか思案した。2人がかりで天秤棒のように担いで下ろすしかない。山道であるため、タイヤを転がして下ろすのは無理である。
知人の山で竹を2mほど切ってもらい棒にし、登山用具(スリング)の紐で竹の棒に自転車を下げた。参加した早良区役所職員2名が江戸時代の駕籠かきスタイルで20分ほど山道を抱え運び、椎原西の登山口に置いた。これで放置自転車騒ぎは一段落した。
担いでいるのは早良区役所職員
その後、そこから歩いて10分の椎原峠の道標作業に向かった。笹薮に覆われた支柱は朽ちており、再利用するのは無理と判断し、作業は後日行うことにして山を降りた。
10月11日(日)、椎原峠(765m)での道標設置作業を行った。参加者は男女5名で、新たに早良区石釜に住むU夫婦が参加した。支柱の丸太は、早良区役所が自転車の回収時に椎原西まで運んでおいてくれた。周辺の笹も刈り、新しい道標が出来上がった。寂しかった椎原峠が生き返った。椎原峠は福岡と佐賀を行き来する峠であり、佐賀方面へ下ると田中方面へ出るが、今はあまり利用されていない。
中央の上下がU夫婦 右下が筆者
帰りに、車を停めていた場所にある道標の周りの草を刈った。道標はすっかり草に覆われ存在感がなかったが、これで再び生き返った。仕上げにニスを塗り、支柱に防腐剤を塗布した。少しでも長持ちしてほしいとの願いからである。初参加のU夫婦は草刈りも手慣れており、よく働いてくれた。参加者は達成感と満足感に包まれ、身体はリフレッシュした。
筆者は帰り道に、国道263号沿いにある石釜豆腐を買った。U夫婦の自宅はすぐそばであるとのことで立ち寄り、縁側でコーヒーをご馳走になった。筆者の写真集に頼まれてサインをした。 良いご縁であった。意外にも元ヤマップYの自宅から近い場所であった。脊振でのこの2つのご縁を大切にしたい。
後日、早良区役所から自転車を無事に回収したと報告があった。 これで放置自転車騒ぎも一件落着した。
脊振の自然を愛する会
代表 池田友行









