理想的なポスト・グローバル化によって、国家と個人を幸せな時代へ向かわせる(中)
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ケインズ主義から新自由主義へ転落の始まり
――ポスト・グローバル化とは、具体的にどのようなものなのでしょうか。モンロー主義のように、世界が一国主義に向かうということでしょうか。
施 そこは不透明ですね。自国中心主義的な悪いかたちに出てしまう可能性もあれば、それぞれ自国の一般庶民の生活に配慮しつつ、国際協調もおろそかにしない良き多元的秩序に向かう可能性もあります。1つ言えるのは、多くの先進国で一般国民はグローバル化に疲れています。新自由主義に基づくグローバル化路線が進められた結果、先進各国の庶民の生活水準は悪化しています。日本では賃金のピークは97年でした。それから現在までに15%ほども下がってしまいました。90年代半ばまで日本はケインズ主義を取っていました。不景気になると財政出動を増やし、回復すれば財政を引き締めていたのです。
しかし98年以降、不景気になっても公共事業を増やさなくなりました。新自由主義的政策に移行したのです。それから日本の転落が始まったのは、統計的に見ても間違いありません。グローバル化した世界が不安定なのは、どの先進国でも格差が拡大し、中産階級が没落しているからなのです。
――そうなってしまうと、国民は国家と向き合うよりも、自分の生活をどうするかというところに落ち込んでいってしまいますよね。
施 戦後から80年代前半頃までの福祉国家の時代は、政府が庶民の生活を守っていました。しかしグローバル化後は、政府は庶民の味方じゃなくなっているんですね。
英国の政治経済学者コリン・クラウチは、90年代以降における米国や英国の経済政策について、「民営化されたケインズ主義」と言っています。ケインズ主義では不況期には、政府が債務を背負い、財政支出を増やし、需要を喚起することによって、経済を成長軌道に戻そうとしますが、新自由主義化された経済ではそれができない。その代わり、英国や米国は、政府ではなく、直接一般国民に借金させ、総需要を増やし、経済を回そうとしたんです。クレジットカードをつくりやすくしたり、不動産バブルを引き起こし、住宅ローンを背負わせたりすることによってです。これにより国民が実力以上の借金を抱えることになってしまい、結果としてサブプライムローン問題やリーマン・ショックにつながって、米英は破綻しました。
この頃から出てきたのがTPPです。米国は自国民の借金を期待できなくなったので、アジア太平洋、とくに日本の需要を奪い、経済を回そうとしているんです。
資本の国際的移動を規制し各国型の資本主義へ
――理想的なポスト・グローバル化の社会を、どのように考えていますか。
施 ポスト・グローバル化の流れを理想的な方向に向けるには、まず、国際協調の下で資本の国際的移動を規制すべきです。いわゆる戦後の福祉国家路線、つまり45年から80年代前半までの世界に戻すのです。この40年間は先進国にとって幸福な時代でした。二度にわたる世界大戦の反省から、資本の国際的移動をある程度規制していたためです。第一次世界大戦以前は、今よりもはるかにグローバル化が進んでいました。そのことが帝国主義や戦争に結びついたので、第二次大戦が終結した45年に資本の国際的移動を規制し、各国の経済や産業、福祉の政策の自律性を確保したのです。
しかし85年頃から新自由主義が広まり、資本の国際的移動を自由化したことで状況が悪化しました。前述のように、各国政府はグローバルな企業や資本の意向を過度に気に病むようになり、政策の自律性が失われたのです。
――各国がそれぞれの国情や文化に合わせた政策ができなくなり、そこでグローバル化の大海に飲まれてしまったということですね。
施 冷戦終結後の1990年代から2000年代初頭にかけて、資本主義の多様性が世界的に論議されました。アングロ・サクソン型、ドイツ型(ライン型)、日本型、北欧型、フランス型というように、各々の文化の上に乗った各国型の資本主義があり得るという議論です。資本の国際的移動がある程度規制されていれば、各国の経済、産業、福祉政策は自律的に行われます。その結果、次第に各国の経済システムはそれぞれの国情に合わせて変化し、資本主義の多様性が生まれてきていたのです。
日本型資本主義は、長期雇用慣行、労使協調、株の持ち合いによる長期保有などに特徴づけられていました。それで日本の経済はうまくいき、日本人が力を発揮できていました。しかしグローバル化のため、資本主義はアングロ・サクソン型一色になってしまいました。アングロ・サクソン型は、やはり米英の文化に根差しています。日本人には力が発揮しにくいのです。ポスト・グローバル化への流れは確実に出てきていますから、資本の国際的移動を規制し、各国の政策の自律性を取り戻し、多様な「○○型資本主義」を機能させて各国の人々が力を発揮しやすい環境を作る方向に向けていく。それが一番幸せです。
(つづく)
【平古場 豪】<プロフィール>
施 光恒(せ・てるひさ)
1971年福岡市生まれ。九州大大学院比較社会文化研究院准教授。専門は政治理論、政治哲学。
慶応大学大学院博士課程修了。博士(法学)。
著書に「リベラリズムの再生―可謬主義による政治理論」「英語化は愚民化」などがある。
「資本の国際的移動を規制が、理想的なポスト・グローバル化へ向かう道」と話す施准教授。関連記事
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